おつかいに行く吸血鬼。お代はキノコ
コダマにお酒をあげ、詩月と二人で夕飯と食べた後。詩乃はあのまましばらく貸してくれることになったゲーミングデバイスでFDOにログインした。
初日からいきなりタコ足に絡まれて地獄を見たが、より感覚がリアル寄りになったあの感じは忘れられない。
特にあの時食べたタコ焼き。元々気が狂ってるだとろいうレベルで味覚が再現されていたのに、ゲーミングデバイスはそれをよりリアルに寄せたためむしろ現実で食べるものよりも美味しく感じた。
そして現在詩乃たちがいるのはヒノイズル皇国。日本をモデルとした国で、日本と同じように海に囲まれ海産物に恵まれていて、お刺身やお寿司が美味しいと美琴から太鼓判を押されている。
そんなことを聞いたら行く以外に選択肢はないだろということで、早速ログインした。
「せっかくだし、マッピング配信でもしようかな」
その場の思い付きで告知もなしにゲリラ配信を行う。収益化もされて日々アーカイブが再生され広告収入が入るようになっており、それだけでも十分生活できるくらいの稼ぎになってはいるが、ヨミはそれを仕事というよりも趣味として扱っている。
こういうゲーム配信を仕事として扱ってしまうと、楽しいはずのゲームも楽しくなくなってしまうような気がするので、ゲームは遊ぶものと思うことで配信中でもいつも通りやることができる。
「ジークリーベ! 思い付きでマッピング配信を始めました、ヨミです。……告知しないで始めたけど、集まってくるってことはみんな暇なの?」
”酷い!?”
”じーくりーべ!”
”どんな時間であろうと、ツウィーターで告知がなくともアワーチューブの通知が来れば速攻で来るに決まってんだルルォ!?”
”学生だし課題も終わらせたから暇人です”
”実は仕事中だけど、ラジオ感覚で聞きながら残業します。ヨミちゃんの声は清涼剤だから”
”めちゃ和風なところにいると思ったら、ヒノイズル皇国か。そういや前回船で向かってたもんね”
”あのタコ足イカ足は実に素晴らしい回だった”
適当に作った配信開始までの待機画面を二分ほど映してから本格的に配信を始めるが、SNSで告知もなしに始めたにもかかわらずかなりの数のリスナーがぞろぞろと集まってくる。
まだゴールデンウィークということもあるが、アワーチューブの通知が来た瞬間に来ているリスナーが多く見られ、こいつら結構な暇人なんだなと思いつつも、自分も暇だからゲームをやっているようなものなのでこれ以上は言えない。
「今日はタイトルにもある通りマッピング配信だよ。この国に着いたばかりでマップは何も埋まってないから、まずはこの港町周辺のマップを埋めていこうかなと思います。ちなみにソロ活動です」
のえるにも連絡してみたのだが、いつもだったらすぐに付く既読も付かなかったので、疲れて眠っているのかもしれない。
詩月も流石に疲れたからパスと言って部屋に引っ込んでいったし、ヘカテーたちは言わずもがな。
美琴たちとは連絡は取れるが、フレイヤは素材をもっと確保するためにゴルドフレイのところに行ってるし、アーネストとイリヤは連絡は付いたが別の用事が残っているため来れないと言われた。
こうしてソロで配信するのもなんだか久々な気がすると新鮮な気持ちになり、初心を思い出しながら早速マッピングを開始する。
マッピングを始める、とは言ったがまずは今いる港町『
名前が名古屋にある実在の町とほぼ同じだが、こちらは港町で波が寄ってくるから、という意味で着けられたのだろうと気にしないでおく。
「おう、昨日美琴様が連れて来た銀色の娘っ子じゃないか。あのお方の客人だ、ほれ。すぐそこの河口を昇ったところで取れた川魚の塩焼きだ」
「え? あ、ありがとうございます?」
「あ! お前、また美琴様の客人だからってただで商品渡したのか! いくらこの銀髪っ子が別嬪だからって、あまりやりすぎんなよ?」
「うるせー! 俺は美琴様みてーな女が好みなんだよ! それはそれとしてあのお方が連れて来たんだし、よくしとかねーとだろ!」
いきなり魚の塩焼きをくれたおじさんNPCと、肩に大量の魚が入ったデカい網をかけているおじさんNPCが、大声でやり取りしている間にちょっと横に逸れる。
「なんかいきなりもらっちゃった。川魚って言ってたけど……見た目はすごく鱒に似てるなあ」
焼き立てのようで湯気が上がっている。冷めることはないがこういうのは焼き立てが一番美味しいので、はむっと背中からかぶりつく。
皮はパリパリに焼き上がり、かかっている塩と身の淡白な味が口に広がる。
「あふっ。ん、これ美味しい」
昔、東京都内でもかなり田舎な方にある鱒釣り場で、釣った鱒をその場で捌いて串刺しにして炭火で塩焼きにしたのを思い出す。
夏休みになったら海に行くことになるだろうし、釣竿を買って海釣りをするのもいいし、みんなを誘ってあの時行った鱒釣り場まで行ってバーベキューしながら釣りを楽しむのもありかもしれない。
”美味そう……”
”なんでこの子はこんなに美味しそうに食べるんだよ”
”ヨミちゃんは美味しそうに食べる天才すぎる”
”前にヨミちゃんがマック食べた時に、売り上げがその時だけ上がったとか上ってないとか”
”くそおおおおおおおおおおおおお!! 冷蔵庫の中にマスみたいな魚なんてねえよおおおおおおおおおおお!!”
”今からスーパーにダッシュして来て買ってこようかな”
”こんな時間にそんなに美味しそうに食べるんじゃありません”
「美味しそうに食べるなって、美味しいんだから仕方ないでしょ」
美味しいものを食べて美味しそうにしないのは失礼にあたる。美味しければちゃんとそれを言葉にして伝える、あるいは見て分かるような反応をしてあげたほうが作った人にとって嬉しい。
ただまあ、気持ちは分かる。夜に誰かが美味しそうに料理を食べるのが流れてきたら、それはただの飯テロだ。
あまりリスナーに食事シーンを見られるのも嫌だし、味わいつつも少し食べるペースを上げて焼き魚を平らげる。
「よし、今度こそ行こう」
頭と尻尾と骨だけを残して綺麗に食べ、ゴミ箱の中に串と骨になった魚を放り込んでから、今度こそと歩き始める。
まずは回復アイテムなどが売っているアイテムショップ。売っている商品の名前が違ったので効果も違うのかと思ったが、名前が違うだけだった。
次に武器屋に足を運ぶ。日本をモデルにした国ということもあり、西洋剣のような両刃の剣はなく、刀があった。
「わぁ……! 打刀に脇差、太刀に大太刀まで! へぁ!? 斬馬刀まであんの!? 星形の手裏剣に棒手裏剣、苦無、まきびし、忍者刀に───えええええええええええええ!? 風魔手裏剣!?」
その武器屋は、何から何まで日本男児の心を大いにくすぐる物ばかりだった。特に斬馬刀とかいう、リアルではデカすぎるがゆえにまともに使いこなせないが、騎乗している敵を馬ごとぶった切るという頭の悪そうなロマン武器は、購入できると知って放置するわけにはいかなかった。
なのでしっかりと購入しておいた。もちろん風魔手裏剣も。
”ヨミちゃん楽しそうやなwww”
”見た目超清楚なロr……ちっちゃな女の子なのに、趣味が大分男の子”
”まあその辺はフレイヤさんというロマン信者がいるから”
”もう目がキラッキラに輝いてて、危うく死ぬところだった”
”でも風魔手裏剣は欲しくなるのは分かる”
「ざ、斬馬刀はボクの筋力なら扱えるし、風魔手裏剣は影の鎖に繋げれば操れるからいいの!」
テンションを上げ過ぎて恥ずかしいところを見られたと顔を赤くしながら弁明するが、時すでに遅し。
何を言っても「うんうんそうだね」みたいな妙に温かい反応が返ってくるので、これ以上は何言ってもダメだと諦めてさっさと波寄町の散策を続ける。
港町だから当然だが漁業が盛んな場所のようで、ヨミたちが乗って来た船が付く場所とは別の場所に、漁船の船着き場がいくつもある。
丁度漁師たちが戻ってくるタイミングだったようで、大量の魚のかかった網を引き揚げて台車に乗せて運んでいた。
ここはゲームの中だが、リアルでも漁師の方々が海に出て魚などを取ってきてくれているおかげで、内陸の方に住んでいても美味しい魚を食べられているのだと再認識して感謝する。
他に何があるだろうかと歩き回り、薬草を売っている薬草専門店と言うものがあった。
なぜそんなものがあるのだろうかと入って色々調べてみると、ヒノイズル皇国特有の武器である刀が関係していた。
刀は最初から切った時点で出血させる出血武器で、失ったHPを回復させる程度では傷の回復はできない。
もちろんヨミは高すぎる自己回復や自己再生能力のおかげで、刀に斬られた程度ですぐにやられることはないが、自己回復能力を持たないプレイヤーやNPCからすれば問題だ。
そういったプレイヤーやNPCように、止血効果のある薬草を販売していた。
またすぐにアンブロジアズ魔導王国に戻ることになるが、当面はヒノイズル皇国の探索と攻略を行うつもりだし、流石に何度も斬り付けられたら出血量がすさまじいことになりそうなので、少し買い込んでおく。
「お嬢ちゃん、見た感じ冒険者だろ? ちと一つ頼まれてほしいことがあるんだ」
薬草を買い込んでインベントリに突っ込み店を出ようとしたところで、店主のお爺ちゃんに声をかけられる。
「頼まれてほしいことですか?」
「おう。この店の裏っ側に松の森があってな、そこに松茸が生るんだ。もう生えてきている時期だからわしが取りに行きたいんだが、少し前に脚の骨を折っちまって動けないんだ。もし迷惑じゃなけりゃ、松茸を十個くらい取ってきてくれないか? 報酬として半分やるからよ」
「やります」
即答だった。決して松茸に目が眩んだわけではないぞと配信を見ているリスナーに言われてもないのに言うが、松茸なんて食べる機会なんてほとんどないし何ならまだ一回も食べたことがないので、是非とも味わいたい。
あれは秋の味覚の王様と呼ばれているもののはずで、日照時間や一日の長さがずれたりしているが季節はリアルと同期しており、まだまだ夏に入りかけだ。全然秋じゃないが、そこは「まあゲームだし」で済ませられる。
あるいはこの世界の松茸は秋ではなく夏ごろに生えてくるものなのかもしれない。
初めての松茸がゲーム内なのはちょっとあれだが、どっちの世界であろうと美味しいものを食べられるのであればそれに越したことはない。
二つ返事でイージーそうなクエストを受けたヨミは、軽い足取りで薬草専門店を出て松の森へと歩を進めた。
===
作者が勝手にやってる『勝手にQ&Aコーナー』
Q.ヨミちゃん(詩乃ちゃん)は一応はお嬢様なのに、食生活は質素なの?
A.お金があるからお金持ち、というより節約できるところを節約してお金を貯め込んでいるタイプのお金持ち。できるだけ無駄な出費を抑えているから、実は高級食材の代表みたいな伊勢エビやらキャビア、フォアグラ、松茸とかは食べた経験がほぼない。それでもいつも使ってるスーパーは他よりちょっとだけ質と値段がお高めなところ。伊勢海老は母親の友人の結婚式に出席した時に食べた経験があるだけ。
次の更新予定
Fantasia Destiny Online 〜血の魔王と呼ばれるようになる吸血鬼〜 夜桜カスミ @Mafuyu2001
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。 Fantasia Destiny Online 〜血の魔王と呼ばれるようになる吸血鬼〜の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます