かすみちゃん。

kuzi-chan

かすみちゃん。(完)

かすみちゃん。

仕事…やめた。さっき…泣いてた。


私と同期の…かすみちゃん。

フロアは別なんだけど仲が良くて。お昼は社食でね…いっつも。

ああでもない…こうでもないって。愚痴なんか言ってたの。

…どっか旅行。行きたいね?って。あたし言うと。

「うん。行きたい行きたいっ」…なんて。

最近も話してたんだよっ。ほんとに。


でも。会社…やめちゃった。


「お金ない………」

かすみちゃん。いっつも言ってた。

田舎にね?

仕送りしてたんだって…3万ぐらい。

前に話してくれたの。飲み会かなんかの帰り道かな?

つらそうだった。

普段はそういうこと…言わない子だけど。酔ってたから……。

つい。気持ちが前にねえ?出たのかなあ…って。


かすみちゃんのね?

田舎のご両親。うまくいってないんだって。

妹さん。一人いるんだけど。高校。休んでるって言ってた。

くわしくは聞かなかったけど……。

お母さんもパートかけ持ちで忙しいし。

お父さんは。仕事が続かない人らしくて。職場でね?すぐ…短気をおこして言い争いになるんだって。

それで。面白くないから…昼からお酒飲んでねっ。

「アイツっ!」

「ただのアルチュー。嫌いっ!」…って言ってた。


でも……。

「家族だから捨てられない。縁は切れないよ……」って。

そんなこと言って。下……向いてた。

声…震えてさぁ。まじめだもん。本心だと思う。


お金の事だけど。

3万円って…大変だよお?

あたし達くらいのお給料だよ?

やりくりするったって限界があるよ。

私は実家だから…まだいいけどさ。

かすみちゃん……。

アパートだよ?一人だよ?わりと古めのワンK……。

通勤が近いほうがいいって…選んだらしいけど。若い女性には合わないよ。古いもん。

多少はね?…住宅手当ては出てるんだけど。

そんな大きな会社じゃないし。びびたるもんだよっ…ほんとにさ。


かすみちゃん。


私の家には何度か来てね…遊びにさ。

お昼とか。私のママと三人で作ったりして…食べたりしたの。

でもね……。

かすみちゃん。自分のアパートには呼んでくれなかった。一度も。

私ね?

遊びに行きたいなあ?って…何度かね。サラッと言ったんだけど。

「なんにもないから。ごめんねっ」…って。

そう言って。はにかんで…下を向かれるとさ……。

それ以上は。強く…言えないでしょう?


かすみちゃん。


暗い子じゃないんだよっ。

地は明るい子。生まれつき明るい子。本当は明るい子。

ただ。いろいろあって……。

だんだん。笑顔が薄くなってきた。形だけの笑顔になってきたの。


(世の中で暮らすことって大変だ……)

(ただ暮らしてるだけなのに大変だ……)


かすみちゃん。

ポツンと(ひとりごと)言う時…ある。

でも。そう…感じない人達もいるんだと。かすみちゃん。いつも言ってた。


「私とは違うんだ……」って。


暮らしだけに。全力で向き合うことの無い部類の人達が……いる。

そういう人達が……いる。

「私とは。ぜんぜん違う……」って…かすみちゃん。

そういう思いがね?

だんだん。強くなったんじゃないのかなあ?…わかってはいるんだけどね。


環境って。人の生活……変えるんだっ?

いけないことだよっ。


頑張ってる…かすみちゃん。

(ほめて下さい)とは言わないけど。(認めてやったら?)って…思うなっ…あたし。

食費を切りつめて。

電気だってこまめに消してる。

洋服だって。クツだって。ほしいよっ…買いたいよお。

ふつうの…ふつうの…若い女性。

ひとりで暮らす…ふつうの若い女性。

おんなじだよっ。


疲れたら?…悩んだら?

ねえ?

神様って。いるの?…いないの?

いたら…お願いっ。

どうか彼女を…かすみちゃんを。

見てくださいっ…見守ってくださいっ。

どうか。どうか。お願い………。


いつだったか。


彼女のフロアの…かなり年上の男性から。冗談半分だとは思うんだけど。

…君はシッカリしてるし。

…おちつく家庭ができそう。

…どう?

…時間ある?

なんて。そんなこと言われたって。かすみちゃん…言ってた。

見下してるよお。

自分は。生活に…ゆとりがあるんでしょ?

かすみちゃん。

ギリギリだからっ。やっとだからっ……生活。


何も好きこのんでだよ?

シッカリ生活してるんじゃないし。

シッカリしないと。すぐ…崩れてしまうから。ダメになるから。

しかたなく…しかたなく。

堅実な暮らしをしてるだけなんだよっ…彼女。

何もわかってないっ。

それさえ理解できないバカな男なのに…生活はラクそう。

社内でしか評価されないのに…お金だけはあるのねっ。


不公平だよっ。


地味で…まじめで…控えめで。

それって。ダメなの?…落ち度なの?

ただ…元気にさっ。

われ先に発言する…カッコだけの。一見…やり手の男や女だけが…評価の対象なの?

違うでしょ?…ねっ?


かすみちゃん。


一生懸命やってるっ。

ほんとにほんとに…頑張ってるっ。

それなのに…かすみちゃん。すみっこに置かれてる。

かすみちゃん。だんだん…だんだん…無口になってきた。

この頃ね…感じるの。

彼女。どこか遠く。さめた目で見てることあって。違うかもしれないけど……。

なにか。プツンとね。糸が切れたみたい………。


かすみちゃん…かわいいんです。

私は。絶対そう思います。

でも…まわりの男性社員は。だから。変に見るんです。

私が思う(かわいい)じゃないんです。

そのへんも。もう。いーやって…かすみちゃん…言ってた。

いろいろあって。

この前…退社時。フロア通路の…自販機の前で。ジッ…と立ってた彼女がいたので。


…かすみちゃん? 帰ろ?

って。私…声をかけて。一緒に会社を出たのね。

通りも街も雑踏も…やわらかいオレンジ色。

彼女…うっすらそまってた。気持ちのいい時期なんだけど……。

私じゃなくても気づいたと思う。

彼女。すっごい沈んでて…こわれそうで。駅まで何も…言わなかった………。


かすみちゃん…ね。


次の日も。その次の日も。普通に会社に来て。

三日目に…退職したの。

お昼の休憩時間。私に(あいさつ)に来てくれて。

ただ「ごめんねっ…」て…泣いてた。

涙うかべて泣いてた。

「ごめんねっ…」って。

「ごめんね。ごめんねっ」…って…泣いてたの。

わたし。ふかく…聞かなかった。なんか。予感…してたから。


ただね。

…かすみちゃん?これから…どうするの?

…お金っ。だいじょうぶ?

…仕送り。あるんでしょ?

って聞いたら…かすみちゃん。

「うん……」って。小さく…うなずいてた。本当は。大変だと思う。

あたしも。

同期だし。さびしいし。ほんと。やめてほしくないけど。彼女の意思だから……。


最後に。

…かすみちゃん?

…あたし。

…なにもしてやれない。ごめんなさい。

って言うと…かすみちゃん。

ほんの少し…笑ってくれて。

「そんなことない。今まで…ありがとう」

「あとで。連絡するねっ」…って。

そう…言ってくれたの。

デスクやロッカーには…たいして無いから。小さな紙袋ひとつ。それくらい。

「おなか…すいたでしょ?」って…かすみちゃん言うのね。

いーのいーの…そんなこと。

あたしのことは…いいのっ。大事なのはっ…かすみちゃん。


お昼休みも…そろそろ終わって。

駅までの通りは。

お昼を外で食べた…いろんな会社の社員かな?急いで…私達のビルの中へ入ってきた。

私達はビルの前で…お別れをしたの。

外は。暑い夏の…終わりを感じさせる心地良さ。すんだ青空。


かすみちゃん………。

いつもの駅へ帰ってゆく…かすみちゃん………。


もう。この通りには…来ないんですね?

わたしは。

彼女の後ろ姿を。小さくなるまで…見ていた。

陽射しがまぶしくて…まぶしくて。目を細めながら…ずっと見ていた。


<おわり>

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