第2話 宿屋探し
東部最大都市。そして大陸最後の砦ヴィエナ。フロンティア戦争勃発以前の二つ名は、白亜の都。その名の通り街のすべての建物が白く染められていて、壁や建物に掲げられている旗には青の中に白い鳥が羽ばたいている紋章がいたるところに刻まれている。
この都市は第二代皇帝が大陸の平和を願い建築した都市。白亜の都、大陸平和の象徴都市。ヴィエナは東西南北に大門があり、そこから都市の中心にある城まで一直線に大通りが通っていて、道に沿って高さのある建物が規則正しく並んでいる美しい街並みを持った都市だ。
だがそんな都市も今では大陸最後の砦。大通りには平和の都市には似合わないとして戦前は規制されていた武具店や鍛冶屋が今は大通りで一番多く見られ、兵士や武人、避難民が溢れている。
「まずは宿を探さないとな。」
とはいってもどこも選定の儀に参加するために集まってきた武人たちでいっぱいだろう。
だからといって動かないとにはなにも始まらない。とりあえず四方の門へ繋がる大通り沿いの宿屋を探そうと歩き始める。
しばらくして一番近くの宿屋が見えてくる。この都市特有の白い鳥の紋章が刻印された扉を開けて中に入る。
どうやら一階は飲食店も兼ねているようで、右側にある大部屋からは男たちの愉快な歌声が聞こえてきている。
「こんにちは。もう部屋は残っていませんか。」
「ごめんなさいね。もう部屋は残っていないの。」
この宿の主人とみられる女性はこちらを見て申し訳なさそうに言う。
分かっていたことだが、やはり混んでいるようだ。
「そうですか。それでは部屋が残っていそうな宿をご存じないですか。」
「今は選定の儀が近いからどこも混んでいるよ。そうだね……。大通りの宿はもう空いているところはないと思うね。空いているところがあるとすれば、裏道の宿屋か街の西門地域の宿屋か民宿しかないでしょう。」
「分かった。とても親切にありがとう。」
礼をして賑やかな宿をでる。
裏道の宿を探すより、西門地域の住民に直接声をかけたほうがすぐに宿を確保できるだろうと思い、西門地域に向かう。
西門地域に近づくにつれ、賑やかさは薄れ静寂が街を支配する。通りに店はなく、人の姿もまばらだ。兵士や武人の姿も少ない。
鳥の鳴き声と遠くから聞こえる街の喧騒の音だけが聞こえてくる。美しい街並みなこともあって、自然と歩く速度がゆったりとしたものになる。
そんな時に前のほうから女性の声と慌ただしい足音が聞こえてくる。
「そこの黒いフードの人!そいつ捕まえて!!泥棒よ!!」
若い女性が必死の形相で叫んでいる。
こちらに向かって走っている薄汚れた男はどうやら泥棒のようだ。
その男を捕まえるために足に獣力を籠める。この体に流れている獣人族の血の力を使い、その男との距離を瞬く間に詰める。そしてその腹に向けて気絶する程度に調整した拳を突き出す。
拳がその男の腹にめり込むと鈍い音とともにその男が追いかけてきていた女性の足元へ飛ばされる。起き上がる様子がないことから上手く調整できたようだ。
「……あ。ありがとう!あなた強いのね!」
その若い女性は男が殴り飛ばされたことに驚いていた様子だったが、すぐに俺にお礼を言ってきた。
「この程度なんてことはない。それよりこのあたりに民宿か空いている宿はないか。」
見る限りはこの都市の住民のように見える。もう西門地域に入っただろうし、情報も欲しかったためその女性に尋ねてみる。
「あなた選定の儀に参加する武人ね!いいわ、助けてくれたお礼に私の家に泊めてあげる。」
「本当か。それは助かる。」
「そんなに大きな家じゃないけど勘弁してね。私の名前はアルス。よろしくね!」
黒く美しい髪に快晴の青空を思い起こさせる青い瞳、小柄だが女性らしい体つきをしているアルスと名乗った美しい女性は花が咲くような笑顔で手を差し出してきた。
「俺の名前はルシアン。よろしく頼む。」
その華奢な手をしっかりと握り返す。とりあえず当面の宿が手に入ってよかった。
「それでこの泥棒はどうする?」
「盗まれたものだけ取り返してあとは放置でいいわ。」
「衛兵か自警団にでも突き出さないのか?」
「だって今は戦時よ。そういう腕っぷしが強い人たちはとっくに戦場にでてる。それにこの泥棒も戦争のせいで故郷を失った避難民よ。きっと戦争さえなければ盗みに手を染めることはなかった人。もうこの人は十分奪われた。これ以上は必要ないわ。」
アルスは気を失っている泥棒に視線を落としながら言う。その瞳には憐憫の念が浮かんでいるようだ。
少しの間場を静けさが支配した。一人で歩いていた時と同じように遠くから聞こえてくる街の喧騒と鳥の鳴き声だけが聞こえてくる。他の地域と違い少し街全体が沈んでいるせいなのか、避難民が盗みをしなくては生きてはいけないという現実を見たことで彼女の普段明かすことはない思いが出てしまっているのかもしれない。
きっと心優しい人なのだろう。この件に関しては被害者であるはずの彼女が加害者である男を被害者だと言ってのけたのだ。
だがそんな光景を見ても俺の心にはなにも浮かばなかった。なにも。異邦人は殲滅しなければならない。そのことは理解できるし、もちろん俺が王になればすぐにでも殲滅する。ただアルスがその男を憐み、その人生を思いながらも異邦人に憎しみを抱いているようには見えないその姿が俺には理解できなかった。
「……そうか。」
「ちょっと暗い話しちゃったね。じゃあ家に案内するからついてきて!」
アルスはすぐに笑顔を取り戻し歩き出した。俺は何も言わずについていこうと歩き出したとき、急に彼女が振り向いて言った。
「そうだフード取ってよ!せっかくの縁だし顔くらい見ておきたいじゃない?」
「分かった。」
フードを取る。すると彼女の顔が驚きに染まる。それもそうだろう。俺はこの多くの種族が共存しているカナン大陸でさえ珍しい種族だろう。
頭には獣人族特有の耳があり、ここだけ見れば獣人族の狼の血を引いている一族のように見える。しかし髪は黄金に輝いていて獣人族ではほとんどありえない。極めつけには瞳の綺麗な碧眼。この二つを見れば嫌でも思い起こされる種族がある。それはエルフ族だろう。獣人の男としては小柄だが、エルフの男としては大柄な体。そして肌は日の光を浴びたことがないかのような白い色。
「あなたもしかして混血の人?」
「そうだ。父上は獣人で母上はエルフだ。」
「やっぱり!私混血の人初めて見たわ!やっぱりエルフの血を引いてるだけあってイケメンね。」
混血だったことがわかるとアルスは目を輝かせて言った。
少し驚いた。俺の外見を見てそのような反応をされたことがなかったから。大陸の民としての国民意識のようなものがあっても、混血は忌避されることが多い。
「あっ、ごめんなさい。ジロジロ見ちゃって。」
「かまわない。むしろ少しは嫌な顔をされるかと思っていた。」
「そんなことしないわよ。同じ人なんだし。」
彼女はそのことが当たり前かのように言った。
またしても驚いた。世界にそのことを理解している人は多くても、それを行動に移せる人は少ないはずだ。自分の生まれに嫌な顔をされなかったということだけで自然と笑みが浮かんでしまう。
「改めてこれからよろしく頼む。」
「うん!よろしくね!」
目を見て改めて挨拶をする。するとアルスは先ほどの挨拶以上の笑顔でかえしてくる。お互いそのことに笑いながらも彼女の家に向かって歩き始める。
選定の儀までの時間も予定と違い楽しいものになりそうだ。
フロンティア戦争 リン @rinfox
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