眼鏡っ子、世に憚る?

遠部右喬

第1話

「眼鏡っ子」。それは、男女を問わず大人気のジャンルの一つである。

 実際、二次元愛好家だろうが三次元充実人間だろうが、「眼鏡っ子が好き」という方は結構いるのではないだろうか。胸を張って言うが、私もその一員である。


 そう言えば内田百閒先生の随筆に、「髭を伸ばしても誰も何も言わないのに、剃り落とした途端、皆が口々に『間の抜けた顔』と言い出すのは納得いかない」というくだりがあるが、眼鏡でもそれに似た現象が起こることがある。

 私も日頃から眼鏡を愛用している身ではあるが、流石に自分を眼鏡っ子にカウントする程には図々しくない。が、眼鏡を外した途端に周囲から「あれ、何か今日調子悪い……?」と心配されたりすると、何だか微妙な気持ちになるのだ。この、「調子悪い……?」の「……」の部分に、(顔の)という声なき声が聞こえるのは、卑屈になり過ぎだろうか。

 ネットで見掛けたアンケートによると、眼鏡を掛けた人への印象を、「知的」、「真面目そう」と回答がする方が多いようだ。そのことに異論はない、と言うか、同意しかない。ならば、眼鏡を外した私は「無知」で「不真面目そう」な印象に格下げになる、ということなのだろう。

 眼鏡というプラスアルファでぎりっぎり五十点のルックスだったとしても、点数が十点下がった時点で、下手したら赤点だ。百点が九十点になるのとは訳が違う。そりゃ、顔の調子を心配される訳である。なによりも腹立たしいのは、自分で自分の顔を見た際にもそう感じてしまったということだ。



 先日、近所のカフェでのこと。

 窓際席を陣取った私は、文庫のページを繰り、心躍る物語と穏やかな時間を楽しんでいた。

 目の疲れに、ページを繰っていた指がふと止まる。

 すっかり温くなってしまったコーヒーに口をつけ、眼鏡を外し目頭を軽く揉む。そのまま窓の外に目を遣れば、既に日は傾き始め、ガラスに反射した自分の姿と薄闇を纏いつつある外の景色がうっすらと重なっている。

 それを見て、こう思った。


「こりゃ酷い顔だ」


 ……なんでだよ。

 もうホント、我ながらなんでだよと、純度100%で驚いた。普通、裸眼のぼやけた視界なら何割増しかで見えるものではなかろうか。眼鏡のある顔も無い顔も見慣れた自分ですらそう思ったのだ。裸眼の私を始めて見る人にとっては、やはり四十点以下の価値しかない顔という事である……悲しい現実を、ちょっと受け止めきれない。

 知りたくなかったことから全力で目を背ける為にも、ここは一つ、理想の眼鏡っ子について少し掘り下げてみようと思う。


 眼鏡が人に与える印象は、「知的」「真面目そう」だけではない。「素顔とのギャップ」「おしゃれ」や「個性的」、反対に「ちょいダサ」と感じる方も居るようだが、概ね好意的に捉えられていると考えてよさそうだ。


 だが、「メガネが似合う」と「眼鏡っ子」はまた別のものなのだ。


 「おしゃれ」も「個性的」も、それはご本人の持つセンスとスキルなので、眼鏡っ子としての魅力とはやや話の向きが違う。

 「素顔とのギャップ」に関してだが、「眼鏡を外した時の印象も変化があって良い」もしくは「眼鏡を外した時の印象の変化が酷い」か、「眼鏡によって違う魅力が引き出される」あるいは「眼鏡によってやぼったさが加わる」かで全く違うが、恐らく「眼鏡を外した時の印象も良い」「眼鏡を掛けると違う魅力が引き立つ」と言う事だと思われる。だとすれば、これは地顔が良いという前提があって成立する話であり、別に眼鏡っ子である必要は無い。あくまでも眼鏡を外す前と後のギャップに重点を置いていると思われるので、これもまた眼鏡っ子とは別の話だと考えるべきだろう。


 私にとっての眼鏡っ子とは、そういうことではない。

 眼鏡が顔の一部どころか、顔の方が眼鏡の一部なんじゃないかというレベルで眼鏡と顔が一体化している、それが真の眼鏡っ子なのだ。更に言えば、知的で真面目そうで、ちょっと堅物っぽければなお良い。ちょいダサだって、「ちょい」なんだから全然有りだ。いや、寧ろそれが良い。コンタクトは体質的に合わないしレーシックとかは怖い、とか、直ぐ外せるから眼鏡のほうが楽じゃん、など、実用性だけで眼鏡をチョイスしているとなおグッとくる。何なら年齢ですらどうでもいい。可愛らしいおじいちゃんおばあちゃんの老眼鏡姿も私にとっては「眼鏡っ」だ。あー、もっと世の中に増えないかな、眼鏡っ子。


 もちろんこれは、あくまで私にとっての理想の「眼鏡っ子」ということであり、「眼鏡っ子」を愛する人の数だけオンリーワンの「眼鏡っ子」が存在していると思う。何より誤解しないで頂きたいのは、「眼鏡美人」や「おしゃれ眼鏡男子」が嫌と言う事では全く無いということだ。「眼鏡を外した時とのギャップが堪らん」というタイプだって、無論それはそれで大好物である。

 ただこれをお読み下さった方で、もしも「自分には似合わないから……」なんて理由で眼鏡を避けている紳士淑女がいらっしゃるなら、そんな勿体ないことを言わず、是非眼鏡にチャレンジしていただきたい。似合わないと思っているのはご自分だけ、という可能性は大である。


 そんな訳で皆さん、どんどん眼鏡をかけて欲しい。きっと誰かの(と言いうか、私の)心の琴線に触れる筈だから。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眼鏡っ子、世に憚る? 遠部右喬 @SnowChildA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ