第4話 嫌なのです
入院してさらに三日過ぎた。僕は大変暇をしている。すっかり体力は回復した。魔力も回復した、と思うのだがベッドの上で寝ることを勧められている。
一般的な男性(甲種戦略物質)は、魔女とキスをして魔力提供をおこなうと、数週間の入院が必要なくらい衰弱するらしいからだ。僕も数週間は入院しなければならない。
この世界は男に過保護だ。十人に一人の割合でしか男が生まれない。しかも女性より力が弱いときた。
それゆえに、男というだけで女性にチヤホヤされる。男は、女性にアクセサリー感覚でチヤホヤされ、庇護の対象とされる。
僕も男なので例外なく女性にチヤホヤされた。その結果、元気なのに野戦病院より設備の整った後方の病院へ、優先的に転院となりそうだった。
その転院を強硬に叫んでいるのが、僕を種馬にしたい、あの女医さんだ。転院させて、楯突くノエルと僕の距離を物理的にとることで、有耶無耶のうちに僕を種馬にしようという腹だろう。
政治が得意そうな女医さんだったし、方々に手を回したのだろう。その証拠に、ノエルのご実家から文句がつかない。
まぁ、ご実家の方も年頃の姫君であるノエルが、よくわからない平民を可愛がるのを、いつまでもよしとしない。
たとえ、ノエルが愛玩動物程度にしか僕を思っていなくても、一応、異性だから体面がよろしくないのだ。帝国貴族だし体面が何よりも重要だ。
「ウィル……あの……」
ノエルが蚊の鳴く声で言った。チラリと病室の入口へ視線を向けると、あの女医さんが椅子に腰掛け、僕とノエルを見ている。僕の視線に気がついたのか、ニコッと笑う。余裕の笑みだ。
ノエルが極度の人見知りなのを逆手に取られ、ここ数日、病室にずっと女医さんが待機している。
「貴重な戦略物質である男に何かあってはいけない!」という名目上、追い出すわけにもいけない。
下手に追い出そうとすると、「錯乱した!」とかいって後方の病院に連れていかれる。
多分、あの女医さんはそれくらいやるだろう。
おかげで人見知りが発動しているノエルは、お見舞いに来ても黙りこくってしまっていた。僕が話しかけても「あ、はい」「あ、はぁ」「あ、うん」の三語で会話をまわされた。
いよいよ、僕の転院の話が動き出した、今日という日に、ノエルは自発的に声を発した。でも、黙ってしまったから続きを促す。
「なに? どうしたの、ノエル」
「わ、私はダメな奴なんだ……いつも自分のことばかり……」
ノエルは泣きそうな顔をしていた。
「えぇ? どうした?」
「ウィルが後方の病院へ行くのが……嫌なんだ。みなはウィルのため、帝国のためにって言うけど……私はたまらなく嫌で我慢できない……」
ノエルは言う。ぎゅっと握った手に力が入っているようで、わずかに震えていた。感情を表に出さないノエルが怒りや嫌悪感の表現をしている。
僕は息を呑んだ。
「理由を聞いていいかな?」
「後方の病院へいかせてしまったら、複数の女性と体を重ねるのでしょ? それで……それは、私の知るウィルじゃなくなってしまいそうで、怖い。きっと私はウィルを後方の病院へおくったことを一生後悔する……から……嫌だ」
ノエルは泣きそうな声で、震えながら言う。
童貞なのでどう変わるかは一切検討がつかない。変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。
後方の病院は、安全は保証されているけど、人格が変わる程度に嫌な目にあうのだろう、ということは察しの悪い僕でもわかる。
「ノエルは僕にどうしてほしい?」
「……ウィルには安全な後方……にいてもらいたい。戦場なんて男の来る場所じゃないから」
ノエルの中には、僕が後方に行き安全に生活してもらいたいという強い思いがある。
ノエルは顔をあげて僕の目を見て言った。
「でも、でもね、……わがままだとわかっている。それでも、こんな危険な場所だけど、ウィルには一緒にいて欲しいの。……遠くにいかないでほしい。お願いします」
僕は震えているノエルの手を両手で掴み、ムニムニと揉みほぐす。ノエルは何も言わず、揉みほぐされた。すっかりこわばっていた手を緩めることができたので、ノエルに言った。
「じゃあ、僕はノエルの近くにいるね。後方の病院にはいかないよ」
「……え。あぅ……なんで?」
「なんでって。ノエルが僕のことをしっかり考えてくれているのが嬉しかったから、じゃダメ?」
「あぅ」
「ちょっと! ウィル君。君は後方の病院へ行くんですよ!」
今まで黙っていた女医さんが怒鳴った。椅子が立った勢いでひっくり返ったが、女医さんは気にしない。ノエルはビクッと体を震わせて、彼女を見る。
顔を赤くして女医さんが怒っていた。
「ノエルがやれと命じれば種馬でもなんでもやるけど、転院の話はノエルが明確に拒否した案件です。ノエルが『嫌だ』と拒否したのなら、皇帝が出てこようが、僕は絶対にやりません!」
「君のような稀有な血統を絶やすことがどれだけ、帝国の未来のためにならないかお分かり?」
「僕はノエルが幸せのうちに笑って死ねるような未来以外、興味ありません」
僕は女医さんにニコリと微笑む。それが気に障ったらしく女医さんは忌々しげに舌打ちをする。
「男の分際で女の決定に逆らうとはいい度胸ね!」
「自分の意思表示をするのに、女とか男って関係ありますか?」
女医さんは僕に向かって歩いてくると、白衣の下に隠していた乗馬用の鞭を抜き振りかぶった。
「従順になるように後方でしつけも受けなさい!」
鞭を振るう。僕の顔面に向かって振り下ろされた鞭。反射的に目をつぶるが、痛みがいつになってもこない。おや? と思い目を開けると、鞭の大部分が炎によって焼け落ちていた。
僕はベッドのわきに座るノエルに視線を向けた。ノエルは不愉快そうな顔をして、女医さんを睨んでいる。そうか、魔法で鞭を焼き切ったのか。
あの紅い瞳に女医さんはすっかり萎縮してしまっている。
「ウィルは……す、すっかり元気なよう。わ、私の部隊であずかります」
「……お、覚えていなさいよ! あなたから絶対に彼を奪ってやるわ! 帝国のために!」
ノエルは「ふん」と鼻で笑い、病室から僕を連れ出した。
帝国最強の悪役令嬢:紅き瞳の姫君は恋の陰謀で思い悩む 宮本宮 @zamaba
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