バッドナイト

 学校に帰って、体育館倉庫のマットの上。

 コーラを飲みながら、ポテチを食べながら、野球カードの袋を開けていく。

 全部開けて、何枚か、キラカードも出たけれど、よくよく考えたら、僕は野球を見たことなかった。

 初めて、ジャンプも読んだけれど、全部、話が途中から。

 知らない話の知らない所から知らない人が喋ってても、全く面白くない。

 なんで、この人たちは、戦っているんだろう?

 ポテチは、三袋で飽きた。

 コーラも、飲みすぎたせい? なんだか、頭がクラクラする。

 つまらない。

 倉庫からバスケットボールのかごを出して、フリースローをした。

 ほとんど、入らない。

 入っても、だから?

 かごの中のボールを全部使ったら、自分で走り回って、回収して。

 無駄だなー。

 面倒くさくなって、二回目のボール拾いをしている途中で、やめた。

 かいた汗を流すため、僕は職員室に行った。

 給湯室。

 冬に、僕たちが、寒い寒いと言いながら、手を洗っているのに、先生たちは、ぬくぬくと、お湯を使っていたことを知った時、僕は怒りを覚えたのを思い出した。

 温度を調節する。

 シャンプーやボディソープはないので、液体石鹸で洗う。

 床に、水がたくさんこぼれたけど、そんなこと、僕は知らない。

 そばにあった雑巾みたいなタオルで、体を拭いた。

 制服は、汗で気持ち悪かったから、裸のまま、体育館倉庫に帰って、マットの上に、ぽふと体を沈める。

 寝っ転がったまま、コーラを飲んだ。

 すっかり、温くなってしまっていて、まずい。

 ちょっと、マットの上にこぼしてしまって、そこを手で、こすると、コーラは、染み込んでいって。

 後に残ったのは、嫌な、ベタつきだけだった。


 寝て、起きたら、十七時。

 夕焼け小焼けのサイレンが鳴っていた。

 カラスが鳴くから、かーえろ。

 給湯室で顔を洗って、臭い制服を着た。

 今度は、手ぶらで、また、コンビニに行った。

 あれ?

 コンビニには、お弁当がなかった。

 おにぎりもパンも、ほとんどない。どうしてだろう?

 ああ、僕が、『箱』って言ったから。

 お弁当箱が忘れられたからだ。

 段ボール箱が忘れられたからだ。

 容れ物がなければ、中身まで無くなるんだ。

 大変な、ことをしてしまった。

 僕が言ったから。

 もっと、よく考えれば良かった。

 お腹が空くから、かーえろ。

 僕は、自分の家に帰ることにした。


 扉の前、インターホンを押す。

 お母さんが出てきた。

 僕。僕の、名前を、呼んで欲しかった。

「あら、坊や、今朝の。ちょっと、あなたー、あなたー」

「おや、君、どうしたんだい。なんだい。だまっていちゃ、分からないだろう。うーん、駄目だな。こりゃ、警察を呼ぶか」

 僕は。本当は。お母さん。お父さん。と。言いたかった。駄目だ。これ以上。


 学校。

 教室の、明かりをつける。

 机の上。ノートと鉛筆と。

 僕は、考えて考えて、考えた。

 僕だけが、忘れ物をして。

 僕だけが立たされて。

 みんなからの、刺す刺す刺す、視線。

 僕は、怒られなきゃ、いけない。

 『みんな』がいる教室から、出ていかなきゃ。

 僕は、一人で、廊下に立ってなくちゃいけないんだ。




 真夜中の十二時。

 僕が、出した、結論。

 人が死ぬのは、死んだ時じゃない。

 みんなに、忘れられた時なんだ。

 じゃあ、僕は、今、死んでいるんだ。

 でもさ。

 死んだことを、忘れたら、どうなるんだろうね。

 興奮で震える声で、大きな声で、叫んだ。

「ぼ、僕。僕の言ったことを忘れる」

 緊張で、言葉が、詰まった。




 世界は、『僕』を、忘れた。

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グッドモーニングを忘れた日 あめはしつつじ @amehashi_224

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