お迎えしちゃったお掃除妖精的な何か
二日目も特に何事もなく終わり、実に平和な一日を過ごした。
変わらずナンパを試みようとする浮かれた観光客もいたが、のえるだけには絶対にナンパさせないと圧をかけ続けたのと、お手洗いに行ったりと別行動する際は基本は男子が一人残っていたこともあり、声をかけられることはなかった。
ナンパはなかったが外国人観光客から声をかけられ、ちょっと困惑しつつも軽く言葉を交わしたりはした。
彼らはやけに鹿に懐かれていることに興味を持ったようで、何でなのかと質問されたが詩乃自身も何故なのか分からないので、首を傾げた。
三日目の朝を迎え、またいつここに来るのか分からないので、朝食を食べ終えた後全員で朝風呂を浴びに行き、朝から刺激の強すぎる光景に眩暈がしそうになった。
「……ん?」
のぼせそうだったので一足先に上がり、自販機で瓶詰のコーヒー牛乳をくぴくぴ飲んでいると、自販機の下から何かが転がって来た。
なんだと視線を下ろすと、詩乃の掌で握れるくらいに小さな、真っ白で二頭身のやけに丸っこい一つ目の何かがあった。
体に合った大きさの塵取りと箒を持ってぽってぽってとスキップを踏むように歩いているので、人形とかそんなものじゃなく生きている。
「っ!?」
お化け!? お化けなのか!? とぞぞぞっと背筋を震わせるが、こちらに気付いたその白くて丸っこい何かがクリクリの大きな一つ目を向けて、「よっ」みたいな感じで右手を挙げた。
なんかその行動が愛くるしかったので怖いものじゃないのかと安心し、残ったコーヒー牛乳を飲み干してからそれを片手にしゃがみ、左手の人差し指を伸ばして軽く突っついてみる。
「うわ、なにこれ」
すごくもっちもちだった。瓶を床において摘まみ上げて手の平に乗せると、何を思ったのか仮面〇イダーの変身ポーズのようなものを取った。
「ふふっ、なんだよそれ」
軽く笑って右手で軽く握ってみると、ほんのりとひんやりしておりすごくすべすべもちもちで、触り心地がいい。
「詩乃ちゃんお待たせー。……何してるの?」
「あ、のえる。なんか変なの見つけてさ。これなんだけど」
くてーっと仰向けになった白い何かをのえるに見せようと手を差し出すと、こてんと首をかしげる。
「何もないよ?」
「…………え?」
その瞬間、詩乃に電流が走る。
───やっぱりお化けの類じゃないか!?
つー、と冷や汗が背筋を伝うのを感じる。
ゆっくりとそれに視線を向けると、のえるに向かって小さな腕をぶんぶんと振って存在をアピールしている。
「そこに何かいるんだ」
「うん……。二頭身で丸っこい、白くてもちもちな何か」
「……おもち?」
「感触的にはそう」
マジで何なんだこいつは、と思いつつちょっと怖くなったので床に降ろす。
降ろされた白い何かはくるりと振り向き、ぴっと右腕を上げてからぽってぽってとどこかに歩き去っていった。
「幽霊とかの類……なのかな? 詩乃ちゃんは一応そっち側だし」
「京都とかそういう怪異の話いっぱいあるのに一度もそういうの見なかったから、能力はあれど見えないものだとばかり思ってたよ……」
一応は怪異サイドなので確実に霊感はあるはずなのだが、こうなってから一度もお化けなどを見たことがないので、吸血鬼の力と体質を得ただけの一般人だと思っていた。
「霊華さんに聞いてみる?」
「そう……だね。あ、丁度いいところに。霊華さーん」
頭の位置がほぼ変わらず、足音も立てずに歩いている霊華が丁度通りかかったので、呼び止める。
「おや、詩乃さんにのえるさん。どうかしましたか?」
「その、聞きたいことができたんですけど。ここってお化けの類とかいるんですか?」
「お化け、ですか?」
「さっき、二頭身くらいの白くて丸っこいもちもちなのを見つけて、ボクには見えるのにのえるには見えなくて。なんなんだろうなって」
「あぁ、コダマのことですか。あれは昔からこの旅館に住み着いているお掃除妖精みたいなものです。海外だとブラウニーと呼ぶ妖精と似たようなものです」
「お掃除妖精……」
ちょっと納得できた。
小さな二頭身の体に合った大きさに掃除用具を持っていたし、今も自販機横のゴミ箱の隅をせっせと箒で掃いてゴミを集めている。
あの小さく愛くるしい見た目で一生懸命に掃除をしている様は可愛らしいのだが、一度お化けだと認識してしまったためか自分からは触れに行きたくない。
「あれらは無害な存在ですよ。結構怖がりで、人がいるところには出てこないんです。詩乃さんはそれに触れましたか?」
「はい。すっごいもちもちすべすべで、触り心地がよかったです」
「珍しいですね。今言ったように怖がりで人がいるところには滅多に出てこないんですけど、稀に自ら触れ合いに行くこともあるんです。詩乃さんは好かれやすいのですね」
「ああいうのに好かれてもなぁ……」
「動物にも好かれやすかったよね。昨日も奈良公園で鹿にいっぱい囲まれてたし」
「ふふふっ。鹿は神様の使いと言われていますから、それに好かれるということはいいことですよ」
鹿に好かれるから怪異にも好かれるのだろうか。
どっちにしろあれはこの旅館にしかいないようだし、霊華が人畜無害だと言っているのだから無駄に怖がる必要はなさそうだ。
「もしかしたら、コダマに好かれたから家までついてくるかもしれませんね」
「……それはちょっといいかも」
お掃除妖精というくらいだし、詩乃たちの手の届かないような場所を綺麗にしてくれるかもしれない。
というか、この旅館の中を散策した時に明らかに人の手が届かないであろう場所も綺麗だったのは、このコダマが勝手にやったことだったのかと今更ながら理解した。
少し霊華と言葉を交わしているとぞろぞろとメンバーが集まってきたので話を切り上げ、荷物を回収しに行って最後の旅館散策を行った。
チェックアウトの時間になったら霊華からお土産として和菓子を色々貰い、お土産を買うならどのお店がいいのかも教えてもらい、旅館を後にしてから各々でお土産を購入。
バスに乗り込んで京都駅まで向かい、到着した新幹線に乗り込んで帰宅している途中、柚子、灯里、ルナの三人が旅行の疲れて眠りこけてしまい、三人仲よく寄り添って眠っているのを全員で微笑ましく見守った。
♢
楽しかった温泉旅行を終えてみんなと別れた後、帰宅した詩乃と詩月はすぐに洗濯物を洗ってしまおうと洋服を出している時に、それを見つけた。
「マジでついてくるとは思わないじゃん」
下着と洋服の間に挟まるようにしてそこにいたもの。それは、霊華の旅館で見つけたコダマだった。しかも二体もいた。
見つかったコダマたちは「よっ」みたいな感じで右腕を左腕を上げ、その後示し合わせたかのようにまた変身ポーズのようなものを取った。
「お姉ちゃん何それ」
「霊華さんいわく、お掃除妖精的な存在のコダマって……シズこれ見えるの?」
「え? 見えるけど……もしかしてそれ、マジでお化けの類?」
「らしいよ。のえるには見えてなかった」
「へー。でもお掃除妖精なんでしょ? 放置でいいんじゃない?」
詩乃の掌の上に乗る二体のうち一体を持ち上げると、ほんのりとひんやりしたもちもちの感触の虜になったのか、蕩けた表情をしていた。
なんて顔をしているんだと呆れると、残った一体が詩乃の体に掴まりながら床に降りていき、どこに隠し持っていたのか身の丈に合った大きさの掃除用具を取り出して、ぽってぽってと洗濯機の下に入り込んでいった。
流石に何も言わないわけにはいかないので、すぐに美琴に連絡して霊華の連絡先を教えてもらい、どうしたらいいのかを聞いた。
『ついてきたのならそのままいさせてあげてください。あ、でも週に一回はちょっとしたご褒美をあげてくださいね。コダマは清酒ともち米が大好物なので、それをあげると喜びます』
「なんかおっさん臭いな」
お酒を飲みながらもち米を食べる様子を想像し、微笑ましいやら呆れるやらで反応に困る。
ともかく好かれてついてきてしまったわけなのだし、追い出すのも忍びないのでこのまま家にいさせることにした。
何が害があるわけでもないし、何ならお掃除をしてくれるので益しかない。ちなみにネズミやゴキブリも見つけたら追い掛け回して排除してくれるらしい。なんと頼もしい小さなお掃除屋さんなのだろうか。
とりあえず長旅させてしまったので、その労いのためにキッチンにおいてある、父親の正宗が買ってきたがほとんど飲んでいない清酒を、ペットボトルのキャップ二つに注いでダイニングの上に置いておいた。
しばらくそのまま置いておいて、気になったので見に行ったら二人でお酒を飲んでちょっと顔を赤くしており、なんかそれが妙に可愛く映ったのでおかわりがいるかを聞き、頷いたのでまたキャップにお酒を注いであげた。
後日、霊華からコダマ用のとっくりとおちょこが届いたのはまた別の話。
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