第3話 勇者とダンジョンの主

 ユズリハの異世界救ってきた発言。それは真実だった。


 日本時間で前日の夜。俺が「ステータス!」なんて羞恥プレイを強いられた日の前の日ってことだ。ユズリハは魔王を倒し世界を救う者として異世界に召喚された。

 救世の旅は五年に及び、いつしか彼女は勇者と呼ばれるようになっていた。

 勇者ダフネ・ポドゥムと魔王との死闘は伝説として後世にも語られることになる。


「待って。勇者ダフネ・ポドゥム?」


 話の途中だが制止した。

 ダフネ・ポドゥムなら知ってる。前世の雑貨屋の記憶が覚えてる。アッチの世界の三百年前に実在したとされる英雄の名前じゃないか。


「なんでお前が知って……マジでそういうことなの?」


 勇者ダフネは神が遣わした使徒であり、魔王を討った後は天界に帰ったとされている。

 近年では、活動期間中の鮮烈な存在感とある時期を境に突如痕跡が途絶えた事実から、時の権力者が用済みになった功臣を密かに粛清したのを綺麗に言い換えたのではないかという捻くれた見方が有力視されつつあったのだけど、まさか元の世界に帰ったのが真相だったとは。


 前世を思い出したのも大概だけど、幼馴染が召喚勇者ってどういう星の巡りだよ。


「アタシの方こそビックリだよ。いきなりレンがあの世界のこと喋り出したから」


 それは確かに。


「てかダフネ・ポドゥムって誰だよ。ユズリハ・カノコと一文字も被ってないんだけど」

「誘拐犯に本名名乗るとかバカじゃん」


 あっけらかんとユズリハ。

 いわくユズリハの学名はDaphniphyllumダフニフィルム macropodumマクロポドゥムって言うんだぜとのこと。


「アタシを呼んだ魔法使いども『元の世界に還す方法はない』とか言ってくれちゃってさ。ぶん殴るぞコラって暴れたら『魔王を倒しうる存在って条件で編んだ魔法だから、使命を果たしたら魔法が解けるかも』って。慌ててひねり出して来たのが見え見えで、かもって何だよあやふやだなって思ったけど、それしかないなら、しゃあない、ヤルか! って」

「それで魔王を倒したのかよ。大冒険だなあ」


 こいつならそれくらいやりかねない信頼が俺ん中にはある。

 五年の経過が外見に現れてないのは謎だけど。召喚された時間に召喚された状態で戻ったとかそういう話なんだろうか。


「それがさ。結論から言うと全然ダメ。魔法が消える気配なんて微塵もないわけよ」


 じゃあどうやって帰ってきたんだと聞けばトンデモないことを言いだす。


「天界に通じてるってダンジョンがあってさ」

「うん」

「その1万層にも及ぶ大迷宮を何百年もかけて踏破して、ついに日本に帰って来た。それが昨日の話ね」


 途方もない話に理解が追い付かない。


「1万層。何百年。聞き間違いか?」

「誠にお気の毒ですが貴方の耳は正常です」

「なんで……若いままなんだ」


 なんで生きてるんだと言わなかった俺を褒めて欲しい。


「じゃじゃーん! 若返りの薬~!」


 あまりにも軽いノリで人類の夢を出してきやがったな。

 余裕で殺し合いの奪い合いが発生する代物じゃないか。背中に嫌な汗がにじみ出るのを感じる。


「そんな激ヤバアイテムを気軽に披露するな。墓まで持っていく人間の身にもなれ」

「ダンジョンの中にいくらでも落ちてるわよ。あと公開してばらまくつもりだし」


 客寄せの目玉商品は必要でしょとこれまた気楽に言ってくれる。


「客寄せっておま……ダンジョンに人を呼ぶつもりなのか」

「うん。必要だから」


 空気が変わった。こいつは本気だ。ふざけたり冗談で言っているわけではない。長い付き合いなのでそれが分かった。


「なんでだ」

「日本人を。違うか世界中の人間をダンジョンに慣れさせたいから」

「異世界ものの次は現代ダンジョンか。すまん。茶化すつもりはなかった」


 ユズリハは特に怒っている様子はなかったが、我ながら筋が悪い発言だったなと反省している。


「たぶん。あっちの世界の魔王って、なにかの拍子で地上に出ちゃった深層の雑魚モンスターだったんだと思う」


 雑魚。


「聞くがダンジョン最深部ってどんなところなんだ?」

「魔王の色違いみたいな連中がスライムやゴブリンみたいな顔で徘徊してる」

「ヤバいな」


 ラスボスより強い雑魚がうろつくクリア後の隠しダンジョンなんてのはゲームの定番っちゃ定番だが、そんなもんが現実であってくれるな。


「あっはっは。魔王とか序盤の中ボスもいいところだったわ」


 ラスボスですらねーのかよ。

 ちなみに俺の前世の世界で信仰されていた神々が住む天界とやらは百層くらいの場所にあったらしい。


「つまり」


 深呼吸をする。聞くのが怖い。


「つまりだ。お前が言いたいのはこう言うことか。実は一般通過雑魚モンスでしかなかった魔王ないしそれ以上のモンスターたちが地球にも出現し得ると」

「ううん。もうした。いまもしてる」


 そう言うとユズリハはタブレットPCみたいなガジェットを取り出し、どこかの戦場の光景を見せてくれる。後で聞いたが地球より技術の発達した近未来SFみたいな世界で仕入れた端末らしい。

 次元の裂け目みたいな所から、見るからにレベルの高い、我らつよつよモンスターと言わんばかりの怪物たちが這い出して来る。御伽噺の魔王の姿と特徴が合致する。そして出てくるそばから宙を舞う無数の武器に叩き潰されて行く。

 戦場というか処刑場だな。


「念動力って奴だね」


 ふふんと自慢げなドヤ顔を披露する。見覚えのある顔だ。たしか中2の文化祭の出し物で披露した手品がちょいウケした時に見た奴だ。

 いや、これはどう見ても、そんなレベルじゃないだろ。喉まで出かかった言葉を飲み込む。逆か。今のユズリハからすると魔王の群れを片手間に処理できる念動力も素人芸の手品も大差ないのか。

 どうしよう。俺の幼馴染が一夜で怪物以上の怪物になっちゃってるんだけど。


「見つけ次第に駆除してるけど正直めんどい」

「害虫かよ」


 さっきからちょいちょい温度差ひどいな。

 それにしてもこいつは。


「お前が飽きた瞬間に地球終わるな」


 そして事態は想像以上に深刻だった。


「逆になんで今まで地球は無事だったんだってレベルだ」


 俺がそう言うと、ユズリハは臭い物を前にしたように顔をしかめると毒々しい調子で吐き捨てた。


「アホの魔法使いたちが別世界間に跨る魔法なんて使ったから、ダンジョンの存在する世界体系に地球が組み込まれちゃったのよ」


 こりゃあ相当にご立腹だな。

 そして地味に責任を感じてもいる。お前はただの被害者だろって言っても効果は薄そうだな。

 ともあれ人をダンジョンに呼び込もうとするユズリハの意図は判った気がする。


「ダンジョンとモンスターの実在を周知して、地球人が自力で対抗できる力を身に着けるのを助ける。そんなところか」

「まさにそんなかんじ」


 我が意を得たりと頷くダンジョンの主。荒療治にもほどがあるが妙手ではあるのか。わからん。話の規模が大きすぎて善悪理非の判断がつかねえ。


「だからさ。レン、ダンマスやってくれる?」

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