エルフと婚約した人間の俺、着実に時間感覚がバグってきている件

奈良ひさぎ

本文

 エルフ族は長寿の象徴である。


 それはもはや人間にとって、1000年は使い古しているネタだろうが、実はエルフに見初められエルフと婚約した人間の男性も、一緒に寿命が延びるということはあまり知られていない。昔は当然の如く人間が先に死んで、人間の命は何と儚く短いことか、とエルフが嘆くのが鉄板だったが、最近はそうでもない。


 とはいえ、それで人間とエルフのハーフがたくさん増えたかというと、そうでもない。世に言う「エルフ、生殖本能極端に鈍い説」は本当で、そもそも子孫を残して次代につなごうという気が全くない。自分のことしか考えていない――というわけでもないのだが、そもそも子どもがどうこうという話を上手く自分事として捉えられない、と表現するのが近いか。


 が、それはあくまでエルフにあてはまり「がち」な特徴、というだけ。そういう言説には得てして、例外がついて回る。俺の妻がその例外だった。


「さあ、参りましょうか……あなた?」

「あ、ああ」


 一度運命の人を見つけると、どうにもこうにもそちらの欲が抑えられなくなる。妻によれば、エルフはみな潜在的にそうなる可能性を秘めているというから恐ろしい。大多数のエルフがその手のことに興味がなくて、本当によかったと思う。


「いよいよですね、……とはいえ、わたくしにとっては一瞬のことでしたけれど」

「一瞬じゃないんだよな……」

「そろそろ、エルフ族の時間感覚に順応されてはいかがですか?」

「慣れろと言われて慣れるものじゃなくて」


 問題はそれだけではない。家族を増やす準備にかける時間が、あくまでエルフ基準なのだ。日々の食事を見直し、寝床でのスキンシップを増やし、羞恥心に少しずつ慣れてゆく、その過程に何年もかける。俺たち夫婦もいざそういうことをしようと決めてから、今夜を迎えるまで実に五年の歳月を費やした。ただの人間だった頃の俺なら、きっと途中で音を上げていることだろう。


「ん……」


 寝床に入ると、早速お互い身体をもぞもぞとさせつつ、甘い口づけを始める。丹念に、濃厚に。まるでそれが本題だと言わんばかりの丁寧さで、最初は全身で受け入れていた俺も、休みなく五分続いた頃には疑問に思って口を離してしまった。さすがに長すぎる。これではまともに呼吸もできないではないか。


「……? どうされたのですか?」

「どういうつもりだ、いや……水を差すようですまないが、いったいどれだけ長い間……」

「ふふ、何をおっしゃいますやら。ほんの一瞬しか、口づけをしておりませんよ?」

「いや、さすがに五分も休みなくとは……」

「これから、一ヶ月は口づけをしますのに?」



「…………え?」



「わたくしの予定では、一年が経つ頃にその時を迎えられればな、と思っていたのですが……」

「待て……ちょっと待ってくれ」


 エルフの時間感覚は、人間の想像をはるかに超越する。寝床での行為一つとっても、その差は歴然。俺は本当に、妻と賑やかな家族を作ることができるのだろうか?

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エルフと婚約した人間の俺、着実に時間感覚がバグってきている件 奈良ひさぎ @RyotoNara

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