第6話

「せんせー、せんせー、こんなおっきいお芋出来てたよ!」

「せんせーしゃぼん玉上手く飛ばせないぃ、ふーってしてぇー」

「せんせーこの本なあに? むずかしいの?」


 子供たちにあちこちから呼ばれて、はいはいと私はその背中を追い掛ける。新米さんも抱えているからちょっと忙しいんだけど、やっぱり私はこれが天職なんだろうな、と思う。


 紋章鑑定を止めてから、保育園は魔法と切り離された子供たちの為の遊び場になっていた。昔寄贈した本はまだあるけれど、殆ど読まれなくなって、埃を被っているから時々はたきでそれを払う。新米先生は今までの人生の中でこれほど真剣になったことがあっただろうかと言う状態で折り紙の星を作っていた。やっと出来上がると、最初に見せに行くのは園児じゃなく、私の所だ。その癖止めなさいって言ってるのに、ぱあっとした笑顔で犬のようにじゃれついて来る。

「先生、星作れたぞ、俺一人で! 凄いだろう!」

「はいはい、良かったねーニライ先生。じゃあ手裏剣の作り方も教えてあげる。二枚に紙を割くから難しいわよー、ちょっと」

「覚悟は出来ている! 鉄火とは親しかったからな!」

「そんな覚悟はせんでよろしい。はーい、折り紙したい人集まれー!」


 魔王は倒されたけれども、伝説によっては五百年ぐらいでまた魔王クラスのモンスターが現れるだろうと言う事だ。勿論その時私達は生きていない。私は髪が伸びるようになったし、ニライくん――ニライ先生も、私の事は記憶に残るか怪しいだろう。

 『ギフト』は魔王を倒すと同時に私から消え去り、結果私は凱旋を女王のドレスではなく木綿のワンピースで行うことになった。誰よりも王の前に立つのが似合わないとヒソヒソ言われたけれど、仕方ない物は仕方ない。今の私には多分、やろうと思っても紋章鑑定なんかできないだろうな、と思っている。常人の魔力。お陰でキス地獄からは解放されたけど、マリンさんは良いなーと羨ましがっていた。曰く、『小さいのも大きいのもいるって贅沢』らしい。私には混乱しか齎さなくて地獄だったけれど、マリンさんは大人の女の人だから年下二人を転がすぐらい楽なものだったのかもしれない。いや転がされても困るんだけど、と私はピンで留めていた長い前髪を留め直す。


 マリンさんはアルジャータで肥沃な領地を貰い、書類との格闘をいまだに続けているらしい。クルスくんは順調に魔法学校を進級し、末は大神官じゃないかと言われるぐらいの成績を弾き飛ばしている。その事でご両親にたいそう礼を尽くされた。あなたのお陰でうちの子の未来はバラ色です、なんて、にっこにっこして言われるもんだから、お役に立てれば何よりですとぎこちない笑いが出た。


 魔法学校を卒業した勇者のニライ君はと言えば、本当に保育士の資格を取って私が元いた園で新米先生をしているのだから、驚きだ。両親の記憶を消して国の養護下に入った彼には帰る場所がない、とは言え様々な地位を望めただろうに、彼は私と一緒に市井に戻ることを決めた。いつかの会話が冗談じゃなかったのかと驚いたけれど、先輩面出来るのは面白い。私はやっぱり彼の『先生』みたいだけれど。


「出来た! 手裏剣、確かに獲得したぞ! よーしみんなで誰が一番遠くまで飛ばせるか競争だ!」

「それなら絶対カナイせんせいには勝てないよー」

「ニライせんせい方向音痴だもんねー」

「ねー」


 私達は職場近くに小さな家を貰った。毎日くたくたになるまで子供たちを育てている。お風呂に入る暇もない、と言いつつ私が入ると言えば嬉しそうに自分も入る! と言って来るのだから、やっぱりお母さんに甘えさせて貰えなかったんだろう。ちょっと不憫に思うけれど、入るのは別々です。シャンプーハット卒業したらね。勇者時代は手伝い人が全部洗ってくれたみたいだけど、あなたはもう私の生徒じゃないんだから。『先生』は職場に置き去りにして、小さな家の中では『勇者』も返上して。

 いい加減私の事をそう呼ばなくなったら、続きも考えてあげるから。そう、朦朧とした記憶の中の、『愛してる』を。それまでは、ベッドに潜り込んできても知りません。先生はそんな不埒で不実な事に巻き込まれたりなんか、今度こそ、しませんからね。


 私達は今日も明日も、保育園の先生です。

 髪はちゃんと、流すように。

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保育士の私が勇者様の餌になりました ぜろ @illness24

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