陽の出る国
「わ、わわっ」
「落ち着けイリヤ。焦ると逃がすぞ」
「分かってるよ!」
「わっ、こっちもかかりました!」
「えー? 私の方には何もないんだけど」
多脚の軟体動物や甲殻類の足が生えた謎生物のパニックを終え、二時間ほど。
あれ以降はそれはそれは平和なもので、美琴がなぜかインベントリ内にお肉から野菜まで色々持ち込んできており、タコパついでに船上バーベキューを開催している。
せっかく海の上にいるのだから魚も焼こうと言うことになり、アーネストとシエルは引き続き釣りを行い、その隣でイリヤとヘカテー、ルナが並んで釣りをしている。
イリヤが結構大物に当たったのか釣竿が大きくしなっており、アーネストが助けに入る。
それと同時にヘカテーの方にも魚が当たったようで、シエルが助けに入ろうとしたが吸血鬼特有のフィジカルでどうにかしてしまった。
そんな二人を見て、ルナがぷくっと可愛らしく頬を膨らませて不満げにしているが、竿の先端がぴくぴくと少し揺れているので餌に食い付こうとしている。
「ルナちゃん、そろそろかかると思うよ」
「本当ですかー? もう十分もかかってなくて暇なんですけどー」
「釣りって耐久勝負だから仕方ないよ。でもルナちゃんの垂らした糸の周りに集まってると思うよ」
「実感ない───キタあああああああああああああああ!!」
竿が少し大きくしなったタイミングでルナが一気にテンションを取り戻し、思い切り竿の上にあげて合わせをする。
針にかかった魚が左右に大きく動き回ったり逃げようとしているが、逃がさないと自分にバフまでかけ、更に折れたり糸が切れたりしないように竿と糸にまで強化を施して無理やり釣り上げる。
そんなやり方がまかり通っていいのかと思ったが、隣にいるヘカテーがフィジカルオンリーで一気に釣り上げていたので、問題なさそうだ。
「釣れたー! ……なにこれ?」
「見た感じでっかい鮭だね」
「鮭って川の魚って印象があるんだけど」
「産卵のために川を上ってきたやつだね。一応鮭って海の魚なんだよ」
「へー」
甲板の上に降ろすと、まだまだ元気なデカい鮭がびちびちと跳ねて暴れる。
大きさで言えば、流石はファンタジーというべきか。ヘカテーとほぼ同じくらいの大きさだ。デカすぎるし謎に圧のあるビジュアルに苦笑する。
「おっきいの釣れたわねー。えい」
びったんびったんと跳ね回っており、こいつどうしようかとルナと一緒に見つめていると、美琴がやってきて彼女の薙刀の雷薙でぶっ叩いて大人しくさせる。
「そんなリアルの魚をしめるみたいに」
「大きくなってもやり方は変わらないのよ。……うん、ちゃんと美味しいお魚みたいね。捌いてサーモンステーキとかにもできそう。あ、お刺身もできるって」
「はいはい! お寿司食べたいです!」
「ふふっ。そういうと思って酢飯も用意してあるわよ」
「やたー!」
「準備万端すぎません? ちょっと前に夕飯食べたばかりなのに」
「こっちでは何食べても太らないからいーのいーの」
”そういやさっき気になること言ってたね”
”オフ会だとぅ!? 全員リアルの姿を知っていると言うことか!”
”ヨミちゃんのリアルとか超気になる。身長や体形はほぼ変えられないから、リアルでも……太ももがむっちむちな貧乳ロリ……って、コト!?”
”つまりノエルお姉ちゃんも巨乳……って、コト!?”
”んなことよりもアーネストとシエルくん、特に理由はないが〇ね”
”なんで……なんでお前らばっかり……!”
「なんで急にこっちにヘイト向くんだよ」
「君がヨミと幼馴染で、この美少女揃いの中で数少ない男子だからだろ。私も美琴やフレイヤと知り合ったばかりの頃は、よくこうしてヘイトを向けられたよ」
「掲示板でも『罪状:特になし。でも死刑』とか、『罪状:高身長なイケメン。許さん』とか書かれてたよねー」
「最近は君の方にそれが行っているようで助かるよ」
「俺をスケープゴートにすんな剣聖」
「魚を釣った数は私より少ないからだろうか。なぜか気にならないな。負け犬の遠吠えという奴か?」
「てめぇ……。覚えてろよ、ぜってーお前のよりでかいの釣ったる」
妙なところでライバル意識を芽生えさせているシエルとアーネストが、バチバチと火花を散らせて釣りに集中する。
何をやってるんだあの男子どもはと肩を竦め、それなりに時間が経っているはずなのになお熱々のたこ焼きを頬張る。
タコ足が大量にあるためか、タコ焼きに入っているタコはかなり大きく、非常に満足の行く仕上がりだ。
これを知ってしまうとリアルのたこ焼きが少し物足りなく感じてしまいそうだが、もしそうなってしまいそうならこれはゲームだから割り切ろうと考えて、今感じる幸福を享受する。
その幸福を受けるまでに辱めを受けたわけだが、それは記憶の奥底に封印した。
♢
ヒノイズル皇国に着くまでまだ数時間かかると言われたので、暇で仕方なかったのでヨミも釣りに参加したり、フレイヤが新幹線でのリベンジだと言ってシズに懲りずにポーカーを挑み、十回やって八回負けて二回どうにか勝ちをもぎ取り歓喜したりしていた。
釣り勝負でギリギリアーネストに勝利したらしいシエルが、チェスをしようと勝負を持ちかけてきて、流石はブレーンなだけはあるなと苦戦しつつも辛勝したところで、そろそろ寝る時間になったので配信を切り上げてログアウトした。
それから寝るちょっと前まで美琴からガールズトークをしようと言ってきたので、三十分ほど興じたところで中学生組と小学生の灯里、ルナ、柚子が寝落ちしたのでいい加減に寝ようとくすくすと笑い就寝。
その翌朝、のえるに起こされて朝風呂を堪能して霊華の絶品手料理に舌鼓を打った後、ゲームの方はどうなっただろうとみんなで先にログインする。
五感がFDOの自分の体の中に入り込み、目を覚ます。
「んー……! もう着いたのかな?」
ぐぐーっと伸びをしてベッドから降り、部屋の外に出る。
他のメンバーもぞろぞろと部屋から出てきて、みんなで甲板に出る。
「あ! 港が見えますよ!」
真っ先に反応したのはヘカテーだった。
駆け足で手すりの方に向かい、ちょっと体を乗り出し指をさしながらこちらを向く。
───なんだこの可愛い生き物は
船の上から港が見えてテンションが上がっているヘカテーを見てほっこりしながら、ヨミたちも手すりまで歩いていき確かに見える港に少しテンションが上がる。
「ようやく着いたわねー。こうして船で移動すると、本当に時間かかるわね」
「全くじゃ。道中ハプニングもあったしのう」
「被害に遭ったのはボクとシズですけどね」
「根に持っとるのう」
「そりゃあんなことされれば……」
昨日のことを思い出してぶるりと体を震わせる。
体をぬめぬめした触手が絡みつき、吸盤で吸い付かれて気持ち悪くないはずがない。
あの後シズは何食わぬ顔で釣りに参加していたが、ログアウトした後は真顔で当分はタコとイカは見たくないと言っていたので、彼女も結構ダメージを受けている。
「でもまさかフレイヤさんがああいうのダメなのは初めて知りました」
「フレイヤ様は幼少期に某海賊映画を見て、それに登場したクラーケンでちょっとしたトラウマになったみたいです」
「海賊……あー、カリブの?」
「その通りでございます。映画自体は好きなようですので時々見ておりますが、クラーケンが出てくる時はいつも怖がっております」
「な、何を吹き込んでいるのですか! そんなことを言うなら、リタだってホラーを見たら大絶叫するじゃないですか!」
「それが一番想像付かない」
今隣にいるメイドさんはいつも妖しい笑みをたたえており、何を考えているのかが読めない。
雰囲気もクールで大人しく、怖いものなしみたいな印象を受けるのに、ホラーがダメダメらしい。
しかしリタが悲鳴を上げているところなんて想像もつかない。
「去年のハロウィンの時に着信音っていうホラー映画見た時、一番おっきな悲鳴上げてたよねー。私もホラーはてんでダメだけど、私よりも弱いのは予想外だったわ」
「……あんなの、正気な人が見るものじゃありません」
「まあ、着信音って日本一怖いって称号貰ってるし、リタさんのその評価も間違ってないのよね」
「美琴は意地でも見たくないとごねていましたが、昌に強行されましたよね」
「あの時のあいつ、絶対にやにや笑ってた」
「……昌?」
以前も会話の中で名前が登場していて覚えていたので、またここで登場したので気になり質問する。
「私のマネージャーよ。配信しろって提案してきたの、昌っていう私のクラスメイトなのよ」
「へー。最初から配信者になったわけじゃないんですね」
「あの子も私の友達だからってFDOのβテストを受けてさ、その時から私の戦い方を見て配信しろしろうるさかったのよ。配信活動なんて興味なかったけど、まあやってみようかってやってみたらこれが面白くて」
「美琴さんの戦い方ってド派手だから、あっという間に人気集めましたよね。かくいう私もその派手さに憧れてFDOと配信を始めた口です」
どやっ、と腰に手を当てていうルナ。
ルナも配信活動をしているとゴルドフレイ戦の前に教えてもらったのでちまちまアーカイブを見返しているが、確かに月魔術という強力なバフデバフが使える魔術に、通常の派手な魔術で敵を薙ぎ倒していっている。
近接に持ち込まれることもややあるが、その際の立ち回りがかなり美琴のものに似ていたので、教えてもらっているか自分で真似してやっているのだろう。
憧れを真似するというのはいい原動力だ。最近のヘカテーがそれに近く、毎日ヨミの鎖や血の武器を使った立体的な動きを真似して練習している。
日に上達していっているので、その内コンビで空中機動をしているかもしれない。
そこからに十分ほど雑談に興じていると、気が付いた時には港に到着していた。
ヘカテーが先頭を走っていき、カンカンとブーツの踵で足音を慣らしながら鉄製の階段を駆け下りていき、残り二段でぴょんと飛んで一番乗りで地面に降り立つ。
昔、シズもああいう超可愛らしい時期もあったなと、ここのところずっと暴走している実妹に温かい目を向ける。
「なに」
「別に」
あの頃のお兄ちゃんと呼んで甘えてくる妹はもういないのだと、ちょっと寂しく思いながら階段を降りていき、後ろをついてくるノエルの方を一度向いて右手を差し出す。
一瞬驚いたように目を丸くしてからへにゃっと破顔して、差し出された手を取って一緒に階段を下り切る。
「おー! 目に見える範囲だけでも純和風建築だらけ! ボクこういうの大好き!」
「昔の日本もこんな風景だったんだって思うと、西洋化が進んじゃって便利な一方でちょっと残念に感じちゃうね」
海風で髪を乱されながらも、視界に映る建物に興奮する。
やはり日本人男児として生まれたからには、こういうものは大好物になってしまう。
「みんなようこそ、陽が出る国、ヒノイズル皇国へ」
一番最後に降りた美琴がヨミたちを歓迎するように両手を広げながら言う。
こうしてヨミたちは、アンブロジアズ魔導王国、ノーザンフロスト王国に続き、三つ目の国となるヒノイズル皇国に上陸した。
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