第29話 総括

 マクシミリアンは銃や弾丸を回収して、貸し倉庫に入庫するため妖精を呼び出した。

 妖精はご機嫌だ。


「領地の最高指導者になったね。おめでとう」


 子爵と言わないのがいかにも妖精らしいと思い、マクシミリアンは笑った。


「指導者っていうのはどうなのかな」

「指導者だよ。これから人間と亜人が共存できるように、いがみ合っている人民を指導していくんだから」

「まあそうか」

「そうだよ。世の中指導することを諦めた連中が宗教的な倫理観や法律を作って、人民の行動を制限しているんだ。そういう連中は指導者ではない。君にはそうなってほしくはない」

「言われてみればそうか。倫理観や法律で縛らないと、人は自由に行動をしてしまうからね」


 マクシミリアンは妖精の言葉に納得した。


「そうだよ。旧約聖書のソドムとゴモラの話だってそうさ。人には古来より同性愛があった。だけど、当時は何とかして子供を産ませる必要があったから、宗教で同性愛を禁止したんだろうね」

「それでいえば、世界では共産党が法律で禁止されている国があるんだけど」


 マクシミリアンがいれたちゃちゃに、妖精はムッとした。


「それは共産主義を語る偽物が有名になったせいだよ。そいつらのせいでブレジンスキーに『20世紀における人類の共産主義との遭遇ほど、無意味で大きな犠牲を引き起こしたものはなかった』なんて言われてしまったのさ。真のマルクス主義を理解した指導者による指導体制を確立できれば、人類はよりよい方向に発展するはずだ。一党独裁での指導体制を領地に築こうじゃないか」

「ルソーの『エミール』じゃないけど、あまり指導者があれをするな、これをするなって言うと、自分で判断できない人民が増えそうだけどね」

「ルソーなんて中途半端な社会主義を考えた奴だ。そんな奴の言うことなんて大したことない。マルクスを読むべきだよ。あと毛沢東語録」

「あ、差し入れしてくれたのは読んだよ。でも、今回役に立ったのはそうした思想じゃなくて、敵と戦うための武器だったけど」


 これを言ったら怒るかなと思いつつも、正直な感想を伝えると、妖精の顔がほころぶ。


「そうだよ。一度だってペンが剣より強かったことなんてない。権力と戦うためには武器が必要なんだ」

「それは痛感した。創業社長に感謝の気持ちを伝えたいね」


 その言葉を聞くと、妖精は目をつぶって瞑想する。

 マクシミリアンはどうしたことかと、その妖精の顔を覗き込んだ。

 しばらくして妖精は目を見開く。そして口も開いた。


「安保闘争と学園闘争を見て、革命の必要性を感じ、それから半世紀。ずっと社会の片隅で武装闘争の準備をしてきた。だけど、年齢とともに体も自由がきかなくなってきた。自分の子供や孫も社会に不満がありつつも自分たちが若いころに感じていたような大きな不満と、このままでは日本が駄目になるという焦燥感は持っていない。貧富の差はありながらも、革命が支持されるほどの社会状況ではない。そんな日本で体が動くうちに武装闘争を開始する意味なんかないと思っていた。そして振り返れば、自分の半世紀に及ぶ人生が無駄だったと思えていたところに、こうして異世界で準備してきたことを活用してくれ、虐げられていた人民を救った若者が誕生した。自分の人生が無駄ではなかったと証明してくれた君に感謝しているってさ。これで彼の人生の総括が出来たんだ」

「創業社長と会話してきたの?」

「直接的ではなく、夢の中でだけどね。君が労災で死んで以降、ろくに眠れていなかったようで、少し眠気を注入したら、コロッといったよ」

「それは申し訳ないことをした。っていうか、僕が死んだのは僕のミスじゃないけどね」


 マクシミリアンは前世で一緒に仕事していた人たちの顔を思い浮かべる。その中の誰かのせいで死んで、こうして異世界で戦う羽目になったのだ。文句の一つも言ってやりたいと思った。


「それでね、創業社長は異世界だけじゃなく、地球上でもいまだに子供や非戦闘員が理不尽に死んでいる状況を改善したいって意欲に燃えている。あのままじゃ、もうすぐお迎えがくるところだったけど、この分ならあと30年は元気で活動するんじゃないかな」

「日本で革命するってわけじゃないんだ」

「そうだね。日本で革命することに意義は見いだせないから。でも、世界なら違う。抑圧されている人民のためにも立ち上がるべきだと、ね」


 妖精はウインクした。

 マクシミリアンは怪訝な目でそれを見る。


「まさかとは思うけど、自分で反政府組織に加わって戦うつもりじゃ?」

「ないない。老人がひとり行ったところでなんの役に立つと思う。それに、反政府組織だって普通の人民を無差別攻撃したりしていて、人民の味方ってわけでもないからね。そんなところに武器を売ったりするのもしないよ」

「じゃあ、何をするのさ?」

「それは言えないな。どこで刑事(デカ)が聞いているからわからないから」

「ここにはいないんじゃない?」

「昔、学生寮にやって来た電気工事業者が実は刑事で、そこらじゅうに盗聴器を仕掛けていったこともある。変装したり、隠れ潜むのが奴らの習性。蜘蛛やゴキブリよりもいると思った方がいい」

「それだけいるなら日本の治安も安泰だ」


 そう言いながらも、マクシミリアンは周囲をきょろきょろと見回した。左曲がりの妖精がいるのなら、それを監視する妖精がいても不思議ではないと思ったのだ。

 そして、何も見当たらないのでマクシミリアンは会話を続ける。


「でもさ、本当ならそうした虐げられる人々のところに創業社長じゃなくて妖精さんが行けたらいいのにね」

「まったくだよ。世の中、神や正義の味方が助けてくれることなんてないんだ。自分たちでなんとかするしかないんだよ。だけど、力が無いからどうにも出来ない人民が多い。そうした人民に力を与えられたらどんなに良いか」

「ここだけの成功事例に終わらないといいね」

「ここが成功事例だって?まだまだこれからだよ。二段階革命論のブルジョア民主主義革命にすら到達していないんだよ。君は子爵であり、封建制のままなんだから。まあ、市民革命を起こすほど社会が発展していないから、それでいいんだけどね。今ここで市民革命っぽいのがあって成功したら、そこは戦後の闇市より無秩序になるだろうね。まずは資本主義による革命、そしてその後のプロレタリア革命へと繋がるような治世になるように頑張ってね」

「いや、無理に革命に向かわなくてもいいじゃない。そこは人民の判断だよ」

「それもそうか。では、勝利を祝して一緒にインターナショナルを歌おうか」

「いや、著作権管理団体から使用料を請求されそうだから止めとくよ」

「革命歌は人民のものだ。それを使用料だって。そんな団体、革命が成功したあかつきには滅ぼしてやるよ」

「あ、うん。ほどほどにね」


 思わぬところで妖精の地雷を踏んでしまい、マクシミリアンは後頭部を手で掻いた。


「みんなが待っているからそろそろ行くね。できればこれからは、ここに武器を取りに来ないようにしたい。いままでありがとう」

「どういたしまして」


 マクシミリアンは妖精に礼を言うと、入庫を確認して元の世界に戻った。

 マクシミリアンの意識が戻ってくると、自分の顔を覗き込んでいるドローテに気づいた。


「うわっ」

「戻って来たか。随分と長いこと意識が戻ってこないから心配したぞ」

「今までのお礼を言っていたら長くなってね」

「変わっているな。スキルにお礼を言うのか」

「僕のスキルは誰かの50年の思いが詰まったものですからね。その人に敬意を表しますよ」


 マクシミリアンが上を見てそう言うと、ドローテはマクシミリアンの視線の先を目で追う。


「なるほどな。では、これから移動する前にささやかな祝いをもうけるが、その時一緒にその誰かにも感謝しながら盃を傾けるとするか」

「そうじゃの。なら、マクシミリアンにまたあの美味い酒を調達してもらわんとな」


 酒の話が出たのでジルがのってくる。

 マクシミリアンは今さっき感動の挨拶をした妖精に、すぐにまた酒の調達を頼むのかと思って苦笑いを浮かべた。



【後書き】

ここまで読んでくれた方、最後までお付き合いありがとうございました。10万文字以内と思って色々省いてたけど、文字数に余裕あったな。それにしても、当時の話を聞かせてくれたみなさん、50年以上前の事なのによく覚えていますね。今は昨日食べたご飯のおかずを忘れるっていうのに。っていうわけで、ちょいちょい実話が入ってます。テロの準備とかは違いますが。それではまた次の作品で。

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期待外れギフトのせいで家から追い出されたので、ド田舎でスローライフをしたい。そう思っていたら、スキルで呼び出した妖精の思想が強めで、目の前が真っ赤っ赤に。ここはアジトじゃないんだぞ 工程能力1.33 @takizawa6121

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