重なる、懐かしい世界


 ドシッドシッ


 まるで怪物が歩いているかのような風貌の少女が歩いていた。その様と言ったら、もう不機嫌でたまらないと言ったふうだろうか。


「もう、なにむつけてるのよリアーナ」


「んー!!!!!なんで私追い出されたの!?」


「ちょっと!ぐ、ぐるじ」


 そのまま怪物の如く歩きながら、フェレットのピューレを思い切り抱きしめる、いや、思い切り締め付けている。シャー!と大きな威嚇をしながら、彼女の腕をかぶりと噛みついた。


「いだだだ!ご、ごめんん」

 

 痛い痛いと悲鳴を上げるリアーナと、それをフンっとあしらっているピューレ。なんだかピューレもスミレと話してからご機嫌ななめだ。


「なんだか、私だけ仲間外れにされたみたい」


「仲間ハズレもなにも、あの2人にしかわからない話があるんでしょう?現に、白髪頭も呼ばれてなかったじゃない」


 リアーナは口を尖らしたまま、そのままブーブー文句を言っていた。やれ私も司書なんだら、私だって役に立てるなど。痺れを切らしたピューレは、リアリーの腕からぴょんと抜け出して、リアーナと同じくらいの少女へと姿を変えた。その姿は白いの長い髪を靡かせて、猫目がとても生えている。とても耽美で、リアーナは不機嫌も忘れてしまいそうになる。


「わ、なに急に?」


 人型のピューレは腕を組んでそっぽを向く。リアーナが駆け寄ってツンツンしてみても、反応はなかった。

 フンっと鼻を鳴らしては、リアーナの正面に背を向け続け、くるくると回る。


「今日は1日あなたは私よりも、別の人ばかり構っていたわ」


「……え?」


「あなたが持っているその感情は、今の私に似ているのかしら?」


 リアーナはハタと考える。確かに、このもやもや感は疎外感と似たようなものだなぁと思い、ようやく感情に納得した。そしてため息をついて、ピューレの肩にもたれて顔をぐりぐり押し付けた。


「そうかも。なんだか分からないけど、やきもち妬いちゃったみたい」


「素直な事ね。次に会った時、慰めてもらいなさい」


 つまり、リアーナはモシュネとスミレが2人で話していることが気に入らなかったのだ。最近は亡霊騒ぎで両親と娘水入らずの時間も取れず、皆手がいっぱいで、報告会が終わったらすぐに解散。ということが大半だったから、リアーナは寂しかったのである。

 もちろん、スミレが悪いとは思っていないし、彼女の境遇には同情する。本当に番人になるとなれば、試練の対策や打開策を練らねばならない。そう考えると、リアーナよりもモシュネの方が適任だろう。リアーナはよく分かっていた。

 けれど、リアーナのモヤモヤはそれだけじゃない。亡霊が大量発生し、暴動を起こされた時から、リアーナはずっと何処か寂しい。その寂しさに蓋をして、ピューレを見据えた。


「そうしようかな。でもピューレも寂しかったなんて、少し意外」


「あら、最近は黒猫もきたし、オネエもいるし。寂しくもなるわよ。今までは私しかいなかったんだもの」


「お、おねえ?」


 ふんっとお嬢様みたいに顔を背けるピューレを見て、リアーナはほんの少し笑顔になる。ピューレの腕に自分の腕を絡めて、日陰から出て駆け出した。ピューレのロングスカートが、暖かな風に揺れる中で、リアーナは懐かしい景色と重なった。


「……あ、この景色」


 ✴︎ ✴︎ ✴︎


「パパ〜!ママ〜!早く早く〜!」


 遠い昔の昼下がり、幼いリアーナは両親と3人で大きな塔の麓でピクニックをしていた。

 ほんの少し青味がかっている白い髪を、低い位置で2つに結っている、幼さも残る可愛らしい女性と、濃い藍色の長身の穏やかな雰囲気を纏った男性が、リアーナの両端で微笑んでいる。女性は白いくるぶしだけの軽いワンピースを着用していて、男性の方は、黒いパンツにシンプルな白いシャツ。服装はシンプルだが、それも伴って、2人の表情が映えていた。


「リア〜?あんまり慌てると転んじゃうよー!」


 この溌剌としている声はリアーナの母のものだ。


「リアーナ、どこでランチを食べたいですか?」


 この穏やかで優しい声は、父の声だ。


「え!リアが決めていいの〜?」


「もちろん!今日はリアーナの誕生日なんだから」


「そうですよ。今日の主役はあなたです」


 そう。今日はリアーナの4歳の誕生日だった。一月前から毎日この日を指折り数えて楽しみにしていて、朝起きる度に、起こしにきた母と父に「お誕生日はまだ〜?」と聞いていた程だ。


「ママ、パパ!ここ!ここにする〜!」

 

 当日、もう楽しみが抑えきれないと言った様子でぴょんぴょん跳ね回るリアーナを、父と母は微笑みながら見守っていた。そして、リアーナの母は、自身の杖をバスケットから取り出して一振りすると、可愛い音を立ててピクニックマットが地面に広がり、パラソルが現れてクルクルも回りながら広がった。


「わぁ〜!可愛い!素敵!」


「ふふふ。ありがとう。リアが1番にマットに上がっていいよ」


「やった〜!!パパとママも!早く早く〜!」


「素敵なプリンセスがお呼びです。早く行きましょうか。リー」


「もう、アルフレッド。……そうね。早くいきましょ」


 2人揃ってリアーナの両端に座り込み、バスケットを開けてお弁当箱を広げる。リアーナは目を輝かせてお弁当箱の中のフルーツサンドに手を伸ばしたが、父に優しく手を止められる。むっとしたリアーナは、父の膝にどしんと乗っかって顔を見上げた。


「素敵なお嬢さん。改めて、僕とママからお祝いの言葉を言わせてもらえませんか?」


 その言葉を聞いたリアは、ハッとして父の膝から降りて2人の間に向かい合って座った。


「いいよ。いっぱいお祝いしていいよ!」


「「お誕生日おめでとう!リアーナ」」


「おめでとうリアーナ。なんだか私まで嬉しいな」


「僕も、あなたに出会えて幸せです」


「リアもママとパパに会えて嬉しいよ!大好き!」


 そんな微笑ましい空間を広げながら、リアーナは暖かい両親にハグをしてもらった。続いてバスケットを開けると、そこには色とりどりのフルーツサンドに、お弁当箱が入っていた。母がお弁当を両手で開くと、そこにはハンバーグとおむすび、サラダが敷き詰められていた。


「わぁ、リアが好きなの沢山!」


「ふふ。そうでしょう?パパとママが、腕によりをかけて作りました。食後にはケーキもありますからね」


「あ、フォーク忘れてきちゃった。とってくるね!」


 そういって、母が立ち上がってカトラリーをとりに行く為に立ち上がった時、母の横顔とスカートが風にゆれていた姿がとても輝いていた。


 ✴︎ ✴︎ ✴︎


 そう、そうだ。4歳の誕生日、ワンピースで靡く母のスカートと、父の横顔を、ピューレと重ねて思い出した。


 (性格は全然違うけど、ママとピューレってよく似てる)


「ねぇ、ピューレ。私のパパとママに会ってほしいな」


「そうね。早くお目にかかってみたいわね」

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-静者の番人と亡霊の謎-The Stillness・Wind 灰業みずり @Hainali

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