第4話 初仕事

 ダンジョンのお披露目から一夜明けた。

 ダンジョンの話題でネットもリアルも持ちきりだった。俺たちの通う学校も朝から騒然としていて、何人もの級友から話題を振られて冷や冷やした。


 現場が同じ市内と言うことで休校にならないものかと少し期待したが普通に登校日だった。授業も当然行われたのだが、見るからに身が入っていない有様で、けれど注意する立場の教師たちも浮足立っているように見えた。

 ただそれを批判するのは酷だろう。拠って立つ常識が覆ろうとしているのだから。


 放課後。俺はダンジョン第100層のコアの前に立っていた。

 巨大なクリスタル。光の結晶だ。

 今からユズリハよりダンジョンコアの管理者権限を委譲されて、正式にダンマスに就任する。


 ダンジョンマスター。

 読んで字のごとくダンジョンのマスターである。

 元々はテーブルトーク・ロールプレイングゲームという遊びでゲームの進行を取り仕切る役を負った参加者を指す言葉だったらしいとさっき検索して知った。そっちはゲームマスターとも言うらしい。


 俺がそうと聞いて思い浮かべるのはファンタジー物のマンガやラノベに登場するダンジョンを経営して侵入者を迎え撃つ職業だな。


 ユズリハが求めるダンマスの仕事はその両方だろうか。

 ダンジョンを整備し、報酬を見返りに人を誘い込み、攻略を通じて彼らを鍛え上げる。ハック・アンド・スラッシュだな。


 防衛ラインと定めた100層より下の奥の奥。

 ダンジョンの深層を徘徊する本物の怪物の中には、今のユズリハをもってしても本気で対峙しないとまずい相手もそれなりにいるらしく、浅層のダンマス業務は俺に任せて、自分はそれらへの備えに専念したいというのが彼女の希望だった。


 魔王(種族名)の群れを片手間で叩き潰せる奴が警戒を必要とする相手とかどんだけだよ。


「コアに触って」


 ユズリハの指示に従い、ダンジョンのコアのクリスタルに手を当てる。


「ふぅー。よしっ! やってくれ」

「んじゃいくよー。はい終わった」


 気合を入れて叫んだが、拍子抜けするくらい何も起こらなかった。


「そりゃあ変更を加えたのはコアの方なんだし、レンに何か起きるわけないじゃん」


 それは、まあ、そうなんだが。

 痛いのも苦しいのも本格的なのは嫌だけど、それでも何かしらあって欲しかったというのは贅沢だろうか。


「それではレンのダンマス就任を祝してこのエメラルドタブレットを贈呈しましょう」

「例の近未来SFな世界で買ったっていうタブレットか」

「オズ社製のハイエンド機種『エメラルド』よ」


 ドヤられても、オズ社とやらがどういう立ち位置なのか知らないのでサッパリだが。


「見た目は普通のタブレットだな」


 ぶっちゃけ林檎のアレに似てる。


「これでコアにアクセスしてダンジョンの管理をするって話だったな。なあ。操作に必要だって言うならそれはただの備品の支給じゃね?」

「そうとも言う」


 タブレットのスリープモードを解除する。

 操作感もほぼそのまんまだ。収斂進化って奴だろうか。ダンジョン管理アプリのアイコンをタップして起動する。


「まずは現状の確認だな」


 現在のダンジョンの状態をざっと確認する。

 お客さんに解放されているのは3層目までで、ここまでは通路も一本道で危険な怪物は配置されていない。3層目の終端にはさらに奥に通じているのが明らかな扉が設けられているが、今は厳重に閉ざされており、先に行く道を遮っている。

 そこまでは昨日の配信で、全世界に公開されている。


「外の人たちは、この先にはどんな世界が広がってるんだろうと期待してるんだろうがなあ」


 苦笑する。


「やっぱ。何度考えても突貫工事と見切り発車が過ぎんだろ」


 実際には4層目以降は未着手で、何物でもない混沌の闇が広がっているのだ。これはこれで壮観な光景だが、期待に応えられるものではないだろう。


 実のところ俺たちが今いる100層目というのも、地上から数えて階段を百回降りた場所に物理的に存在している訳ではない。

 平均的な規模の階層を100層分作れる力を秘めたコアが設置されているので、便宜的に第100層と呼んでいるにすぎない。

 なので極端を言えば、100層分のリソースを全て注ぎ込んだ全1階層のオープンワールドめいたダンジョンというのもありえるようだ。


 だが、ここであまり奇をてらっても仕方がない。


「下手に時間を置いて飽きられても困る。さっさと4層目以降も作って公開しちまうか」


 幸い変更は後からでもきくのだ。


「最初はスライムとゴブリン(素手)でいいよな」


 さらに一度に出現するのは一匹ずつだ。

 第4層は戦闘用のチュートリアルマップと割り切って、小さな部屋を幾つかとそれらを繋ぐ通路からなる一本道の階層とする。完全な真っ向勝負、背後や暗がりからの奇襲などもなしだ。


 アプリを操作して、そのように部屋を組み立てる。

 正直、ほぼアプリゲー感覚である。

 次いで第5層以降もでっちあげる。分岐を生やして迷路化したり、モンスターが集団で出現するようにしたり、罠を設置したりと段階的に難易度を上げて行く。

 ある程度形になったところで切り上げて、確定して出力する。

 光あれ。光明その物であるクリスタルが混沌の闇に秩序を与える。

 ダンジョンが成った。


 ダンマス権限の瞬間移動機能で4層目の入り口にワープする。


「本当にダンジョンなんだな」


 今しがた出来たばかりとは思えない重厚感あふれる地下迷宮に感嘆した。

 いまさらながら実感する。思わず笑ってしまった。

 剣と魔法の世界の住人だった前世の雑貨屋従業員よりも、現代日本の高校生な今の俺の方がファンタジーな体験をしているのだから分からねーもんだ。


 おかしなところがないか、奥へと歩き進みながら目視確認する。


「ゴブリンだな」


 最初の小部屋に一匹のゴブリンが待ち構えていた。

 部屋に踏み込めば戦闘になる。


「行けそう?」

「任せろ。ゴブリンくらいなら駆除に参加したこともある。それに俺みたいな未強化の一般人でも倒せるか試す必要があるだろ」


 野球用の金属バットを取り出して、素振りして感触を確かめる。


「テストプレイと行きますか」


 部屋に侵入した俺に向かってゴブリンが襲いかかってくる。

 思ったより速い。子供の駆け足くらいはある。あとキモい。


「とは言え。愚直に向かってくるだけだから怖くはないな。一匹だけだし」


 バットを持ち上げて、斜めに振り下ろす。


「あ。死んだ」


 床に倒れたゴブリンが消滅していく。

 よえー。チュートリアル用とはいえ弱くしすぎただろうか。強化すべきか少し迷ったが、このままで行くことに決めた。


「しかし。死ぬと消えるとかマジでゲームみたいだな」


 アッチの世界にもゴブリンはいたが普通に死体は残った。


「魔力で編んだ幻影だもん」

「そういや。そうだったな」


 100層を防衛ラインと定めたユズリハが侵入を阻んでいるので、このダンジョンには今のところ本物の魔物は存在していない。


 その後、スライム、ゴブリン、スライムと何回か戦闘を繰り返した所で。


 レベルが上がった。

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現代ダンジョン管理人  普通の高校生だったオレが前世を思い出したら勇者からダンジョンマスターを押し付けられました 古井京魚堂 @kingiodou

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