ゴールデンウィーク温泉旅行記 7
ヒノイズル皇国に上陸し、ワープポイントを開放して近くにある宿からログアウトした後、引き続き観光を楽しむことにシフトする。
午前中の間に京都で見て回れなかったところを見て回り、少し早めの昼食を取ってから京都に来たなら次は奈良だろと電車に乗って移動した。
ならと言えばな法隆寺を始め、東大寺、奈良国立博物館などの定番なスポットを回り、よもぎ餅やみたらし団子を食べ歩き、昨日からずっと食べてしかいないなとみんなで笑い、奈良公園で休憩中に美琴が少し不安そうな顔で自分のお腹を軽く摘まんでいた。
「帰ったら運動量増やさないと」
「でも美琴、十分細くない?」
「モデルやってるから体形管理が大変なんですー。そういうシルヴィだって、さっきちょっと気にしてたの見えたわよ」
「わたしはちょっとお肉が付きやすい体質みたいだから。旅行中だしみんなと楽しむためならたくさん食べるけど、昨日今日でずっと食べてるから」
「シルヴィは少し細すぎる気がしますけどね。もう少しあったほうが見ているこっちとしては安心できます」
「食べたものの栄養が胸に偏り気味な人が何を言う」
「し、シルヴィだって同じじゃないですかっ!」
真っ赤になったフレイヤが胸を両手で隠し、シルヴィアから少し距離を取る。
それを聞いていた詩乃、灯里、ルナ、柚子のささやかな丘組は、揃って視線をフレイヤに向けて、すぐに詩乃は何考えてんだと頭を振ってよもぎ餅にかぶりつく。
「へー。フレイヤさんって、食べたものがそこに行くんだ」
「し、シズさん? なんか目が怖いんですけど……」
「ねえ、普段から好んで食べてるものとかあります? やっぱり豆乳? 豆乳とか乳製品とかですか?」
「目、目が……! 詩乃さん、助けて……!」
「そうなったシズは今のボクじゃ止められないから諦めて」
「薄情者ぉ!?」
薄情とは失礼な、とじりじりシズに詰め寄られて行くフレイヤにちょっと不満気な視線を向ける。
「胸の成長って栄養だけじゃないのよね。もちろんそれが一番重要だけど、睡眠の質とかも関わってくるし」
「へー。……詳しいですね?」
「お母さんがかなり大きい人でね。小さい頃はお母さんみたいになりたいって色々調べたのよ」
「あぁ、それで……」
百七十を超える高身長でありながら、一際存在感を放つ立派な双丘。この大きさは、彼女の日々の栄養管理や睡眠の質管理によるものだと知り、今からでも諸々を改善すれば大きくなるだろうかとぺたりとささやかな主張をするにとどまる自分に胸に触れる。
「睡眠の質で言えば、イリヤちゃんがかなりマットレスにこだわってるって聞いたけど」
「はい、かなりこだわってますよ。ちゃんと眠らないとストレスですし、質が悪いと翌日に疲れを持ち越しちゃいますから」
「私も去年イリヤちゃんに相談して、いいの買っちゃったのよねー。あれから毎日ぐっすり眠れちゃう」
「一時期寝ることそのものが趣味になりかけてたくらいですものね」
「美桜に悪戯されてお昼寝するのやめたけどね」
「無防備に寝ている方が悪い」
「寝ている時は無防備になるでしょー。それに悪戯する方が悪いわよ。またそれやったら今度こそお揚げはお預けだからね」
「ぐっ……! 油揚げを人質に取るなんて、なんて卑怯……!」
睡眠の質も関わってくるのかと興味を持ち、イリヤの方に視線を向ける。
「……ん? なになに? マットレスの相談?」
「いや……まあ、純粋に質が上がればその分パフォーマンスが上がるので」
睡眠不足だと勉強に対する集中も落ちてしまうので、進学校に通っている身としてはそれだけは何としてでも避けたい。
なので質が上がることで寝不足になることがないのであれば、それに越したことはない。成績が下がって親に怒られるなんて経験は、できるのであれば味わいたくはないのだ。
「とはいっても、アドバイスなんてシンプルなんだけどね。体質とか好みなんてその人次第だし、お店に直接行って自分に合ったものを見つけろとしか言えないの」
「まあ、むしろ知り合ったばかりなのに的確に好みとか当てられたらそれはそれで怖いですから」
「というわけだから、帰ったらのエルちゃんと一緒にお買い物デートがてらマットレスとか買って来れば?」
「で、デートって。ボクとのえるはそんな関係じゃ……」
「え? マジで言ってる?」
「マジで言ってますよ」
「……マジか」
なぜか驚かれた。
のえるの方からも何か言ってくれと振り向くと、両手でほんのりと赤くなった頬に触れて、あまり触れちゃいけなさそうだとそっとしておくことにした。
「ところで、詩乃。さっきから君の周りに鹿が集まってくるんだが、別に鹿せんべいを持っているわけじゃないよな?」
何かをずっと言いたげだったアーネストが、タイミングを計って詩乃にそう言ってくる。
言われてみれば確かに、奈良公園に入ってから鹿が集まったり、歩いていると後ろからぞろぞろついてくる。
可愛いし無害なので気にも留めていなかったが、ベンチに腰を掛けて休憩している間も、詩乃たちを囲むように鹿が集まっているので、中々見ることのない光景が広がっている。
「別に何も持ってないよ? ただ人慣れしてるから、好奇心でついて来たんじゃない?」
一匹近付いてきたので、噛まれないかとちょっぴり怖がりつつも頭を撫でると、真っ黒な目を気持ちよさそうに細める。
懐っこくて可愛いなと微笑み、少し撫でてから手を離すとぺこりとお辞儀をしてから離れていき、見えるところで振り向いてからのそりと横になった。
「詩乃ちゃんって動物に好かれやすいとかあったっけ?」
「俺が記憶してる限りでは特になかったな。ここの鹿が特別なのか?」
「何でもいいけど、お行儀良くて可愛いですね」
柚子も撫でてみたいのか、ベンチから降りてしゃがみ、おいでーと手招きするとてくてく歩いてきた。
そっと頭を撫でると、後ろ姿でも分かるほど雰囲気がパッと明るくなり、きっとへにゃへにゃな笑顔でも浮かべているのだろうと想像がつく。
「わ、こっちにも来た」
「美琴は昔から、ここに来ると鹿に囲まれてましたよね」
「ここのパンフレットか何かを鹿に取られて、取り返そうとして敗れてそのまま食べられたこともあったっけ」
「そのパンフレットの件は私じゃなくて、修学旅行でここに来た学生さんの話よ」
奈良の鹿で有名な話だ。修学旅行に来た学生が尻ポケットにパンフレットを入れていたら、鹿に齧られてしまったというのはどの時代でも耳にする。
実際詩乃の中学も、修学旅行の際に別の班の女子が修学旅行のしおりが鞄からはみ出ており、それを鹿に半分ほど食べられてしまったという出来事があった。
詩乃たちはパンフレット等を持っていないのでそのようなことは起きないが、警戒しておくに越したことはない。
「せっかくここにいるんだしさ、鹿さんたちに鹿せんべいあげない?」
「いいですね! さんせーい!」
美琴が鹿せんべいをあげようと提案すると、真っ先にルナが賛成する。
詩乃も修学旅行の時にあげた経験がなく終わったので、やってみたい気持ちがあったためそれに乗っかる。
「兄さん、私もいいかな?」
「いいんじゃないか? 私もやってみたいからな」
近くに鹿せんべいの売店があるので、イリヤがアーネストの腕を取って一足先に向かおうとするが、すぐにルナが追い越していった。
「動画撮ってお姉ちゃんに送らないと」
「それ送ったらお姉さん羨ましがるんじゃない?」
「もう昨日の時点で、何で自分は仕事なんだって嘆いてたよ」
灯里と柚子は仲良く手をつないで歩いていき、その様が尊すぎたので思わず撮影してしまった。
「なんか……鹿がものすごいお辞儀してくるんですけど」
「礼儀正しい鹿ね。ちゃんとおせんべい買ってくるから、待っててね」
フレイヤは繰り返しお辞儀してくる鹿に苦笑し、シルヴィアはしゃがんで頭を撫でてから立ち上がり、フレイヤと一緒に売店まで向かって行った。
「それじゃ、ボクらも行こうか」
「だね。空も手を繋ぐ?」
「遠慮しとくよ」
「じゃあ私がお姉ちゃんと繋ぐー」
「……これだと、ボクがすごく子供っぽく見える気がするのは気のせい?」
「気のせい気のせい」
「絶対違うと思う」
もしこれがアーネストと空の二人によって行われていたら、ずっと昔に有名になったアメリカ人と手を繋ぐエイリアンのあれになっていたかもしれない。
まだ詩月は詩乃よりちょっと高い程度だし、のえるも十センチ以上差はあるがあんな風になるほどじゃないし、こうして手を繋げるのだからそれでよしとしようと割り切る。
でもやっぱり詩月に妹扱いはされたくないのでちょっと文句を言ったら、にまーっと笑みを浮かべながら繋ぐ手に力が入ったので、余計なことを言わなければよかったと項垂れたのであった。
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