伊織_イオリ
伊織との帰り道。
日は西へ傾いて、街並みが刻々と色を濃くしていく。
「今日はお客さんも多くて疲れたねー。いつもはもう少しゆったりしてるんだけど、伊織がいたおかげかな?初日から繁盛していたね。次も気合いを入れて頑張らないと!」
そう、ぐっと拳に力を込め気合いを入れる。
「お前はいつも真っ直ぐでかっこいいな。恩返しがしたくて、私が杠葉の力になりたいと思ってもこれでは、難しくなる。だから、あまり頑張らないでくれ。」
そういって、伊織は私の振りかざした拳に手を添え、優しく下す。
こんなことはなんのことでもきっとない。
きっと何でもないのだけれども、多分夕焼けのせいであるのだろう。
「____杠葉ちゃーん!」
近くのお店から近所のよくしてくれるおばさんの声。
「伊織、ちょっとだけ待ってて!」
伊織を少し待たせて私はおばさんの元へ駆け寄った。
「おばさん、この前はお米をありがとうございます!カイがとっても喜んで食べてました。」
「あぁ、そりゃ良かったよ。今日は畑で採れたお野菜があるからちょっとだけどもって帰りな。」
「いつもすみません。ありがとうございます!」
おばさんは昔からの知り合いだ。
お母さんが看護師をしていた頃、お母さんにとてもお世話になってらしく、今も今までも私に良くしてくださっている。
おばさんの世間話は少しだけ長い。
「おや、もう夕暮れになっちゃうね!お連れ様がいるのに私ったら楽しくて口が止まらなくて悪かったねえ〜。……今度紹介しんさいよ♪」
おばさんは少し楽しそうにしながら、そう言った。
「おばさんが、期待しているような事はないですけど、今度また連れて来ますね。」
そう言って、ぺこりとお辞儀をし、急いで伊織はの元に戻った。
「伊織、ごめん、すごく待たせちゃっ…………た?」
伊織の腕には沢山の食材たち。
「……待っていたら、話しかけられて…、いらないと断ったのだがいいからと貰ってしまった…。」
「あはは……、今度被り物を一緒に買いに行こうか…。」
「そうしてもらえると、助かる。」
恐るべし伊織。
私達はそのまま真っ直ぐ帰路を進む。
____ガチャッ。
「___杠葉ーーー、お腹すいたーーー。」
「あ、おかえり!」
ドアを開けた瞬間目の前にカイが飛び込んできた。
そして奥から声が聞こえ、玄関には見覚えのある靴が2足。
「カイ、遅くなってごめんねー。来てるのって悠と誠?」
「そうそう、ちょっと前にきて、今誠が調理してる。おーにーぎーりー。」
「あー、わかったよー。すぐ作ります!伊織、先に食材たちをしまっちゃおう。」
悠と誠がいる場所へと足を進める。
「おかえり、2人とも。」
「おー、遅かったなー。」
悠は腰掛けていた体を起こし、わたしの持っている荷物をひょいと持ち上げた。
「あ、ありがとう。」
「伊織、お前の持ってるのもこっちに入れる。持ってこい。」
「分かった。」
悠が伊織に話しかけてると、私は少し新鮮に思い2人の背中を見る。そんな私はせっせと誠の手伝いに入った。
悠が重たい口を開いた。
「……この前は、ちょっと言いすぎた。ごめん。」
伊織は悠のきゅうな謝罪に少し驚き手がとまり、じっと彼を見つめた。
「な、なんだよ!俺が謝るのがそんなにおかしいかよ!別にお前は悪くないのにこっちの都合で、勝手に決めつけたような言いようして悪かったって思ってんだよ。」
謝る事が照れくさいのか、悠の頬は少し赤く染まっていた。そんな彼の様子を見て伊織は微笑まずにはいられなかった。
「はは、案外可愛らしいところもあるんだな。」
一気に悠の顔が色を増す。
「んだ!てめぇ!!可愛いとか、バカにしてんのか!?」
「いや、男に言う言葉にじゃないよな、すまない。てっきりこれから厄介者扱いされると思ってたばかりに、お前からの唐突な言葉に少し微笑ましくなってしまっただけだ。決して侮辱したい訳ではない。」
「これだから顔のいい奴は!」
そう反抗しながら、食材を入れておく扉をバタンと締め、言葉を続ける。
「言っておくが、杠葉に手は出すなよ、これは変わってねーからな!」
「心配しなくても、恋仲ではない。」
当たり前だ!と啖呵を切り中へ悠は戻った。
伊織は悠という人間のことを少し知ることが出来た気がした。
その晩は、誠が作ってくれたカレーライスとコロッケを皆で食べた。
いつもは最低限の、質素な献立であるが今日は誠が持って来てくれた食材によって見違える程豪勢だ。
それも、誠の実家はこの街でも少し有名な財閥企業であるからだ。洋のものは少し高価だが、誠のお家柄からすると手に入るのだろう。
誠には少し上の兄がいる為、次男である誠は比較的自由に暮らしている。加賀美亭に勤めているのも了承するほどに。
「んーーー美味しいー!!」
「うんうん、これは美味いな!」
「こらこら、2人ともおかわりもあるからゆっくり食べなさい。」
その光景は正に2人の子を持つ母である。
一方、伊織は目の前にある金属食器と、みなが使っている金属食器を眺めていた。
「ん?伊織、カレーライスはあまりすきじゃない?」
心配になって尋ねてみる。
「……使ったことがなくて。初めて見た。」
あまり目にすることのない高価な金属食器だ。
自分達は誠のお家柄でたまに目にすることがあるからこそ分かってたのだと、少しだけ伊織に申し訳なく思う。
すかさず、誠がフォローを入れる。
「伊織、こうもてるかい?……そう。その凹んでいる部分ですくって頂くんだ。」
伊織は見よう見まねで、カレーライスを口に運んだ。
__パク。
「……美味しい。」
私と悠と誠は目を見合わせ食卓が明るくなった。
カイもパクパクとおにぎりを食べている。
余程お腹が空いていたのか今日は4つも要望してきたのだが、勢いを落とさず食べていた。
「……人と食べる食事は楽しいのだな。」
伊織の一言にみんなが耳を傾けた。
「お前、家族いないのか?」
カイの全くもってデリカシーのない直球な質問に息を飲んだ。
「……私には兄がいて、良くしてくれた人もいた。唯一友と呼べるのようなやつもいた。」
初めて聞かされる伊織の話。
私達は静かに伊織の話を聞いた。
「この前の帰路で杠葉に"話す気分にはなれそうにない。"と伝えたが、あれは話す気分とかではなく、話す事が出来ないんだ。」
「話す事ができないって、どういうこと?」
伊織はあまり気乗りしないであろう言葉を少しずつ口にしてくれた。
「……私は幼少期の記憶があまりない。…正確に言えば、飛び飛びで少しだけ覚えている程度だ。私は子供の頃は身体が弱くあまり外には出させてもらえなかった。山の中に
______数年前。
外は天気がよく布団から見える外はとてもキラキラして見てた。ああ、もう朝はすぎているのだとなんとなく察する。
「あ、真人。伊織が起きた。」
そう真人に伝えるのは私の兄さん、
小さな机に向かい書き物をしている真人が私の元へ寄ってくる。外にいた奏も中に入ってくる。
「おはよう、伊織。昨日は特に辛そうだったから、無理に起こすのもと思って寝かせておいたんだ。身体の調子はどうだい?」
「…大丈夫。」
そう答えると真人は私の頭を優しく、優しく、撫でた。
真人は週に何度か外に出かける。
帰ってくる時には4人で暮らせるくらいの食材をもって。
何度か何処に出かけてるのか尋ねてみたことがあるが、決まって返事は"大きくなったらね"と返した。
真人はたまに不思議だ。
大人だからかだろうか。
私達にとっては親代わりみたいなものだった。
私と兄さんは神社に捨てられており、真人が世話をしてくれた。
奏はある日突然現れて、一緒に暮らし始めた。
幼心に、友達が増えて嬉しいと私は喜んだ。
今日も真人は外に出かける。
「私はいってくるね。奏、みんなを宜しく頼んだよ。」
兄さんの方が年上だが、決まって真人は奏に事をいつも頼んでいた。
真人が家を開けるといつも、私とが寂しくないようにか兄さんが側に来てくれていた。
そのれにつられ、奏も来て3人でよく話をしていた。
「兄さんのあれ、みたいな。」
そう私がいうと、兄さんの手から暖かな光が溢れる。
私はその綺麗な光がとても好きだった。
「美しい光ですね。」
と、奏も兄さんの放つ光から目を離せずにいた。
真人がいると"むやみやたらに力を使ってはいけませんよ"と言われてしまうので真人が出かけた時を狙って時々兄さんに頼んでいた。
「私も、魔力を使いたいな……。」
そんな言葉を溢すと、兄さんは光をしまい私の手を握った。
「今は使ってはだめだ、身体に障る。」
兄さんはもう片方の手で私の頬を撫でる。
「惺は伊織のことが本当に大切なんですね。兄弟ってなんかいいですね。」
「奏も大切だよ。」
私はすかさず、奏にそう言い放った。
奏は嬉しそうに笑った。
___カチャン。
悠が持っていた金属食器を机に置いた。
「…………そんな変わらぬ毎日を私達は過ごしていた。だが、ある日俺が目を覚ますと兄さんが姿を消していた。私はどうやら長いこと眠っていたらしく、その後も2人に兄さんの事を尋ねても分からないと一点張りだった。一つ変わったところと言えば、自身の病弱な身体があたかも初めからなかった様になくなっていたことだ。兄さんがいなくなった寂しさで私は塞ぎがちになった。」
私は割と大きな伊織の話に勇気を出して踏み込んでみる。
「伊織が長いこと眠っていた間に何かあったかもしれないってこと?」
「……わからない。だが、そうなのかもしれない。飛び飛びで覚えているのは雨中兄さんに手を引かれ歩いた道…。くっ。」
伊織は頭を軽くおさえ、痛みを和らげる。
「無理に思い出さなくても大丈夫!……教えてくれてありがとう。」
私は椅子から立ち上がり伊織に感謝を伝え、また椅子に腰掛けた。
「なんとなく理解はした。んで?伊織の魔力ってなんなんだ?」
「自分に魔力が流れているのはわかるのだが、何かわからないんだ。だから使うにも使えない。」
「んだそれ!俺は魔力はもってねーから分からねーけど、そんなやつ初めて聞いたぜ?」
確かに。魔力もちは幼き頃から自然使えるものである。
幼い頃あまり使ってなかったから発動方法が分からないままであるのか?
「伊織、僕たちと君はもう知らぬ仲じゃないんだ。手伝える事があるなら気軽に頼んでくれ。悠も口は悪いが根はいい奴なんだ。きっと力になってくれる。」
「一言余計なんだよ!!お前は!」
その後はまだ残っているご飯をみんなで食べた。
私と悠と誠の昔話や、最近会った面白かった出来事、カイの多分嘘であろう冒険弾など、たわいもない話をして楽しくみんなで笑いあった。
「よし、片付けも終わったし、僕たちはそろそろお暇するよ。遅くまでごめんね、おやすみ。」
「また顔観にくるぞー。」
悠と誠が帰り支度をすると伊織が2人を呼び止めた。
「悠、誠、今日は色々とありがとう。よい時間だった。」
悠と誠は笑って手を振って帰って行った。
「杠葉もありがとう。ちゃんと話せてよかった。」
「こちらこそ。伊織のことが知れて嬉しいよ。…………伊織はお兄さんを探してるってことかな?」
「ああ、真人と奏には何も告げず家を出た。それから、何日も何日も歩いてあの日君と出会った。」
あの日の夜、立浪草の中にいた伊織の姿を私はとても鮮明に覚えている。
「……私もお兄さん探し手伝うよ。……家族は大切だもん。心配だよね。それに、これもきっと神様のご縁かもしれないしね♪」
そう私は伊織に笑って見せた。
「…そうだ、杠葉。これなんだが……。」
伊織は懐から折り畳まれたハンカチを差し出し広げてみせた。そこには綺麗な装飾を施された簪(かんざし)があった。
「伊織、これっ。」
「夕方、お前が知人のところに言って待っていた時、隣のお店が目についてやっぱり何か杠葉にお礼がしたくて。きっと似合うと思って買ってみたのだが……。」
簪を贈る意味を伊織はきっと知らないのだろう。
今の日本では、簪を男性から女性へ贈ることはプロポーズの意味もあり、これには「あなたを守ります」といった意味も含まれている。一生を共にしたい女性への贈り物として簪が選ばれることがあるくらいだ。
私は何も言わず、伊織の心遣いを素直に受け取った。
「凄く素敵。伊織、ありがとう。」
精霊使いと道導 miya @miya_1008
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