二十首連作『インクボトル』

石川葉

インクボトル

街灯がまばたきをして空の底夜はそそがれ肺にあふれる


夜聞けば星の秘密を得るというささやく声の「クジラ浮遊す」


その色はミッドナイトブルーペリカンの万年筆に吸われ鳴き出す


口づけを交わした理由君の目が夜におぼれる魚みたいで


いつの日か梱包されて空昇るラナンキュラスとバラが詰草


オオミズアオ口づけさえも奪われて蝶の鱗が指から消えない


睡蓮が肺臓の中ほころんで見上げる夜に星を数える


朝焼けは月の雫が起こすものウスベニアオイ酸いあきらめ


イヤフォンを外せばたちまち夜の波電車の音がくぐもり空へ


両切りのショートピースが空焦がす束の間だった煙たゆたう


羊飼いノエルノエルと讃美歌が夏の夜にもこだまし続け


夜は嫌いわたしの影のつま先が側溝に落ち戻ってこない


うつくしい静かで怖い何もない夜の教室月の明かりが


影の乗るメリーゴーラウンドユニコーンいつまで乗るのバターになるまで


真夜中の横断歩道で天仰ぐ流れ星あり願いの叶う


雨の日に花を掲げる動物がどうして互いに戦争するのか


影のためバレンシアガの服を着るくるくる回りアラベスクする


咳をして口から夜がこぼれ出る白い花弁が星とまぎれて


空になるインクボトルの底に差す日だまりを汲むすり抜けてしまう


サイダーの泡をひと粒吹き出せば夜に漂うシャボン玉になる

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