37話 あなたと一緒なら、怖くない。

 本日はミズキさんと対面する日だ。

 もう直ぐ約束の時間が来る。


 定刻になったら

 リュートの部屋にむかうことになっているのだ。


 カナタ監修の上で身支度を整え、貴族のお姫様と対面するに恥ずかしくないようにつくろえたはず。


『今日はこれでいきましょうね』

 と、用意されたアクセサリーはやっぱり翠玉エメラルドで。


 前とは違うデザインの対になる衣装が用意されていた。


 これで、いきますよ?と圧がすごいので大人しく従う私です。


 調子は完全ではないが昨日までより随分顔色も戻った。

 お茶やお菓子くらいは喉にスルスル通るくらいには回復していた。


(緊張でぐるぐるするくらいで…)

 楽しみだけど、怖い。


「どうかしましたか?ハナ」


 リビングのソファに座りながらもソワソワ落ち着かない様子の私に気づき、カナタは声をかけてくれた。


「これから、どうなるのかなと思って。

 楽しみなんだけど、会わなきゃって思うんだけどミズキさんに会ったらきっと、

 今まで通りではいられなくなるんでしょう? 」


 本来ならば雲の上の方々にお会いすること自体自分の人生にはないと思っていた。


 カナタに出会って目まぐるしく変わった環境が、これ以上どうなってしまうのか。

 自分の未来が、怖い。


 そもそも自分のルーツを知らない。

 不安定な足場で生きてきた私。

 まとまらない考えをそのまま、口にする。


「何かは確実に変わってしまうよね。

 なんて言っていいかわからないんだけど、怖いの」


 ぎゅっ、と自分の手を握り込む。

 隣に座るカナタはその上から両手を包み込み、にこ、と私の目を見て微笑む。


「では、いまから一緒に逃げましょうか? 」


 しれっと大胆な提案をするカナタに私は驚いて声をあげる。


「そんな簡単にいう? これは王族の命令だよね?

 お友達でも断ればカナタも処罰は逃れられないじゃない。そんなの嫌だよ」


 リュートは優しいけどそこまで甘くない。

 逃げたら私は追われる身になる。前よりももっと、過酷な生活になるのは想像に難くない。


 行くしかないのはわかっているけれど、カナタはどこ吹く風だ。


「あなたがいやなら、逃げればいい。私はあなたとなら地獄の果てまでも、ご一緒しますよ」


「なに、たいしたことありません。あなた1人、守りきれない腕は持っていない」


 カナタは私を抱きしめて、安心させるように優しく背をなでる。


「カナタ・イグニードはあなたをおびやかすもの全てから護ると決めています。

 …あの日から、ずっと」


「だから、どちらでもいいんです。

 あなたが進むも、逃げるも。

 あなたが行く先には常に私が共にあります」


「ずっと、一緒にいてくれるの?

 この先、わたしがどうあっても」


「ええ、もちろん。どうか連れていってください。あなたの未来に、私を」


「ありがとう、カナタ。もう大丈夫。行こう」


 カナタの言葉に背中を押され、前を向く。

 どんなことがあっても大丈夫。

 私は1人じゃない。そう思えた。


「はい、では参りましょうか。

 私の姫様、お手をどうぞ」


 差し出された手を取り、私達は部屋を出る。

 共に歩くと決めたあなたと、一緒に。


 ・・・・・・・・・・・・


 定刻になり、カナタにエスコートされリュートの部屋を訪れていた。


「なんだこれ……」


 リュートの部屋に初めて入った。


 カナタの部屋よりも広いとは聞いていたが、段違いでした。


 護衛の方も数名いたらしく、彼らの居住スペースもあるからもあるが、小さいお屋敷くらいの部屋数はある。


(護衛の方て、いままで見たことなかったけど)


 リュートの意向で私に知らせてなかったようで、

 今まで陰日向かげひなたに守ってくれていたことを知る。



「お忍びだからそんな必要ないよ~って言っても、みんな堅物だからさ、必要最低限は連れて行かないといけなかったわけ」


 ヤレヤレと肩をすくめながら、リュートは面倒くさそうに言うが、護衛の皆さんたちも慣れているのか苦笑いだ。


「僕、身分隠していたしいきなりハナちゃんに知らせるのもびっくりさせちゃうかなって思って控えてたの」


 呼び方がハルから変わったのは、ミズキさんに会う前に打ち明けたからだ。


 そうかい、いい名だね。とリュートはあざむいていたことも怒ることなく笑った。


 リュートはいつも通りで、護衛の方には改めて挨拶をさせてもらった。今までの感謝を込めて。


「しっかし、なんかさ。いいことあったの? カナタ。なんかすごく、すごく………砂糖と蜂蜜でどろっどろのミルクティ飲まされてるっていうか。

 馬に蹴られそうなんだけど。」


 足の先から爪先までしげしげと眺め、リュートは眉をしかめながら揶揄からかうスタンスは崩さない。


「?? …お塩入れたら飲みやすくなりそうだね? 牛乳たす? 」

(リュートは相当甘党だったのね)


「ふふ、羨ましいでしょう? 」


「…そうかい。それは良かったね。

 ハナちゃんへのマーキングエグくて笑うよ、僕は」


「えっ!なんか変かな? 失礼になる?? 」


 満面の笑顔のカナタに、視線を逸らしつつ呟くリュートの温度差に不安をかき立てられてしまう。


「問題ないですよ? ハナキはとても素敵ですから」


「あー、はいはい。

 さて。奥の間にミズキに来てもらっているよ。

 彼女、かなり調子が良くないから短時間になるかもだけど、ハナちゃん。心の準備はいいかい? 」


「うん、大丈夫」


 カナタの惚気のろけに付き合ってられないと言わんばかりに話しを切り替えるリュートに、私はピっと背筋がのびる。


 今はリビングスペースにいる私達。この先の扉を何個かくぐれば、ミズキさんがいる。


 心臓が跳ねる。

 逃げ出したい。

 でも、会いたい。

 相反する感情がめぐっている。


 カナタがそっと、私の手を握る。

 さっきまでの漠然とした恐ろしさも今は感じない。


 私を知る。私の旅に。

 一歩踏み出す。

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トキノハナと宝石の君〜玻璃の花は翠玉の夢を見る〜 まつのことり @matunokotori

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