琥珀館_コハクカン



今朝は空が蒼く澄んでいる。

いつも通りやることは変わらない。

ただ1つ違うのは、伊織が居ることだけ。


「……おはよう。」

窓の外を見つめ伊織が朝の挨拶をする。


「おはよう、伊織。朝早いね、朝の用意するからもう少しゆっくりしててもいいだよ?」

「世話になっているのに心もとない。手伝える事があれば手伝わせてくれないか?」


彼なりに気を使ってくれているのだろう。


「そしたら、朝ごはんを一緒につくろうか!」

そう彼に言葉を投げかけ、袖が邪魔にならぬ様腰紐を渡す。

「……。」

「したことない?」

「……すまない。」


少し戸惑っている伊織。自分より背丈が高い彼に少し背伸びをしながら紐を括る。

「簡単でしょ?」

「これは動きやすいな。」


伊織の表情はすごく変化することはないが、何となく楽しそうにしているかのようだった。


その後、朝ごはんの支度を手伝ってもらったがどうやら伊織は包丁も握ったこともなく、火を扱うのも初めてのようだった。私は盛り付けや配膳等、簡単な仕事をお願いした。途中も物珍しそうに、私の事をみていた伊織の眼差しが新鮮に見えて、自然と笑みがこぼれた。


「よし!伊織、ちょっとカイを起こしてきてくれる?」


「わかった。」


淡々と返事をし、伊織は階段を登って2階へ上がっていった。


____ガチャッ


伊織は杠葉の部屋へ入ると空いてる窓からふわっと風が入ってくる。風邪が入ってきた先に自然と目が向く。

その先には立浪草が生い茂っていた。


まだ数日前の出来事に思いをめずらす。


視線を窓の傍にまだ寝ているカイに戻す。

「……朝だ。朝餉(あさげ)の用意ができているぞ。」


カイの瞼がまだ眠そうに薄く開く。

「…………うん?……杠葉……。……伊織か……。」

「ああ、杠葉に頼まれて、起こしにきた。」


いつもなら二度寝を盛大にかまし杠葉に1階に連れていってもらうカイだが、目の前にいるのは伊織だと理解し、自ら身体を眠気と反してゆっくりと起こす。


「……伊織、お前は不思議な感じがする。初めて会った時、人嫌いの俺が何故かお前は嫌に感じなかった、今もそうだ。」

「…それは私の魔力のせいだろう、大丈夫だ、君に害はない。」


「……俺に影響のある魔力……。伊織、お前……」


「伊織ー?カイ起きないー?」

下から杠葉の呼ぶ声。


「杠葉があさげを用意して待っている。行こう。」

カイは伊織の肩に乗り、伊織はそれを確認すると杠葉の待つ1階へ向かった。


階段へ向かうと心配になり様子を見にきた杠葉と出会う。

朝嫌いなカイが自ら起きて居るのにも、あまり人に懐くことがないカイが伊織の肩に乗って居るのにも少し驚く。


「カイが珍しいね、明日から伊織に起こしてもらおうかな?」

クスクスと笑う。


すると、カイは少し迷いながら口をへの字につむって私の肩に乗ってきた。つんけんしているカイだが意外と可愛いところがあるんだなとまた笑みが自然と溢れる。


そんなやりとりをして、私たちは朝食を終え、伊織が済んだ食器を運んでくれる。それを受け取り洗う。

ふと、昔お母さんが食器を洗い私が食器を洗い物をしているお母さんに渡している情景を思い出した。

ここ何年かカイはいるものの、1人で暮らしていたせいかなんだが心が温かくなり伊織の顔を見つめてしまった。


「ん?」

私の視線に気付き不思議そうに見つめる伊織。

わたしはハッとなり、止まっていた手を再び動かした。


「あ!そうだ、今日は午後から仕事があるんだけど、お店に持っていかなくちゃいけないものがあって手伝ってくれる?」

伊織は快く了承した。



「よいしょっ。」

大きな風呂敷に丁寧に包まれた積荷が3つ。

「2人で持ちきれないかな?」

「杠葉はこの小さいものをお願いできるか?」

伊織は私に1番小さくてさほど重くもないものを渡し、大きな2つの包みを軽々持ち上げた。


「……意外と力持ちなのね!」

「男だからな。」


 そういって少し早いが仕事場に伊織を連れて出かける。

「カイー!いってくるね!」

「おーう。」



 道半ばカイが尋ねてきた。

「これは何が入って居るんだ?」

「これはね、食器類とかが入って居るんだよ。私はカフェの女給をしてるんだけど、そこのお店に家にあるものを寄付しようかなって。昔お母さんが食器類が好きでよく集めていたんだけど家にあっても勿体無いから。」

「……そうか。」


伊織はお母さんのことについて、特に深くは聞いてこなかった。


_____カランカランッ

杠葉が女給をしている喫茶 琥珀館のドアが開く。


「おはようございますー!」

奥から出てくるのは店主の夏生さん。

桜色の髪に少し目にかかる軽くかきあげた前髪がとても魅力的だ。

「杠葉ちゃん、おはよう。あ、例の食器類?わざわざ重いのにありがとうねー。……そんで?そちらのかっこいいこは杠葉ちゃんの…」

「!、違います!」


「あはは、冗談冗談。」


少しからかわれ、もうと杠葉は頬を膨らます。

「もう、ここに食器置いておきますね。」


近くのテーブルの上に置き、伊織もその横に重たかったであろう荷物を下ろした。

コホンと仕切り直し夏生さんに紹介をする。

「こちらは伊織。訳あって今うちに居候中なんです。」

「……初めまして。」

「やー、こちらこそ初めまして。ここの店主の夏生です。ちょっと今は席を外してるんだが、妹の美波瑠とここを経営しています。どうぞよろしく♪」


そう夏生さんが伊織に手を差し出し、伊織は差し出された手を握り返す。


「そーれにしても綺麗な顔だなー。こんなん町娘たちが黙っていないだろうに、噂に聞かないってことはここら辺の出じゃないのか?」


「…辺鄙(へんぴ)な場所で育ったので。」


「そーかそーか、ここへは長いこと居座るのか?」


伊織は一瞬視線を杠葉にやったが直ぐに直って、言葉を続けた。

「目処が経てば、長く世話にはなりません。」


「けど、目処が経つまでは何もしないって訳にもいかないだろ?どうだい、ここの給仕をしないかい?」


唐突な夏生さんの言葉に驚く杠葉。


「!!!急に、何を言ってるんですか!」

 

「えー、いいじゃんいいじゃん?こんな綺麗な男がいたら女性客もたくさん来てくれそうだし、手は多いに越したことはないし♪お給金もちゃんとだすし、伊織くん、どう?」


「……働いたことがない故、使い物にならないかと。」

「大丈夫!簡単なお仕事しか頼まないからさ!それに居るだけで君には価値がある!(キランッ)」


「……伊織、大丈夫?」

「……世話になっているだけで何も返せていない。世話になる分、少しでもお前の足しになるのなら働きたいと思っている。」


気にしなくていいよ、と言ってしまいそうだったが伊織の気持ちを組んであげたく私はわかった、と言葉を返した。


「おし!決まり!手始めに今日から働くか!……俺の制服の大きさでいけるかなー。」


そう夏生さんは裏に制服を探しに行った。

「なんか思ってもみない展開だね。一緒に働くなんてびっくりだよー。」

「……お前の周りは温かい人ばかりだな。」

「え?」

「なんとなく、杠葉がみなから愛されているのがとても伝わる。みなが私によくしてくれるのは、杠葉がいい人間だからだろう。それに、まだ出会ったばかりだがその理由がわかる気もするのが、また不思議だな。」


どうそれに応えていいのか分からず戸惑っていると、奥から夏生さんの呼ぶ声がする。


「伊織くんー!着替えあったからおいでー!」


伊織はいってくるといい、夏生さんの元に歩いていく。


伊織はとてもいい人だ。

人の気持ちにも敏感でとても謙虚。

彼の言葉には、嘘偽りがなくどこまでも真っ直ぐでいつも率直に胸の奥に響く。

それなのに、いつもどことなく寂そうな悲しそうな、そんな空気を感じる。


2人の背中を眺めて、私も更衣室へ向かい着替えに行く。



__着替え中の伊織と夏生。


紺色の着物に袖を通し始める。

紺色の着物が伊織の広い肌を更に魅力的に魅せる。


夏生は伊織をみつめ眼に魔力を込める。

____過去視。夏生の能力だ。

その名の通り過去を見ることができる。


夏生は思っても見ない光景にすぐに魔力を咄嗟に閉じた。


何かを感じ取り、伊織の視線だけが夏生の方を向く。


 

「あ、ごめんごめん、熱い視線を送りすぎちゃった♪」


「……いえ。」


夏生は少し考え、伊織に問う。

「伊織くんは昔のどんなこどもだったんだい?」


「……昔。……昔の事はあまり覚えてない。けど、私には兄がいて、私は兄の事が……大好きだった。」


「……兄ね。それで?」


「……記憶はあるんだ。……ある、…けれど、俺には思い出があまりない。」


少し伏せた伊織の瞼。

どこか寂しそうな苦しそうな表情。


「そうか。…………変な事聞いちゃってすまないな。教えてくれてありがとう。俺が雇ったんだ、ここはお前がいていい場所だ。これから宜しく頼むよ、伊織くん♪」

夏生が伊織の頭をぽんぽんと触れる。


「……私のいていい場所。」

 

「当たり前だろー。えーと、あとは……」

そう言いながら止まっている伊織の手にある紐をとり、夏生が袴を締める。

「お、似合う似合う!サイズもぴったりだな。そしたら、仕事を教えるからこっちだ。」

夏生に触れられた頭に後ろ髪をひかれながら、夏生の後ろについていった。

 


伊織は夏生さんに仕事を教わり、杠葉は伊織のフォローをする。お店にはいつもより女性客が多い気がするのは伊織のおかげだろう。

若い女性客に声をかけられるも、伊織は淡々と言葉を返す。女性客からはそこもいい!と話し声が聞こえた。

さすが、伊織だ。


_____カランカランッ。

「いらっしゃいま……」

ドア方向に視線を向けお客様を出迎えようとしたが、馴染みの顔に言葉を飲み込んだ。

「美波瑠さん!」


そこに居るのは夏生さんの妹さんである美波瑠さん。

夏生さんと同じ桃色の髪を少し高く1つに括って居る。この店の看板娘だ。


「杠葉ちゃんお疲れ様♪すぐ着替えて交代するから、ちょっと待っててね。」

「急がなくて大丈夫ですよ。」


そういって美波瑠さんは更衣室に入って行った。


「伊織ー!裏で着替えて来ていいぞー、杠葉は美波瑠が入ったら着替えて2人とも上がって大丈夫だよ!」


「……はい。」

「はーい!伊織、その配膳変わるよ!」


伊織が持っているものをもらい最後のひと仕事を終える。

美波瑠さんが着替え終わり、入れ替わるように更衣室に入る。


___店内にて。


「はじめまして、夏生の妹の美波瑠です。夏?この子は?」

美波瑠は伊織はに手を差し出し、伊織はあたまを軽く下げ挨拶をする。

 

「杠葉ちゃんの連れで、今日から働いてもらうこたにした♪伊織っていう美男子だ!」

そんな兄の相変わらずのテンションに慣れているように美波瑠はかわし伊織に話しかける。


「兄様が無理矢理とかじゃない?何かあれば私からゆうから困ったことがあったら言ってね。」

「だーー!俺が悪いみたいに言うなよー。」

「実際いつも強引なのは変わりないでしょ、もう。」


繰り広げられる兄弟喧嘩を静かに見守る伊織。

「夏生さんには今日とてもよくして頂いた。これから至らないところが多々あるとおもうが宜しく頼む。」


夏生と美波瑠は目を合わせて微笑んだ。

すぐに杠葉も戻って来て、伊織の初めての職場体験が終わりを告げた。


「2人ともお疲れ様♪はい、これ今日の給与ね。」

「あとは私達がやるから、暗くならないうちに帰ってちょうだい。」


2人はそれぞれ給与を受け取った。

伊織は封筒を見つめ、そのまま杠葉に中身も確認せずに渡した。

「え?」

「……何も返せず施しを受けている。貰ってくれると助かる。」

伊織が優しく微笑む。


「!、貰えないよ!!これは伊織の働いた対価なの!伊織が貰うものなの!」

「あぁ。私が貰ったからお前に使いたいんだ。」


一歩も引かない伊織に困ってしまう。

受け取れないけど、伊織の気持ちも無下にはしたくない。

私は悩みに悩んでこう続けた。


「伊織、ありがとう。けど、受け取れない。はじめてのお給金は伊織がやっぱり貰うべきだよ。居候費は次回のお給金の半分貰って今月はもう貰わないってことにしよ。今回は気持ちだけ…………すごく、すごく嬉しかった……。…………それでは駄目かな?」

 

伊織は差し出した封筒を懐に入れ

「杠葉がそう望むなら。」と了承してくれた。


私たちはお疲れ様でしたと夏生さんと美波瑠さんに告げお店をでた。




「ふふふ、可愛い2人だね、兄様。」

「……。」

「兄様?」


「……あ、あぁ。……伊織くんの素性が分からないから、雇う前に少し過去を見たんだ。杠葉ちゃんの心配も兼ねてね。」

「また力を使ったのね。……それで?どうだったの?」

「……三葉さんが視えた。……いや、三葉さんが倒れていた。」

「ちょっと、待って。なんでそこに杠葉ちゃんのお母様が…。」

「……わからない。ただ、伊織くんはあまり昔のことはあまり覚えてないようだった。何かがあったんだろうと思うけど、あの顔……。……彼が悪い奴には見えなかったんだよなー。」

美波瑠は驚き複雑そうな顔をしていたが、兄の言葉を聞き少し冷静になった。


「…そうね。私たちは見守りましょう。皆、誰しも未来があるように過去がある。どうせ、私達は彼の今を信じることしか出来ないのだから。」

「……分かってると思うが、杠葉ちゃんには…。」

 

「分かってるわ、兄様♪…………けーーーーど、過去を見る事は長い時間見れば見るほど兄様の負担が大きいのだから、あまり使ってはいけませんよ!今回はケロッとしてるから、そんなに使ってはいないと思いますが。」


美波瑠がぷいっと可愛らしく怒ったのであった。


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