霧月星華〜月の雫〜

あろえのゴミ置き場

プロローグ「疎まれた神子アレヴ」

月が照らす。枯れた世界樹に、歌う神子が一人。ここには妖精も動物も、人すらもいない。居る筈が無い。誰に届けるでもないその歌を、何故歌うのか。その意味は彼すらもわからなかった。


幾日前のこと。世界樹の近くに、小さな村があった。尖った耳に、血色の存在しない白い肌。亜人と呼ぶのが相応しい種族…「アレヴ」の村が。皆、歌が好きで得意で、いつも村は歌で溢れていた。

「ららら〜」

村の中心で、少女は歌う。

「フレジアは一番上手ね!」

「ありがとう!」

フレジアと呼ばれた少女の周りには、いつも皆が集まっていた。それはアレヴに限らず、妖精や旅で訪れた人間種も。家々の陰から覗く子も。

「…!ヒルダ」

「っ!」

覗いてた少年は、肩を震わせておそるおそる顔を俯いてしまう。

「今日も来ていたんだ、出来損ないのヒルダ」

「っ………」

足を一歩、また一歩と後ろに。続きを聞きたくないから、罵声から逃げたいから。だんだんと笑い声が聞こえてくる、嘲り笑う声が。それとともに、背を向けて逃げ出す。誰一人として庇うことは無い。人が金で権力を振りかざすなら、魔族が魔力で権力を振りかざすなら、アレヴが歌で権力を振りかざすなら。彼はこの村で持たざる者なのだから。

村から少し離れ、世界樹の森へと。彼の歩く道に、動物は逃げていく。今日も誰も聞いてくれない、一人きりの舞台で。彼は声をあげる。

「らららー!!!!」

それは歌とは思えないくらいの酷い歌声だった。飛ぶ鳥は落ち、花は次々に枯れていく。コレが本当にアレヴなのだろうか。同じ種族のハズなのに何故こんなにも歌えないのか。彼には何もわからなかった。



夕暮れ時、ヒルダと同じくらいの子供たちはいつも以上に騒いでいた。その中の一人、フレジアも同じように。どうせ大人たちの菓子やら旅人の武勇伝だろう、そう思って帰路へ。

「次の歌う神子が決まった!」

ハッとして振り返る。神子…それはアレヴの中でも一番歌が上手い子がなれる特権。世界樹に歌を捧げ世界の平和を保つとても憧れる存在。到底僕がなれるものでは無い。そうとわかっていながらに、微かな憧れは消えることは無かった。

「ヒルダ、お前だ」

「…は?」

思わず、自分に指さしてしまう。訳がわからなかった、もちろん周りの皆も。一番上手い子がなるものだよ…?一番下手な僕が…?なんで…?僕は何も続けられる言葉を持たなかった。

「凄いじゃんヒルダ!」

「!??????」

「良かったねヒルダ!」

「えっ…あ…えぇ…?」

呆然としていれば、人が変わったように皆がこちらへ駆け寄る。確かに名誉あることだし、僕もフレジアが選ばれたら祝福の言葉一つは送るだろうけれど…。

そうだ、フレジアは?そう思い、彼女へ目を向ければ、彼女は鬼のような形相に変わっていた。何か言われる前に、僕は再び帰路へつく。


「ヒルダ」

「父さん…」

ランタンが灯る木造の中。家の角にいつものように座っていれば、父は灯りを遮るようにやってくる。

「父さんはな、お前が選ばれて誇らしいんだぞ」

「…僕は上手くないよ」

「そこは嬉しい嬉しくないじゃないのか?」

「………嬉しいけどさ…」

「なら良いじゃねぇか」

「でも、僕は上手くない。世界樹サマにも、皆にも聞かせられるような歌声じゃないんだ」

「そうか?父さんはヒルダの歌好きだぞ」

「もう何年も聞いてないくせに…」

僕が人前で歌を止めたのはもう忘れるくらい前だ、父でさえ覚えてる筈が無い。僕はあっちへ行ってくれと壁の方を向いた。

どさりと重みが増す。そちらを見れば、父は隣に座って肩に手を回していた。

「俺達アレヴの歌には大切なモノが二つある」

「…努力と才能?」

「半分違うな」

「どっちだよ」

「才能は全員あるものだろう?」

「努力は合ってんのね…」

「もう一つはなーんだ」

「知るか」

「ははっ。満月まではまだ時間がある、ゆっくり探すんだ」

「はぁ…」

父は早く寝ろよと、先に自室へ。僕は、寝れる気がしなかった。



「神子…か…」

僕は一度だけ見たことがある、皆は毎年見てるらしいけれど。年に一度、神子が表で歌うことがあるのだ。国王や学園長、その他のお偉方も集まる世界樹祭。その祭りには、一度しか行ってないけれど。

その時の感動は、今でも覚えている。世界を震わすような強さに、心を揺らすような透き通る声。何より、ずっと聞いていたくなるような子守の優しさ。あぁなれたのなら。僕はそうやって一人で歌い続けてた。気がつけば周りには誰もいなくても。


「歌を聞かせてよヒルダ」

「ねぇねぇ〜」

「えっ…えぇ……」

あれからの昼は、毎日囲まれた。歌えとせがむ子供と、あらあらと笑うだけで助けもしない大人たち。男も女も関係ない。「歌える神子」は注目の的だ。これまでもぬけの殻のように過ごしてた僕は、歌うのが怖かった。歌って皆の態度が変わってしまうのが。だからなんとか逃げるしか…。

「やめなよ皆」

フレジアの声がした。フレジアは気に入らないといった様子で人を掻き分け、僕の隣へ。

「よく神子になんかなれたわね、出来損ない」

「…っ、フレジア」

「アンタなんか認めない。許さない」

「………」

「さっ、皆、私のお歌を聞いて!」

フレジアは堂々と手を広げる。皆を巻き込むその歌は、いつもより皮肉交じりに聞こえた気がして。それでも、叶わない気がした。

フレジアに注目がいってる間に、静かに抜け出す。そうして逃げて、またいつもの森へ。愛されるフレジアをよそ目に、森へ。


「僕の歌を誰が…」

首をぶんぶんと振る。そんなことを気にしてる暇は無い。今は少しでも上手くならなきゃ、それが神子である僕のすべき事なのだから。

「ららら〜」

「ぴっ!」

「!??」

驚いて、思わず尻もちしてしまう。気がつけば、足元に小鳥がいた。いつもは飛ぶ鳥を落とす歌なのに、その小鳥は元気にお歌を聞かせてと言わんばかりに。

「僕…上手くなってる…?」

僕はすぐに村へ駆けた。



「み、皆!聞いて!僕の歌を!」

村の中心にて、僕は叫ぶ。楽しく話す大人たちも、遊んでいた子供たちも、皆一斉にこちらを向いた。

「あっ…えっ、…と」

何かを期待するような眼差しは、不思議と悪い気がしなかった。

僕は歌うために口を大きく開いて、肺いっぱいに空気を満たす。マナが交じり、世界樹の光が溢れるその空気を。力を込めて、僕は────

「ムリよ、貴方には」

「っ!」

フレジアが遮った、その歌で。



…………

─────


それからは、よく覚えていない。

確かに歌った、歌ってみせた記憶はある。フレジアが遮る声すらも掻き消して、僕の歌で村を満たして。それで…それから………


周りを見れば、村も、世界樹も枯れていた。手の平にある世界樹の葉が、僕を睨んでいた。

「僕…は………」




「枯れてしまったのですね」

「!?」

いかにも旅人と思わせるローブを纏った者が、そこに立っていた。

「枯らしたのは、貴方?」

「……そう…だと……した…ら?」

言葉が上手く出なかった。世界樹が枯れたから、僕らの栄養素が無くなったからだろう。

「………でも、まだ生きてる」

「…?」

「想いは、生きてますね」

そういう彼女の周りには、妖精が集まっていた。妖精だけじゃない、鳥も、うさぎも、森の生き物が。

「…いい…なぁ…」

「…?羨ましい…のですか?」

「う…ん…」

「………」


「ぼく…の…さいご…を…」

「…貴方の名前は?」

「ひる…だ…ヒルダ・アレヴ…」


「ヒルダ・アレヴ。貴方の名を、此処に刻みましょう」

世界の壊れる音がした。

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