第17話 孤高の戦前派~時代を貫く我が信念

1990年代後半、日本はバブル崩壊の痛手から立ち直れず、平成不況の真っただ中にあった。

社会では企業倒産が日常茶飯事となり、失業率が急上昇してはいたが、私、飯藤芳三は50代を迎え、銀行の部長職に就き、ますます自信を深めていた。


「こんな時代こそ、真の銀行マンの力が試される」と私は思っていたものだ。

不況だろうが何だろうが、私にとっては幾度もくぐって来た試練の一つに過ぎない。

世間がどう変わろうとも、私のやり方が正しいのも変わらない。

むしろ、この混乱を利用して、さらに上手く立ち回ってやろうと考えていたくらいだ。


一方、銀行内ではデジタル化なるものが進み、パソコンの導入が急速に進んでいた。しかし、私にとってそんなものは無意味なガラクタに過ぎない。

パソコンなどに頼ることは「低能で軟派な者」のすることだ。


私は戦前派の男だ!紙とペンさえあれば十分なのである。

部下たちがパソコンの便利さを説いてきても、私は耳を貸す気はない。

こんな機械に頼って、頭を使わない奴らが増えたから日本がダメになったんだ。


それなのに私がパソコンを使えないことを笑う者がいるとはいかなることか。

「私をパソコンが使えない時代遅れだと?それがどうした?」、むしろ誇りに感じておった。


私にとって、時代について行く必要など全くない。

戦前から培ってきた経験と信念があれば、それで十分なのだ。

若い連中がパソコンにしがみついている姿を見ると、「甘ったれた時代だ」と、ますます情けなくなる。


また、この平成なる腑抜けたひびきの元号になって久しくなってきた時代、職場でセクハラなるものが問題視されるようになった。

私はそんな風潮には全く関心がなかったのだが、若い女性社員に少し冗談交じりに胸の大きさを測っただけで「セクハラだ」と騒がれた時は唖然とした。

冗談も通じないとは、最近の若者は本当に面倒くさい。

男が少し強引に振る舞うのは当たり前ではないか。


しかし、セクハラ問題が上層部にまで波及すると、私はすかさず手を打った。

上司には「誤解を招いただけで、私には悪意はなかった」と平然と説明し、部下には「お前たちが細かいことで騒ぐからこんなことになるんだ」と責任を取らせた。

何が悪いというのだ?

最終的には、何事もなかったかのように処理され、私の地位は揺るがなかった。

当たり前であろう。

むしろこれこそ戦前派の男の生き方なのだ。


家庭では、大輔が高校を退学になったが、私はそれすらも「いい教訓だ」と受け止めた。

彼が暴力事件を起こし、相手に怪我を負わせたという話も、「そんなことで退学させるとは、なんて情けない学校だ」と一蹴した。

大輔がどうなろうと、私には関係ない。

彼が学ぶべきことを学んでいれば、それで良し。

失敗すらも、彼が強くなるための一環なのだ。

現に奴は親の庇護を離れて家を出て、今は新宿歌舞伎町で立派にやっているらしい。

警察が何度かせがれのことで訪ねてきたことが何度かあったが、私は何も知らないのだから来ても無駄だ。


栄枝は相変わらず大人しく、手がかからないこだったからそれで良しとしよう。

私は私で自分にとって重要な、自分の仕事と地位を守ることをやる。


「これで良し」と、私は心の中で何度も呟いた。

社会がどう変わろうと、私が正しいことをしているのは間違いない。

私のやり方が古いと言われようが、それがどうした?

私は戦前派の男だ、軟弱者どもに合わせるつもりはない。

自分の道を突き進むことこそが、私の誇りであり、信念だったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

老害の軌跡~憎まれっ子世にはばかる~ 44年の童貞地獄 @komaetarou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ