最終話 花言葉

 ——4カ月後、サラとオルファはサラの故郷、北方領に到着した。

 もう春も近いというのに、北の大地にはまだ澄みとおった空気が満ちている。


「夜になっちゃいましたね」

 天空では見事な満月が光を放ち、丘には一面の青いアネモネが風にたなびいている。


 サラは丘を見渡せるような場所に、アネモネを傷つけないように丁寧に穴を掘り、アルカードのお骨が入った箱をそっと置く。

 月の光を反射して静かにそこに存在するその箱は、たった今サラが置いたものだが、まるでずっと前からその場所にあったかのような落ち着いた佇まいの印象を与えた。


 ——アルとは、これで本当にお別れね。


「むかし、ここのお化けを見にシモンと夜に肝試しに来たことを思い出します。あの頃はなんだか白い霧のような……っ!」


 サラが寂しさを紛らわすために、なんとなく思い出した昔話をオルファに話しかけたとき、一陣の風がアネモネを大きく揺らした。


 月明かりに照らされた一面のアネモネ畑の彼方から、白い霧のようなのもが近づいてくる。間違いなくサラが昔シモンと見た丘のお化けだった。


「おっ」

 オルファが霧に反応して声を漏らす。その声に警戒感は感じられなかった。


 アルの遺骨を埋めた場所からも小さな白い霧のようなモノが出てきて、空中で2つの人影を作る。


 ——アルと……もしかして、丘のお化けというのは!


 人影はひとときサラとオルファの方に向き直るような仕草を見せてから、月の光に照らされて静かに天に昇ってゆく。


「……2人はまた会うことができたんでしょうか?」


「大丈夫そうだぜ。スッゲー美人だったんだな。婚約者って」


 オルファの答えを聞いて、サラは胸が熱くなる。百年以上もお互いに求め続けた2人が、再び会うことができて本当によかった。もう二度と離れないように、天国があるのならそこで幸せに暮らして欲しいと心から願う。


「アルカードの婚約者さんって私に似てました?」


「うーん、そうだな。髪の色と……目が2つあるところは」


「どういう意味ですか!」


 あれからオルファとの旅を続けるうちに彼の性格はかなり丸くなってきたと感じていたサラだったが、相変わらずおふざけ癖は治らないらしい。


 ——黙っていれば、そこそこモテそうなのに。


 そう考えた後に、もしかしたら、湿っぽくなるのを回避するためにわざとふざけているのかもしれない。と、この4ヶ月の旅の中で知った彼の不器用ながらも優しい側面を回想し思い直した。


 あらためて丘のアネモネを眺める。


 聞こえるのは葉擦れと樹々の梢のそよぐ音ばかりの静かな場所だった。

 月は高いところで冴えた光を放ち、青紫に咲き誇るアネモネを優しく照らしている。


 青いアネモネは、昔シモンと見た時と同じく静かに揺れている。しかし、今は物悲しい様子はなく、すっきりと晴れ渡った夜の星空にまっすぐとその花弁を向けていた。


「青いアネモネの花言葉は『あなたを信じて待つ』なんだそうです。

 アルの婚約者さんは、すでに身も心も彼の家に嫁ぐ決意をしていたのでしょうね」

 

 死してなお、主人になる人を待ちづつけた強い女性にサラは畏敬の念を抱き、黙祷を捧げる。


 「あの赤と青のアネモネの紋章が実際に使われていたら、本当に素敵だったのに」


 そう言って俯くサラの仕草には、わずかに寂寥感が浮かんでいた。

 そっとサラの肩に手を置こうとしたオルファにサラが意を決したかのように力強く振り向く。


「せっかく戻ってきたので、シモンの……彼のお墓参りもしてもよろしいでしょうか?」


「もっもちろんだ。俺にとっても命の恩人だからな」


 オルファは慌てて出した手を引っ込めながら言った。




 2人が馬を走らせシモンの墓に着いた時、すでに東の湖が朝日を浴びて朱色に輝き、岩と土の大地には薄衣のような霜が降りていた。


 シモンの墓は、貴族の娘を攫った罪人という形で葬られたため、人里から離れた山奥の荒地にあった。


 墓を目にしたサラが息を呑む。


 寂しく佇む小さな墓石の周りには、あふれんばかりの赤いアネモネの花が咲き誇っている。


「これは、故郷を離れる時に蒔いていった種が……。私の家の紋章。赤いアネモネ」


 サラは信じられないと言った様子で辺りを見回す。


「シモンと私が育った屋敷にたくさん咲いていたので、シモンが寂しくないように、蒔いていったのです」

 墓石を愛おしむように手を着き、きつく目を閉じて涙を堪えている。


「荒地なのに、不思議と綺麗に咲いているな」

 周りは岩だらけで、木陰となる木々も、恵みの水をもたらす河もないというのに、そこにはシモンの姿を表したかのような一際美しいアネモネの花や蕾が力強い姿を見せている。


「赤いアネモネの花言葉ってのは——」


 オルファが言い終わる前にサラの大きな瞳からは耐えきれずに涙がこぼれ落ちていた。

 

 春の暖かい空気を含んだ優しい風がサラ達を包むように吹いて、アネモネの花びらが舞い散る。



 ——傷つく怖ささえ知らなかったあの頃の私に、貴方を失った悲しみは大きすぎたけれど……貴方のくれた温もり、優しさ、強さ。

 暗闇の中を迷う私を、ずっと照らしてくれていた。

 もう、閉じ込めない。 全部、忘れないよ。

 ありがとう。


 サラは心からの祈りをシモンの墓前に捧げた。



「まぁ、あれだ、明けない夜はないってヤツか」


 明るくなり始めた東の空を眺めながら、オルファが取り繕うようにいう。

 サラの瞳は未だに潤んだままだったが、いたずらっ子のような笑顔を向けて応えた。


「陽はまた昇る。でしょう?」


「お前っ、そりゃどっちでも一緒だろ!」


 のぼり始めた太陽が、目の醒めるような光を放ちサラ達を照らす。朱鷺色に咲きこぼれるアネモネは生命力溢れる輝きをまとい始めた——。  






おしまい




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最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました(ᴗˬᴗ)⁾⁾

この後も2人の旅は続いて行きますが、それはまた別のお話。

初の長編で完結できるか緊張しましたが、なんとか書ききれてホッとしてます。


応援、評価、フォローも本当にありがとうございます。

凄くモチベーションにつながりました。今後ともよろしくお願いいたします。

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【完結】シスターですが吸血鬼と契っちゃいました!セツナ系ロマンスファンタジー 玉川 駈 @asakawa_p

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