第9話
ちょうど歩みを止め、森林を背景に木と木の間に一幅の絵画になるような距離感で佇んだ長身のバート君。
うん、木漏れ日のスポットライトが神々しい。
私の後ろではレオンハルトが「な!?」と驚きなのか憤りなのかよくわからない高ぶりを見せた。
まさにグッドタイミングな彼の登場に、臨戦態勢だったカイも嫌そうに顔を歪めて矛を収める。
レオンハルトなんて結構凄い顔付きでバート君を睨んでいる。
どうしてそこまで? 二人には私繋がり以外で何か接点があったっけ?
メインキャラのレオンハルトとモブキャラのバート君に?
うーん、思い付かない。
ついつい考えてしまっていたら、バート君がやって来た方からガサガサと茂みの揺れる音がした。
え、まだ誰か来る?
ここの秘密を知るのは他にはいないはず。探検家とか遭難者かもしれない。
やや緊張していると、バート君も来た方を振り返った。
「ああ、付いてきてしまったのかい? あはは、君もメイプルさんが恋しかったんだね」
「くるぁあ~」
優しい声を掛けた相手が応えるように小さく鳴いた。
のしのし歩く大きな白い虎がそこには出現していた。
太い牙が光る見るからに狂暴な姿に私は震え、次には眉を吊り上げていた。
「こらポチ! あなたったらまた勝手に出てきたのね。他の子達を纏めていてねって言ったでしょ?」
「くぁ、きゅるぅうう~……」
白虎の名前はポチ。見た目だけなら立派な白虎だ。だけど猛獣の虎ではなくて、意味なく狂暴でもない。
だって、妖精だ。単に見た目が白虎っぽいだけの。
職務放棄の自覚はあるのか、ポチはふわふわした両耳を垂れ下げて反省の意を表した。潤んだあざとい上目遣いは今だけは通じませんっ。猫科っぽいしそこはタマじゃないんだとか突っ込まれそうだけど、この世界の人はそんな事は知らない。
「反省した?」
「きゅーうぅ」
「次やったら駄目だからね? 牧場で魔獣達がもしも暴れたら他の動物達に迷惑かけちゃうのよ? わかった?」
「きゅーう!」
ならよし、と少々甘い気もするけど私はそんなモフモフを撫でようと無警戒無防備に両腕を伸ばした。すると、その手をがしりと両側から掴んで止められてしまった。
「メイプル、いくら妖精でも虎は危ないだろう。私の髪じゃ駄目か? 結構サラサラしていると思う」
「モフモフ妖精が好きなら、俺がそういうのに姿を変えるから俺をモフればいい。その白虎妖精は雄だ」
白虎はパチパチとくるんとした黒い眼を瞬かせている。こっちのやり取りを理解していないんだろう。まあ、うん、私も理解しかねる。この二人は何を言っているのか。
バート君はわかっているのか苦笑気味だ。
そんな彼はそばの地面に落ちている赤い魔法石に気が付いた。
「あ、バート君、そこの石の査定頼めます? さっき掘り出したばかりで」
「勿論。へえ、僕の目の色みたいだよね。折角だからここで買い取りもしていこうかな。構わない?」
「え? ああはい」
彼に魔法石を査定してもらっている間にレオンハルトとカイから手を離してもらった。
全く何なんだね君達は。ポチは危険じゃないって何度も言ってるのに。
私が窘めるような目で見据えると二人は不服そうにして目を逸らした。状況の読めないポチが「くぅーあ?」とでかい図体の割には可愛らしい高い声でまた鳴いた。
「はい、鑑定終わったよ、メイプルさん。これもまた良い石だね」
何故かバート君がスッと正面から顔を覗き込んできた。そのままの姿勢の彼から査定額を告げられてまあ満足する私は、現実的な物事に触れて、ああまともな感覚が戻ってきた心地がすると思った。
バート君はそっと私の手を取って魔法石を握らせてくると極上のにっこり笑顔を浮かべる。んん? 彼も彼でどうしたんだろう。
「買い取りしようと思ったのだけど、やっぱりいつもみたいに店に卸しに来てよ。相談したい事あるからさ。美味しいお菓子でも食べながらその話をしよう、ね?」
「あ、はい、わかりました」
何かレオンハルトとカイが物凄い目付きでこっち見てくるんだけど。いい加減にしてくれないだろうか。
私はできるだけ早く多く稼がないと不安でならないのに。あー、軽く殺意湧く。
「きゅうううーーん」
そんな時だ、本気で苛立つ私に気付いた妖精虎が可愛い過ぎる鳴き声を上げて男三人を押し退け、温かいモフモフ毛皮を擦り寄せてきてくれた。
アニマルセラピー万歳!
すっかり心を洗われた。
「いやーんもう限界っっ! ポチはいつも可愛いんだから~~~~っ!」
はああ~、この世界での唯一の特典は、元の世界じゃ到底不可能なモフモフとの触れ合いが可能な点よね~。農場に戻ったらテイムした魔物羊達を初めとした魔獣達とも触れ合おうっと。
現在、私は両親の牧場の一画で密かに魔獣を飼っていたりもする。魔物羊から毛を取るためだ。倒さなくても普通羊同様に毛刈りをしても羊毛は手に入るんだって気付いてからは、テイムするようにしたんだ。その魔獣達の監督者が妖精虎ポチだった。
勿論両親からは許可をもらっているけど、二人は私が連れ帰った獣達がまさか魔物の一種とは知らないでいる。ポチの姿は妖精だから見えない。虎がいるーって怖がらせるのは本意ではなかったからちょうど良かったかも。
何だかね、ポチはレベリングしていて気付けば居て、妙に懐かれちゃって放置もできなかったから飼ったわけだけど、私の周りにまた規格外なのが増えちゃった。
わしゃしゃーってポチを撫でくり回しながら骨抜きにされている私を、レオンハルトもカイもバート君も何故か沈黙して見つめている。その目にはどこか羨望の色がある気がした。
うーんそんなに私が羨ましいなら、皆も遠慮しないでモフればいいのにね? ポチは噛まないわよ?
暫くモフって、私は三人に何か急ぎの用件があるのか一応確認するも、特になかったようなのでさっさと採掘の続きを始めた。
敢えて強めに素っ気なくしたからか、誰も付いて来なかったのは幸いだった。
一人だけでもイケメン過ぎる男が今日は三人も揃ったんだもの、私の精神が崩壊して腰だけでなく骨が丸ごと砕けて蕩ける前に逃げないと危険だったんだもの。
生きるためにはそうせざるを得なかったんだものーーーー!!
もうその日は夜まで無心になってツルハシ振って採掘した。
私の鬼気迫る気迫が通報レベルで恐ろしかったのか、いつもなら絡んでくるはずの森奥の魔物も皆無で、レベリングには至らなかった。
煩悩よ、退散あれ!!
メイプルがさっさと採掘に戻ってしまうと、男達は特にする事もなく突っ立った。妖精虎は撫で撫でされて満足したのか牧場の方へと大人しく戻っていく。監督任務に専念するのだ。
「俺も帰るかな。メイプルは採掘の間は全然構ってくれないから追いかけてもつまらない」
カイは欠伸をするやテレポート魔法でふっと姿を消した。
「「……」」
残されたのはレオンハルトとバートだ。
しばらく互いに黙り込んでいた二人だが、レオンハルトが警戒したようにバートを睨んだ。
「……叔父上、いつまで素性を隠しているつもりだ? 一体何の目的があって彼女に近付いた?」
「ははっ、叔父上なんてやめてくれ。僕達は二個しか歳が違わないのに。どうせならお兄さんと呼んでくれないか?」
「はぐらかすなよ、アルベルト!」
バートことアルベルトは足を止める。
「何のつもりもないよ。彼女とはたまたま知り合ったんだ。昔命を助けてもらった。ただその恩返しをしているだけさ」
「命を助けてもらった……? まさか王后が!?」
「まあね。怪我もしていたし、あの時はこの森で遭難死するか獣に食われるかすると本気で思ったものだよ。自分では十分警戒していたつもりだったのにね。危うく前世と同じ轍を踏むところだった」
「前世と……そうか。ようやくわかった。叔父上の体の不自由は王后の仕組んだ事だったのか。そんな早い時期から手を回していたとは知らなかった」
「はは、彼女にとって王弟の僕は目の上のたんこぶも同然だから」
「しかし今回彼女の企みは失敗した。メイプルがいたおかげで」
「まあね」
「だから身を隠すために、素性を隠して商人を?」
「商人を始めたのは彼女に助けられる前からだよ。その方が何かと自由に動けるし、何をするにもお金って必要だからね」
「なるほど」
するとここでアルベルトはレオンハルトへと意味深な眼差しを流した。
「レオンハルト、いやレーヴェは、メイプルさんが僕を担ぎ出してくれると思う?」
「……あのな、敢えて抉らなくても、私は今度は間違わないっ」
「それは良い心掛けだ。この機会は僕達が神様から与えられた奇跡なんだ。また彼女が絶望を選択するようなら、遠慮なく僕も参戦させてもらう。くれぐれもそこを忘れるなよ、レーヴェ?」
「言われなくてもわかっているっ」
レオンハルトは内包された揶揄にアルベルトを睨んだが、反論の言葉は口にしなかった。
メイプルは単なる偶然の一致だと思っているが、血族故に同じ赤い瞳を有する二人の男は、もう言葉を一切交わさないまま黙々と森の出口まで歩くのだった。
「――……人間はわざわざ事を複雑にするのが好きだよな。前も今も」
魔法塔に戻ったカイは、窓下に一望できる王都の全容を眺め下ろしながら、そう独り言ちた。
私は未来を知っていて、これまで色々やってきた。
敢えて一度没落までしてこんな僻地くんだりにまでやって来たのは理不尽な死亡エンドから逃れるためだ。
それなのに、想定外にも私の運命はまだ私を諦めてはくれないみたい。
王太子レオンハルトを筆頭に、まだまだ気を抜けない私のメイプル・シュガーな日々。
この先私は「結婚するならドラゴンの炎を下さった方とします」ってかぐや姫宜しく難題を宣言したりして、レオンハルトとどうにか婚約解消を目論むけど、どうしたわけか、王国中でドラゴン狩りが盛んになってドラゴン達が激怒したりと大変になる。
ドラゴンの炎は私の欲しいものリスト最上位。
炎属性魔法が得意な私は炎魔法を利用して魔法石の化合錬成を時々して品質を高めて売ってもいて、ドラゴンの炎でそれができれば最高の魔法石――賢者の石さえ造れてしまうかもしれないんだもの。
そんな私の小さな一言が王国を騒がせるなんて想像もしなかったけどね。
だけどまあ、それはまだ後々のお話だ。
……他方、物語の悪役、王后アップル・ポイズンは大いに悩んでいた。
「はあ、全く何だこの無茶ぶりと言うか呪いは。シュガー嬢をハッピー度百%にしろ? ふざけた呪いだ」
彼女の目の前には現在のメイプルのハッピー度が数値化されたものと共に、ある意味警告文とも取れるものが浮かび上がっていた。
――メイプル・シュガーのハッピー度とあなたの魔法力とは連動します。
そうあった。
つまりはハッピー度が下がれば王后の魔法も弱まるのだ。
しかもどうやら文字は他の者には見えないようだった。
この不可解な呪いに掛かったのはメイプルとの初対面晩餐会の数日前だ。
何をどう試しても結局文字は消えず諦めて指示に従ってみる事にしたのだが、
「レオンハルトは最終的には姪と一緒にさせるとは言え、その前に一旦シュガー嬢とくっ付けさえすれば上手くいく思っていた……」
以前レオンハルトを高級喫茶へと密かに呼び出したのも、あわよくばお茶をさせればハッピー度がカンストするかもしれないとの打算があったからだ。
王后はてっきりメイプルもレオンハルトを好きだと思い込んでいた。
当初はバレバレのレオンハルトの恋に協力するなりして相思相愛になってもらう予定だった。そうすれば派閥故に自分に対して慎重なレオンハルトからの信用も得られるだろうと、そしてそれを将来の布石の一つにするつもりだったのだ。
後々、如何にして愛する二人を引き裂くか……も楽しみの一つになるだろうとも考えていた彼女はやはり悪女の中の悪女だ。
だがしかし、不幸にもレオンハルトにとっては単なる王后からの嫌がらせにしかならなかった。
あの日を境に彼の態度が明らかに硬化したのがいい証拠だ。
それも全てはメイプルが想定外の娘だったせいだ。
「はあ、そもそもあの娘のハッピー基準が全くわからぬ」
貴族なら誰もが望む王太子妃になるのが嫌で実家を没落させる娘がどこにいる。
いや実際目の前にいたのだが、真の望みや行動がいまいち読めないのが頭痛の種だ。
「……我を見て一瞬物凄く数値が急上昇したのは解せぬが」
そこはかとなくエロ親父の興奮の眼差し感があったのはきっと気のせいだろう。
王后は何年とメイプルをこっそり観察してみたが、未だに有効な方法がわからない。
あり得ない量を食べるが食べ物ではないようだし、金銭かと思えば必死に稼いではいるようだがそれでもない。
故にレオンハルトと姪を使っての権力掌握には確実に邪魔な娘にもかかわらずこれまで手を出せずにいた。
たた最近では、もういっそ警告を無視してメイプルを排除してしまおうとさえ考える。ラングウッドに眠る魔法石はとても魅力的なのだ。
だが知っていても動けないのは、魔法石を彼女から取り上げてしまえば自身の魔法力も落ちるのと、彼女には強力な護衛達が付いているからだ。
レオンハルトがその筆頭。
「あ奴が追いかけ回すせいで、シュガー嬢のハッピー度が駄々下がりなのもそろそろさすがに看過できぬ。ククッちょうどいい頃合いだ。大いに邪魔をしてやろう」
二人目は、幾度とこちらの手を掻い潜っている王弟アルベルト。彼の存在も気掛かりだ。
ラングウッドの森でツルハシを手にするメイプルと、レオンハルトとアルベルトの姿を映した遠視魔法の中で、もう一人姿の映る護り手、魔法塔の主の視線がふと持ち上がる。
彼は明らかに遠視魔法に気付いていた。しかも最初から。
王后は魔法越しに彼と目が合った。
妙な事をすれば容赦しないと彼の目は雄弁だ。
「……は、我にとって最も厄介な相手は奴か」
呑気なもので、台風の目たるメイプルは何も知らないままに人生をエンジョイしている。
その姿には、疎んじているはずが何故か妙な満足感を覚えてしまった王后は、これ以上変な思考になる前にと遠視魔法をさっさと解除した。
それぞれの思惑を秘め、この世界は新たに時を刻んでいくのだった。
不本意ながらも引力強めのモブ令嬢 まるめぐ @marumeguro
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