第2話

視線を集めながら、次の目的地へ歩みを進める。

さながら気分は女性専用車両に間違えて入った時のような気分だ。

これが続くんだから、これからの軍人人生を考えると気が遠くなる思いだ。

女性がヒソヒソ話できるだけで、自分が笑われてるのかと考えるほど豆腐メンタルなのに、身分不相応が過ぎるぞ。


「カエデくーーーん!」


聞きなれた声。

未だ微かに違和感が残る名前。

俺の今の名前だ。

女の子みたいな名前だが、からかわれても怒ったりしないヨ!

なにしろ見た目は子供、頭脳は大人......ってほど子供でもないか。


改めて、少し息をきらせた濃い緑色の可愛らしいボブカットを揺らす彼女を見る。


彼女は同じ小学校、中学校出身の幼馴染。輝宮カズハ。

小走りで駆け寄ってきた彼女と共に、次の目的地である第二訓練場へ向かう。


「おや、カズハちゃんじゃない」

「カエデくん、見つかってよかったあ」

「うんうん、緊張するわよねぇ」

「……ところでどうしたの、その喋り方」

「そういう気分なの」

「似合ってないねえ」


深緑色の髪をなびかせて、クスクスと笑うカズハを見ながら目的地の部屋が見つかる。


「……っとここか」

「ドキドキするねえ」

「まあ、カズハなら大丈夫だろ」

「むむむ」


少し顔を強ばらせたカズハと共に、アルミ製のプレートに【第二訓練室】と記載された部屋の両扉を押し開けた。

大理石のような物質で四方を囲まれた部屋に一歩踏み出すと、足元に波紋が現れる。躊躇いつつ、そのまま足を進めると、そこには既にかなりの数の生徒が集まっていた。


それから少しして、既に中で待機していた教官らしき軍服を纏った女性と竜胆少尉が入室者が誰も居ないことを確認してから、声を出した。


「定刻になったので、魔力測定を始める」

「傾聴せよ!」


副官らしき女性の鋭さのあるよく通る声に思わず背筋が伸びる。

音圧で空気が揺れた。実際にはそんなことはないのだが、訓練生たちにはそう錯覚する程の圧を感じ、少しざわついていた第二訓練室が静寂に包まれる。

それを確認して、竜胆少尉は一つ頷くと話し始めた。


「訓練生諸君らも知っての通り、魔力の属性は自分の髪の色によって判別が出来る。その強弱を詳しく測定することがMagic power Diagnosis Adaptability test 通称、魔力測定だ。

君達が以前受けたのは簡易的なもので一定値迄しか測定出来ないものだが、今から具体的な能力値を測る。各々髪の色に従い、列に並べ。また、楠カエデ訓練生は私と共に来てもらう。以上」


訓練生が揃って返事をすると、竜胆少将は出口に向かって歩く。ちらりと俺の方を見て、着いてこいと暗に言っていることが伝わったので慌てて後を追いかけた。

扉を開ける直前にカズハの方を振り返ると、小さく手を振っていたのが見え、それに笑みで返して先を急いだ。


廊下を歩く竜胆少将の背に追いつき、歩幅を合わせるように歩く。




……デゥワッ!!

気まずいねえ! とっても気まずいんだから!

こうなったら、前世の営業マンだった経験を使って大の仲良しになっちゃっお! おっおっ!


「竜胆少尉!今はどちらに」

「今から行くのは佩刀機関 教練部のトップである天満中将が居る教練長室だ。楠訓練生が別行動している理由はそこで説明があるだろう。他に質問は?」


「今日は心地の良い天気ですね」

「そうだな。他に質問は?」


「その片眼鏡とてもお似合いですね。モノクルでしか?何処で買われました?」

「支給品だ。他に質問は?」


「いえ、ありません」

「よろしい」


ふえぇ。おじさん、完全敗北だよお。

切って捨てるとは正にこのことだよお。


そうしてカエデは竜胆少尉の背中を黙って追いかけた。


「ここが教練長室だ。少し待て」


数分程歩き、木製の重厚な扉を前に竜胆少尉はそう言うと、部屋にノックをする。

はーい、と間延びした言葉返ってきた。


「教練部所属、少尉 竜胆です。楠訓練生をお連れ致しました」

「どうぞお」

「失礼致します。楠訓練生着いてこい」


竜胆少尉の背中を追い掛ける。

部屋の中で待っていたのは、紫色の髪をハーフアップにした女性だった。


「いらっしゃい。貴方が楠君ね」

「楠カエデと申します。本日より訓練生として入隊致しました!」

「あらあら、元気なことはいいことね。私は天満イザ。階級は中将よ」


柔らかな声色で天満中将は出迎える。

紅茶を飲みながら、優美な雰囲気を持つ彼女に先程までの緊張が解ける。


「天満中将は楠訓練生も知っているだろうが、佩刀機関創立に関わる御三家の天満家出身だ。しっかりと拝聴するように」

「いやねえ、機関に所属するのだからお家は関係無いわよ。派閥はあるけどね、ふふふ」


天満家、佩刀機関創立に関わる由緒正しき御三家。

ふっ……。勿論、俺は何にも知らない。

知らないというか、勉強したような、してないようなそんな話は知らないのだ。どうでもいいと思ってたし。

みんながみんな転生したからって努力するなんて大間違いなのだ。


「さて、今日楠訓練生を呼んだのは他でもないわ。貴方の扱いについてよ。バチカンの選定者ゴッドブレス、中国の始皇帝シイファン、アイスランドの戦士ベルセルクル、イラクの守護者エンキと呼び方は様々だけど。

どれも一国を代表する力を有している。

____男で魔力を持つ貴方は特別な存在なの」




その言葉から数時間後

窓から差し込む夕日に照らされている自室のベッドに俺は座っていた。


「はー、厄介なことになったなあ。俺のスーパーな人生設計がどうしてこうなった」


本来、訓練生は四人一部屋が与えられる。

適正によって分けられた部屋組は後々の小隊に繋がる仕組みになっていた。


要は、同じ釜の飯を食った仲間だろというわけだ。


「ま、ロボット?っていうのもちょっと憧れがあるし……そこそこしたら退役して悠々自適に暮らすかあ」


魔力は質量を持ち、物理的に何かを動かすことも出来る。その上、人の意志によってコントロールが可能な便利な力でもある。

その魔力を操作するための回路がこの世の中には有り触れている。

例えば電子レンジはマイクロ波を照射し、水分子を振動させ熱を生み出す機械だが、魔力は形を持たないため電磁波の代替が可能となる。

それに質量を持つといったな。あれは嘘だ。

正確に言うと嘘ではないが、強力な魔力は質量を持つことも出来る。


これが人によって生み出されるのだから、退役軍人はまさに人財。引く手数多の桃色人生!ハッピーライフ!


という想像が止まらないカエデだが、現実はそう簡単なわけがなかった。


時は戻り、時刻は15時を少し過ぎるところ。

まだ窓から見える景色が夕焼けに染まる前の教練長室。

カエデの退室を見送ったところだ。


「しかし、天満中将。他の訓練生との別扱いは逆効果なのでは、やはり魔力が精神によって左右されることを考えると楠訓練生も他の訓練生と共に行動させた方がよろしいのでは」

「うふふ、分かってないわねえ。竜胆ちゃん」


竜胆少将の問いに、笑みが零れる天満中将


「彼にはね、神輿になってもらわなきゃいけないの。近くの憧れでは足りないのよ。姿をあまり見かけないけど大活躍しているらしい、国内トップの部隊に訓練生ながら所属しているらしい。らしいらしいらしい……その曖昧さが立場を作りあげ、憧憬し、崇拝し、人を兵にすることが出来る」


太陽が一瞬雲によって陰る。

少し薄暗くなった部屋の中で、天満中将は三日月のような笑みを浮かべる。


「日本は待ち焦がれていたのよ。世界の最先端に返り咲くその時を」


雲が通り過ぎ、部屋の明るさが戻る。

天満中将は頬に指を当て、ウインクをする。


「それに女の子はミステリアスなヒーローに憧れるものよ?」


ごくり、と竜胆少将は唾を飲み込み少し乾いた喉を潤す。

御三家、化け狸め……心の中でそう愚痴った後に、楠訓練生を僅かに同情するのであった。


彼はもう一般人としては生きていけないだろう。

死してなお、国のために消費される人身御供。

彼は政治の道具に過ぎないのだ。



次の日、俺は昨日居た第二訓練室に立っていた。

魔法陣……いや、回路が掘られたA4サイズの大理石のような色味をした石版が目の前にあった。

石版が置かれている白い長テーブルを挟み、向かいに居る竜胆少将と天満中将をちらりと見る。


俺は今から魔力測定を受ける。

竜胆少将の説明によると、どうやらここに手を乗せて計測を始めるらしい。

指紋認証みてえなシステムだなー。


小さく、ほんの小さくため息をついて

期待混じりの目に押されるように石版に手を載せる。


「むん!」


そして魔力を放出した。

半透明な黒色のもやが俺の体に宿る。

回路の溝の通るように、モヤが全体へ行き渡ると魔法陣が発動した。


ホログラムのように空中へ投影されたそれを見る。

綺麗な五角形と各項目の詳細が記載されていた。

記載箇所には全てAランクと書かれている。


「訓練も実践も無しに、ここまでとは……」

「あらあ、何かのスペシャリストかと思ったけれど。これならやっぱり彼女のとこがいいわね」


ぱちん、と天満中将が手を叩く音が響く。


「よし、決めたわ。竜胆少将……東雲大佐に連絡しといてくれる?」

「承知致しました。では、本官は先行します」

「お願いねえ」


背筋を正し右手を左胸に当て、左手は腰に回す。初めて見るが、恐らく佩刀機関式の礼だろう。

竜胆少将は訓練室から出ていくのを見届ける。


「さて、楠木訓練生。私たちはゆっくり行きましょうか」

「分かりました」


天満中将の背中に着いていく。

話の流れから察するに、俺は東雲大佐という人のところで訓練することになるのだろう。

そういえば、カズハは今頃何してるだろうか。




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魔鉱戦機 -パトリオット ペンタグラム- 狐狗狸 @noroi0822

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