「大好きだけど、大好きだから」

「みゆりさん、これからのことを話しましょう」


 俺の声に、彼女はそっと目を逸らす。嫌われているわけではないだろうけど、よくは思われてない。


「ごめん……私、どうしたらいいか分かんない」


「俺もです。だけど、どうであれ、俺はみゆりさんといたい」


 出した答えは簡単だった。一緒に暮らすだけなら法律上は問題ないじゃない。近親相姦だって犯罪ではない。ただ結婚できないだけ。一緒にいることは罪にはならない。俺は、みゆりさんとなら乗り越えられるから。


 これしか思い浮かばなかった。この四ヶ月、ずっとずっと考えて、茨の道すら花畑に見える修羅の道。


 俺の考えを見透かしているかのように、みゆりさんは言葉を吐く。


「ダメだよ、私たちは姉弟。社会が許してくれない」


「俺が許します。だから、みゆりさんも俺を許してください。俺はみゆりさんさえいればいい」


 社会からクズだと思われるより、みゆりさんに見放される方が辛い。俺はずっと前からそうだった。みゆりさんだけでいい。


 依存? 気持ち悪い? 百も承知だ。外の意見なんかどうでもいい。俺はみゆりさんの隣がいい。みゆりさんの隣は俺がいい。


「私はそうじゃない。亜美も好き、雫ちゃんも好き。あの子たちに迷惑かけたくない。お父さんだって反対する。ずっと一人で育ててくれたんだもん。笑顔でいて欲しい」


 みゆりさんは小さな声で叫ぶ。俯いたまま、目を合わせてくれなくて、俺も言葉を迷う。


 でも、引き下がるわけにはいかない。葵さんに、亜美さんに背中を押してもらったんだ。


「俺じゃ力不足ですか? 俺じゃ、皆んなに迷惑かけますか?」


 投げかけた問いは聞きたくない答えになって返ってくる。


「かけないと思ってるの? 姉弟で一緒に暮らすってそういうことでしょ」


 はっきりとした物言いに涙が溢れそうになって、必死に堪える。我慢できた試しはないけれど、涙で濡らすのは今じゃない。


「この四ヶ月、色々考えたんだ。出会って、手を繋いで、付き合って、キスをして、デートして……もう、十分じゃない?」


「十分じゃないです。まだまだやりたいことなんて山ほどありますよ。みゆりさんはもういいんですか?」


 まだ付き合って一年も経っていない。やりたいことなんてあげ始めたらキリがない。


 みゆりさんからのチョコが欲しい。

 みゆりさんが卒業式に来て欲しい。

 みゆりさんのいる家に帰りたい。

 みゆりさんが見る景色を見たい。


 笑うならみゆりさんの隣がいい。

 泣くならみゆりさんの前がいい。

 怒るならみゆりさんのためがいい。

 想うならみゆりさんだけがいい。


 まだ、みゆりさんの全てになっていない。


「もう……みゆりさんは、俺のこと嫌いですか?」


「好き嫌いの問題じゃないんだって。諦めてよ。晴人くんいい子だから、若くて優しい子見つけられる」


 聞きたく無かった拒絶の言葉が脳に響く。何故、好きな人と一緒にいたいだけなのに、こんなにも苦しいんだ。


「諦められないですよ。優しい子とかいいんです。若い子とか知らないです。完璧な子だろうと眼中にないです。分かるでしょ」


 みゆりさんだって分かってるはずだ。俺が求めてるのはそんな言葉じゃないし、新しい恋なんてふざけてるってことぐらい。


「うん、分かるよ。晴人くんがどう思ってるか。でも、ダメなんだよ。晴人くんに迷惑をかけるから。気持ちだけで動いていい話じゃないの」


 何言ってるんだよ。迷惑かけてくれよ。かけられたいんだよ。それぐらい大好きなんだ。


「俺たちの関係って、兄弟ってだけで崩れる関係だったんですか? そんな脆い繋がりじゃないでしょ」


「そんなこと聞きたくない。幸せだった頃の話なんてしないでよ。もう、終わらせよ?」


 俺だって言いたくないさ。こんなダサい言葉。でも、終わらせたくない。幸せだった。これ以上ないほど。だから、永遠に続けたいんだ。


 幸せって気持ちは同じはずなのに、結論だけは違ってて、どうしても納得してもらえない。


「どうして簡単に終わらせようとするんですか!?」


 喉が焼ける。もう、涙を堪えてるのかすら分からない。


「簡単じゃない! 簡単じゃないよ……。大好きだけど、大好きだから、晴人くんの人生を歪めるわけにはいかないの」


 確かに、社会的に悪とされる生き方だ。倫理的に終わってるのかもしれない。けれど、みゆりさんがいるなら、歪んだ道だって喜んで進む。


「大好きなら尚更、わからないです。一緒にいたいって気持ちは同じじゃないんですか? どうしてそれを拒むんですか!」


「晴人くんはまだ高校生なんだよ。人生を踏み外すには早すぎる。ごめんね、私には晴人くんの人生を壊す勇気がない」


 この時、初めて彼女が顔を上げた。涙で、鼻水で、感情で、ぐちゃぐちゃになったみゆりさんの顔は、それでも綺麗だった。


「もう一回だけ言うよ。お願い、諦めて」


 みゆりさんの怒りは二度見たことがあったけど、今回のそれとは別物。諦めてなんて言わないでよ。そんな目で見ないでよ。


 次の言葉を考える前に、みゆりさんの口からそっと声が漏れる。


「晴人くん、別れよ」


 冷たい声。悪あがきすることも否定することも許されない。ただ、この関係は終わったんだと悟った。もう、何を言ったって無駄。


「俺じゃ、ダメなんですね……さようなら」


 きっと、これから顔を合わすこともないんだろう。彼女は優しすぎるから、俺の弱さを受け止めてしまう。泣いたら、抱きしめてくれるのだろうか。


 みゆりさんと別れて、夜空を仰いだ。名の知らない星たちも、俺を憐れんで照らしてくれる。


 どれだけ上を向いたって、どれだけ下唇を噛んだって、流れる涙は止まらない。俺は想いを振り切るように走り出した。後ろから聞こえる泣き声に、耳を塞ぎながら。


 まだこんなにも好きなのに、俺を抱きしめてくれる人はもういない。



 夜風だけが、いつもと変わらず吹いていた。





『初の彼女が寝取られた俺は、お姉さんに拾われる』––––––––(完)



 最後にこんにちは、赤目です。最後まで読んでいただき嬉しさで発狂しそうです。レビュー、コメント貰えたら発狂間違いなしなので、僕の発狂が見たい方はぜひお願いします。


 しつこいですがもう一度、読んでいただきありがとうございました。

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初の彼女が寝取られた俺は、お姉さんに拾われる 赤目 @akame55194

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