第2話 ダンジョンの発見と配信者

 結局、特に前世由来のチート能力らしき物が発現する事はなく時間は流れてGWは終わった。


 その代わりに、世界の方に変化が起きた。


 俺の記憶が蘇ったのと同日。市内郊外の空き地に光の柱が立った。

 正体不明原因不明の光柱は七日七晩そこに存在して、八日目のお昼過ぎ、テレビ局や動画配信者のカメラ、スマホが向けられる中、唐突に消えた。

 光が消え去った後、柱のあった部分には大穴が空いていて、直後、そこから信じられない物が飛び出して来た。


 翼の生えた馬。神話かファンタジーにしか存在しないはずのペガサスである。そして天翔ける悍馬を乗りこなす光り輝く全身鎧の勇士。

 後に来訪者1号パーシアスと通称されることになる存在は、群衆が注視する中、空の彼方へと飛び去ってしまった。その後、その姿を見た者はおらず、その行方は杳として知れなかった。


 一連の様子を撮影したニュース映像が茶の間をひと時騒がせたが、すぐに次なる大ニュースに取って代わられた。


 ダンジョンの発見である。


 警察の制止を振り切って大穴に侵入した男性配信者が中継する異界としか言い様がない不可思議空間の様子に視聴者はかじりついた。配信動画は次々に拡散され、無名だった男は一躍著名ライバーの仲間入りを果たした。


 空中を回遊する魚。

 壁を歩ける重力が転倒した空間。

 青空の下に咲き誇る幻想的な花畑。

 そして言葉を話す火の精。


 民話に語られる鬼火や人魂、ウィル・オー・ウィスプを思わせる浮遊する火の玉が気づいたら画面の端に映り込んでいた。

 視聴者のコメントで存在を知らされた男は蛮勇を発揮して鬼火に近づいた。


 ソレナンダ。イイニオイ。ホシイ。


 甲高い声で喋りながら配信者の周りをグルグル飛び回る火の玉。

 所有のライターに興味を示している事に気づいた配信者は、ライターを地面に置いて後ろに下がった。

 配信者と視聴者とが見守る中、火の精はヒョイパクと擬音が聞こえそうな動きでライターを呑み込んだ。

 爆発。

 超常の火は目を白黒させると――目なんてないのにそう見えた――ケタケタと笑った。聞く者を明るい気持ちにさせる実に楽しそうな笑い声だった。

 どこかほのぼの愛らしい光景に視聴者たちは好意的なコメントを打ち込みだす。


 直後、火の精は一瞬で自分の体を大きく巨大に燃え上がらせると、笑ったままで男を丸ごと呑み込んだ。


 一転、画面越しに惨事を目撃した者たちが悲鳴のようなコメントを続々と書き込む。

 しかし。不思議なことに、一方の悲鳴を上げる暇もなく火精に取り込まれた男だったが火傷一つ追わなかった。


 力が湧いてくる。


 大火の中から無傷で出てきた配信者は簡潔に呟くと、満面の笑みでその場で垂直に飛び上がった。目測二メートルを越す大ジャンプ。賛辞。驚愕。疑念。罵倒。明らかに人類の限界を超えた身体能力にコメント欄が爆発する。


 大岩を片手で持ち上げ、チーターもかくやの速さで走り、ついには念じるだけで火の雨を降らせた。


 配信者あらため超能力者は意気揚々と探索を再開し、彼に懐いた――もしくはライターオイルを気に入った――火の精は、その後ろをついて回った。


 地球人で最初の精霊と契約を結んだ事例である。

 本当だったならば。

 フェイク動画と言う意味ではない。映像はすべて本物だ。


「マッチポンプというかヤラセなんだけどな」


 俺の右横で並んで動画を見ているイカサマ師の横顔をジト目で見る。


「嘘はついてないじゃん。火の精霊には油。好感度マシマシの定番アイテム」


 火の精霊との契約には精製したオイルを捧げる。確かに定番も定番のセオリーである。アッチの世界では。


「あの配信者がお前の手下で、光の柱と大穴もお前の仕込みだって言ってんの」


 そして黄金鎧の中身はユズリハである。地所はコイツの爺さんの所有地だ。隠す気あんのか?


「宣伝なしでお客を呼べるわけないでしょ」

「ステマは違法だぞ」


 魂の底の商売人がアコギな商売は短期的には儲かるけど信頼を損ねたら後は地獄だぞと大声で叫んでいる。


 今いる場所はダンジョンの百層目。ダンジョンマスターだけが入れる舞台裏あるいはマスタースクリーンの内側だ。


 宙に浮いた馬鹿デカいクリスタルを前に途方にくれる。


「現代ダンジョン管理人――普通の高校生だったオレが前世を思い出したら勇者からダンジョンマスターを押し付けられました――」


 今の状況を長文タイトル風にしたらこんなところか。


 奇妙な成り行きに思いを馳せながら、勇者いわくダンジョンの心臓兼管理ツールであるクリスタルに手の平を当てる。

 軽トラを縦にしたくらいの透明な石柱だ。対して空間のサイズは八畳ほどの広さしかないので圧迫感が凄い。


「驚いた。見た目より柔らかいんだな」


 そして人肌よりちょっと温かい。宝石のような見た目に反して、その手触りは草や葉っぱに近かった。そもそも石ではないのかもしれない。


「光が結晶化したもんだからねえ。既存の物質ではないね」


 オーナー様のお言葉。なんだそりゃ。


「コレを使ってダンジョンの環境を整えて、地球人をダンジョンに慣れさせろとな」


 前途に待ち受けるのが明白な多難の数々に憂鬱になる。

 振り返って、後ろに控える元凶に何度目か忘れた質問をぶつける。


「おい勇者さまよ。本当に俺がやらなきゃダメか?」


 勇者ユズリハのたまわく。


「バイト代払うって言ってんじゃん」

「そういうことじゃないんだよなあ」


 本当、どうしてこうなったのかね。

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