第6話 大団円

 霧島が、宮崎の、

「ベンチャー企業」

 と言ってもいいほどの、こじんまりとした事務所だということは分かっていたが、実際に事務所にいると、一抹の寂しさがこみあげてくるのが分かる気がした。

 事務所の中には、

「10人もいないが、営業が出払うと、後は4人だけが事務所に残っていることになる」

 というのは、

「社長の宮崎」

「新入社員で、参謀候補の霧島」

 そして、あとは、庶務や経理と言った。事務職全体を取り仕切る女性が一人だけだった。

「最初は、仕事を覚えるという意味で、事務の仕事をおこなっている、彼女にいろいろ教えてもらうといい」

 ということで。いわゆる、他の会社の

「試用期間」

 というものを、過ごしていたのだ。

 霧島は、結構、物覚えがよかった。

 これは、何といっても、プロ野球界で身に着いた、才能であり、自分にとって、気付いていないといってもいいくらいのものであった。

 事務員も舌を巻くだけの、記憶と理解力は、

「さすがだわ」

 と思っていたのだった。

 最初、事務員としては、

「今新しい人を入れるというのは、ちょっと」

 として、事務員なら、当たり前の発想だったのだが、その考えが違っていることを思わせ、

「私の見込み違いだったのか?」

 と思ったが、それも、

「嬉しい悲鳴」

 といえばよかったようで、

「少なくとも、私をすぐに追い抜くんでしょうね」

 ということを感じさせられた。 

 しかし、霧島というのは、あくまで

「経営陣としての、社長の参謀」

 ということで、今は、その研修中というだけのことだった。

 仕事をすれば、

「これ以上のすばらしさ」

 というものが芽生えてくると思った彼女は、次第に、霧島に惹かれていくのを感じた。

 彼女は、実に地味で、それが

「いかにもという事務員だっただけに、今まで人を好きになったことがなく、なったのかも知れないが、気付かなかったのか、わざと気づかないふりをしていたのか?」

 と、そのあたりが自分でもよくわかっていない。

 彼女は、今年で35歳、他の会社でも、とっくに

「お局様」

 と言われ、

「こんなものなのかも知れないな」

 ということで、結婚以外でも、ほとんど諦めの境地になっていた。

 そう、彼女の今の年齢が、誤差はあるかも知れないが、

「ちょうど、俺が、現役引退しようとしていた、そんな時期だった」

 のである。

 そんな彼女の名前は。

「神山はづき」

 と言った。

 はづきは、実は、霧島がいたチームのファンであり、ひそかに、霧島選手のことも注目していた。

 それは、社長の宮崎に、

「プロ野球も面白いぞ」

 と言われたからであり、教えた宮崎も、

「彼女がここまでプロ野球に飲めりこむとは」

 ということだったのだ。

 はづきは、

「熱しやすく冷めやすいタイプだったといえる」

 のだろう。

 そんな会社に、

「元プロ野球選手」

 という、霧島が入ってくるのだから、はづきの興奮も冷めやらない。

 はづきが、今までに、

「男性と付き合ったということはあるだろうが、結婚しようとまで考えたことはないだろう」

 ということは、ウスウス宮崎にも気が付いた。

 さらに、霧島が独身で、結婚を考えたことがないというのも分かっている。何しろ、それどことではない人生だったからだ。

「話くらいはあっただろうが、霧島の性格からすれば、きっと断ってきたに違いない」

 ということくらい、宮崎にも分かるというものだ。

 これは、はづきに対しての思いよりも、霧島に対しての、思いの方が、強いというのは、ハッキリと分かるというものだった。

 霧島と、はづきをくっつけようと感じるのは、宮崎が、おせっかいなとことがあるのと、

「二人が一緒になってくれれば、仕事でもいいパートナーになってくれる」

 という思いもあるのだろうが、一歩間違えると、

「少しプライベートでギクシャクすると、それが直接仕事にも影響を与える」

 ともいえなくもないだろう。

 それを思うと、宮崎も、一抹の不安を抱えていたが、それ以上に、二人への信頼も厚いのだろう。

 実際に、これは後で分かったことだが、霧島という男は、会社ではカチットしているが、家庭では結構自由なようだ。それでも、家事を手伝ったりはしているので、嫁さんの方としても、そこで文句が出るわけもない。

 それが二人がうまく行っている秘訣だった。お察しの通り、実際に、二人は、その後、2年後に結婚した。宮崎がうまく引き合わせる格好で、仲良くなってから、2年での結婚は、宮崎にとっても、本人である二人にとっても、

「願ったり叶ったり」

 という交際期間だっただろう。

「短すぎるのではないか?」

 という人もいるかも知れないが、実際に、そんなこともない。

 二人とも、初婚としては、年を取りすぎている。お互いに、

「子供は無理だろうな」

 と言っていた。

 何と言っても、奥さんが、高齢出産になるのは、必至だからである。

 そもそも、霧島にも、はづきにも、

「どうしても、子供がほしい」

 ということがあるわけではない。

 そんなことを考えなくてもいいほど、年相応に、落ち着いている二人だといってもいいだろう。

 結婚してから、これも、2年間は、新婚気分だった。

 交際期間が2年と短かったことで、結婚してから、2年は、お互いに、甘い気分を味わっていたかったのだ。

 二人とも、今までが気を張って生きてきたこともあって、

「人に気を許す」

 ということもなかっただろう。

 それが功を奏して、お互いに、頼れる人がそばにいてくれるということが、嬉しかったに違いない。

 ただ、新婚気分の2年が過ぎて少しすると、お互いにぎこちなさが感じられるようになった。

 最初は宮崎も気付かなかった。

 というより、当の本人たちも分かっていないのだから、当たり前のことである。

 そして、宮崎がいよいよ怪しいと思って、

「君たち、どうしたんだい?」

 と霧島に聞いてみる。

 霧島は、仕事においては、申し分のない仕事をしてくれた。

「きっとこの仕事に才能があるのだろう」

 と思うと、

「さすがに本人には言えないが、野球界にいかずに、最初からこっちに来ていれば、俺とライバルになっていたかも知れないくらいだ」

 と感じた、

 そういう意味では、

「やつを参謀として引っ張ったのは、俺にとっては、サヨナラホームランに値するくらいだ」

 と思い、そのたとえが無意識であったが、野球だったことに、笑いがこみあげてきたのだ。

 だが、不思議なこととして、二人の結婚生活は、いきなりの破局を迎えた。

 しかし、それは確かに、

「お互いがぎこちなくなった」

 ということもさることながら、それ以上に、

「お互いがお互いを分かっている」

 ということにも、繋がっているのであった。

 一つには、

「彼が、野球を辞めてから、仕事を始めた時は、何事も真剣にことに当たっていたという感じだったんだけど、それ以上に、今まわりを見ていると、急に自由になったような気がするんです」

 と、はづきが、宮崎に話した。

 宮崎とすれば、

「彼には、そういうところがあるというのは、俺には分かっていたような気がする。それだけ、真面目に考えすぎるんだろうな。しかも、それと融通が利かないところがあるので、余計に、考えていることが態度に出やすい。しかも、分かりやすいということで、パターンが決まっているというべきか、それだけに、まわりに対しての影響力が、ハンパではないと思うんだよ」

 と、宮崎がいうと、

「ああ、そうなのよ。私は、これをバタフライ効果だと思っているの」

 と、はづきがいうではないか。

「バタフライ効果?」

 と宮崎が効きなおすと、

「ええ、バタフライ・エフェクトともいうんですけどね。ちょっとした微々たる変化が、遠くの場所で、大きな変化となって現れるという、何か気象に関してのことを言っているらしいの」

 と、はづきは言った・。

「そっか、それはあるかも知れないな」

 と、宮崎がいうと、

「ええ、そして、その元々の原因が、野球にあるんじゃないかって思ったんだけど、どうなんでしょうね?」

 というと、

「それはあると僕も思っている。彼は、実際には、もっと現役を続けたかったと思うんだよね。コーチを経験して、それなりの満足感は得られたようなんだけど、本当は、あくまでも現役だと思っていたので、心の底では、現役を続けている選手が羨ましかったのかも知れない。中には。自分よりもまだまだ若い選手だっていたんだからね」

 というと、

「ええ? そうなんですか?」

 と、この話にはさすがの、はづきの方も、寝耳に水だったようで、

「それは、本人から聞いた話なんですか?」

 と聞き返すと、

「ああ、そうだよ。彼は、結構俺には本音を言ってくれるのさ。だから、俺も本心から答えるんだけどね」

 というと、

「やっぱりそうだったんだ?」

 と言われ、

「ええ、そういう素振りでもあったのか?」

 と聞かれた、はづきは、

「今のバタフライ効果ということを思い出して、宮崎さんと話をしていると、どこか、辻褄の合わなかったことが合った気がしたんですよ。まるで、マイナスのマイナスがプラスになる効果のようにですね」

 というではないか。

「それは、俺も思っていたんだよ」

 と、宮崎がいうと、ここで、三人のことを考えている、宮崎とはづきは、ここにはいないが、霧島も同じことを考えていて、お互いに、

「三すくみ」

 というものを思い返し、そこに、

「バタフライ効果」

 が絡んだことで、離婚に対して、三人ともが納得しているのは、この

「三すくみ」

 という関係が影響していると感じたのだった。


                 (  完  )

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バタフライの三すくみ 森本 晃次 @kakku

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