現代ダンジョン管理人 普通の高校生だったオレが前世を思い出したら勇者からダンジョンマスターを押し付けられました
古井京魚堂
第1話 前世と幼馴染
「剣と魔法の世界の記憶を現代日本でどう活かせと」
高校生活二回目のゴールデンウィークを翌日に控えた昼休み。
休んでる人間がチラホラ見える教室で、ホットドッグにかじりついたら前世の記憶が蘇った。もそもそ咀嚼してミルクティーで流し込む。
「そこはマドレーヌだろ」
「子供時代でも思い出したか」
自分で自分に突っ込んでいると、不法に占拠した隣の机から一人の女がからかってくる。席の主が休みだからって机に座るのはやめてやれ。あと色んな意味で危ないからあぐらで座んな。
それにしても。
「やるな。ユズリハ」
正しくは前世だが、昔の記憶が蘇ったのは確かである。なにより、よくマドレーヌの一言からプルーストだって分かったな。ジャン・ヴァルジャンって可能性もあったろうに。
「常識でしょ。読んだことないけど」
「実は俺も読んでない」
中学の時に恰好つけて第一巻を買ったものの途中で挫折した。苦い記憶だ。月の小遣いの四分の一!
こいつは
「で?」
「で? とは」
「うざ。それでアナタはなにを思い出したのですか? を略して『で?』」
「略しすぎだろ。あとその頭の『うざ。』要るか。まあ、なんだ、思い出したわけよ。前世の記憶って奴を」
やめろ。アホを見る目を向けるんじゃない。自分でもバカみたいなこと言ってる自覚はあるんだ。
「思い出したもんは思い出したんだから仕方ないだろ」
「そっかー。思い出したんなら仕方ないね」
信じてねーな。簡単に信じられても怖いが、それはそれとしてムカつくな。
「ところでさ。今日の放課後時間ある?」
「聞けよ! あと放課後は空いてる」
「OK。んじゃ帰りアタシん家寄ってってよ。そして続ける気なんだ。よござんしょ。お姉さんが聞いたげましょう」
「そいつはどうも」
半眼で睨みつけるがどこ吹く風で笑っている。おかしい。最初に聞いてきたのはユズリハのはずなんだが、なんで恩に着せられてるんだ。
首を傾げていると予鈴が鳴った。
残り五分で話しきれる物でもないし、冷静になると周りの視線が気になる。
「続きは放課後、お前ん家で話すよ」
午後の授業を上の空でやり過ごし、遊びの誘いも断って、二人並んで帰宅の途につく。電車に揺られて駄弁っていると、ふいにユズリハが笑い出した。
「なんかこういうのも懐かしいよね」
「あー。言われてみるとそうかもな」
思えば確かにユズリハと一緒に帰るのも久しぶりだな。
家が隣同士なのもあって特に疎遠になった感じもなかったのだが、やはりお互いに同性の友達とつるむ事が多いので、登校と違い下校まで共にするということは滅多になかった。
さっきも言った気がするが俺とユズリハは幼馴染だ。それも割と筋金入りの。マンション1階の保育園で出会い、幼稚園だけは別だったが、その後は小中高と一緒に来た。
卒業したらこの関係ももっと稀薄になるのかね。それは寂しいな。
だからつい感傷的な気分が言わせたのだろう。
「お前が良ければなんだが。週一くらいでさ、一緒に帰らね?」
俺の提案が意外だったのか、ユズリハは目をパチクリとしばたたかせた。
それから程なくプっと吹き出すと、腹を抱えて笑い出した。
おい周囲の迷惑を考えろ。あと俺の硝子の心臓もおもんばかれ。
「それも良いかもね」
文句を言おうとした矢先、彼女はそう言っていつになく柔らかい表情で微笑んだ。
駅から300メートルのマンション4階の角部屋。そこに譲葉家は入居している。その隣が我が家だ。
「おかえりーってレンじゃん。ウチ来るのは久しぶりだな。なんだよオマエもっと遊びに来いよなー」
入るなりユズリハの姉ちゃんと遭遇した。頭をわしゃわしゃされる。この人、俺のこと幾つだと思ってるんだ。
「姉さん。大学は」
「昨日言わんかった? 今日は夕方から。五時くらいには出るつもりだけど。あっそうだ」
何か思いついた感じで足早に引っ込んだかと思うとすぐに出てきた。
「ゴムいる?」
「女から男でもセクハラって成立するからな」
「そういえば。こういう人だったわ」
ガチの親切心から言ってるくさいのに戦慄した。
頭を押さえながら妹が呆れた様子でシッシと追い払い、「なんだよー」姉は不承不承に退散する。
「なんかどっと疲れた」
「マジごめん」
ユズリハの部屋の床に寝っ転がる。
こりゃあ俺の部屋に招いた方が良かったかもな。それはそれで母さんにからかわれるのが目に見えてるが。
「ほれっ」
「コーラ投げんな」
慌ててキャッチする。あぶねっ。取り損ねてたら顔面直撃コースじゃねーか。
「吹きこぼれても怒るなよ。投げたのはお前だからな」
ユズリハが冷蔵庫から持ってきた缶のコーラを有り難く頂戴し、一息入れたところで本題を切り出す。
「まず前提として剣と魔法のファンタジー世界な」
「定番だね。矢印の方向は逆だけど異世界転生だ」
言われてみるとそうなるのか。
でだ。
「ショップの店員」
それが俺の前世だ。
はじまりの村的な片田舎の雑貨屋の従業員として生きていた。何の前振りもなくストンと自分の前世はこうだったと腑に落ちた。
「勇者とか魔王ならともかくショップの店員って」
半笑いで手ぇ叩いてウケてやがる。
「お前。俺がウケ狙いでボケてると思ってるだろ」
「思ってないよー」
ホントかよ。
しょうがないだろ。俺だってもっとカッコいいのが良かった。いまいち恰好がつかない前世にはしょんぼりだ。なにより。その記憶も20歳の春で途切れているので人生経験でのアドも期待できない。
「あはは。ごめんて。あ! じゃあさ。あれやってみなよ。ステータスってやつ。もしかしたら出てくるかもよ」
「出るわけないだろ」
バカにしやがって。でもこれが逆だったら俺も似たようなこと言ってただろうから怒るに怒れん。
「わかんないじゃん。異世界転生は異世界転生。それに元の世界では平凡な人間が転生してチートを授かるのは王道も王道。きっと何かあるに違いないって」
それは盲点だったな。だが。
「人の人生を平凡とか言うなよ。泣いちゃうぞ」
こちとら今生でも平凡な人生歩んできたんだぞ。
「こんな美人の幼馴染の隣に住んでて平凡を気取るとか厚かましい」
ああ言えばこう言って口が減らない。
でも、それは自分でもちょっと思った。
ユズリハは実際華のある美少女だし、面倒くさいけど姉ちゃんも姉ちゃんで顔は良いからな。その幼馴染ってことで野郎どもから羨ましがられる。BSSされる立ち位置っぽいがな。
「物は試しか」
照れは捨てろ。意を決して叫んだ。
「ステータス!」
参ったな生活音が妙に大きく聞こえるぞ。
ユズリハに唆されて叫んでみたが、案の定何も起こらなかった。
ステータス、ステータス、鑑定、鑑定、アイテムボックス。繰り返し叫ぶがやっぱり何も起こらない。
騒ぎ疲れてへたり込む。
はあ。上がったテンション急降下。落差に溜息の一つも出る。
「おつかれー」
「だめだったわー」
当たり前か。
そもそもレベルとかスキルとかステータスなんてシステムなかったしね、あの世界。これでもしステータスウインドウが出てきたら、それは地球にそういうシステムがあることになる。
「帰って不貞寝するわ。聞いてくれてサンキューな」
立ち上がる。吐き出すだけ吐き出せて随分と気が楽になった。昼からずっと混乱しっぱなしだったからな。そのうち折り合いが着く日も来るだろう。
「帰るな。アタシの用事がまだ済んでない」
「そういやお前の方から誘ってきたんだったか」
「忘れんなし」
ここで帰るのは不義理が過ぎるか。
「言ってみな。つき合ってくれたお返しだ。よっぽどじゃなければ力になるぞ」
俺の言葉にユズリハは真面目な顔を作ると、しゃちほこばった態度でのたまった。
「不肖わたしく譲葉叶胡。昨日異世界を救ってまいりました」
「なに言ってんだお前」
いや、ほんと、なに?
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