第28話 爵位

 ドローテは倒れているゲルタに近寄った。死亡を確認するためだ。

 マクシミリアンはふと、影武者の存在を思い付いた。


「身代わりとなる影武者だったりしますかね?」

「いや、私の知る限りで姉貴に影武者はいなかった。本物の姉貴だな」


 死体の隅々まで確認したドローテは、それが姉であることを確信した。

 影武者という言葉を知らないアッシュは、マクシミリアンに質問する。


「マー、影武者って何?」

「偉い人に似たそっくりさんだよ。今回みたいに敵が乗り込んできたときに、偉い人のふりをして敵の目を欺くんだ。そして、本当の偉い人はその間に遠くに逃げたり、安全なところから攻撃してきた奴が誰なのかを探ったりするんだ」

「ふーん。じゃあ、確認してから撃った方が良かったかな」

「いや、僕たちは公爵本人を知らないから、偽物か本物か確認しようがないよ。ドローテ嬢の会話から本人だろうとは思っていたけどね」


 その会話の最中に、ドローテはゲルタの死体を整える。

 ジルはその様子が不思議だった。


「自分を殺そうとした相手じゃぞ」

「こんなのでも家族だからな。まあ、この後父殺しの罪を公表して、葬式もあげてやれなくなるのだがな。私たち姉妹はどこで道を違えてしまったのだろうな」

「目指す目的地は同じ平和でも、通る道順は同じとはならんかったなわしらドワーフでも、良いものを作ろうとしても、作業は同じにはならんことが多い。そのせいでぶつかって、師弟や家族関係が壊れることもある。わしもそうじゃったしな。実の兄とはもう何年もあっとらんわい」


 ジルの昔話にドローテは興味を持った。


「頑固なんだな」

「ああ。わしも相当じゃが、兄もな。それでいて兄貴風を吹かせて弟の言うことなんか聞きゃせんから、頭にくんじゃ」

「うちも同じだよ。特に姉貴は賢神のギフトを持っていて、言い合いじゃ絶対に勝てなかった」


 ドローテが昔を思い出していると、兵士が謁見の間に入ってきた。


「ドローテ様、城内の鎮圧完了いたしました。カタリナ様もお救いして、こちらにお連れするところです」


 ドローテは直ぐに指揮官の顔に戻る。


「ご苦労。前公爵を弑逆した叛徒は討ち取った。勝利を声高らかに宣言せよ」


 報告の通り、城内のゲルタ勢力は皆降伏していた。重騎士たちが最後まで抵抗していたが、銃弾で少しずつ削られていく状況に、指揮官が降伏を決断したのだった。

 そして、謁見の間にケンたちとカタリナがやってくる。

 カタリナはドローテの顔を見ると、表情が一気に明るくなった。


「ドローテ姉様!」

「カタリナ、迎えに来るのが遅くなってすまない」

「いいえ。それでゲルタ姉様は?」

「そこだ」


 ドローテの顔に意識が集中していたカタリナは、倒れているゲルタが目に入っていなかった。

 ドローテの指のさすほうをみて、ようやくゲルタの死体が目に入った。


「ゲルタ姉様を殺したのですか?」

「そうだ。姉貴は親父を殺し、私も殺そうとした。私を殺したならば、次はカタリナだったろうな」

「それは、どういうことでしょうか?」


 ドローテの説明ではわかりにくかったため、カタリナはさらに詳しい説明を求めた。ドローテは父の暗殺の真相から始まり、アンシュッツ子爵領への出征とマクシミリアンとの協力、戻ってゲルタを討ったことを伝えた。

 真実を伝えられたカタリナの顔は青ざめる。


「私が和平交渉を言ったばかりに、お父様が命を落とすことに」

「姉貴がそんな気にならなければ、親父は死なずに済んだのかもしれないな。ま、今となっては和平交渉に反対する奴がいなくなったから、カタリナの自由にやればいい」

「私がですか?」


 カタリナはドローテを見た。ドローテは頷く。


「カタリナ、公爵を継げ」

「しかし、ドローテ姉様がいるではないですか」

「いや、私には政治はわからぬ。私は軍人である。剣を振り、馬に乗って暮らしてきた。けれども、今ではその剣も振れないし、馬の手綱を握るのも難しいかもしれぬがな」


 笑いながら折れた腕を見せた。

 そして続ける。


「それに、私は子を産むことが出来ない。シュタイアー公爵家の血を絶やさぬためにも、カタリナが継ぐのだ」

「はい」


 カタリナはドローテに説得されて、公爵となることを決意した。

 ゲルタの亡骸を運び出すよう指示を出し、その後、改めて謁見の間を見渡す。


「ここには人間も、ドワーフも、ワータイガーも、ワーフォックスもいるのに、笑顔が溢れているのですね」


 カタリナの目には各々の笑顔が映っていた。連合軍としてゲルタを討つという大仕事をやり遂げた達成感によるものだった。そして、皆がお互いを称えあっていた。

 ドローテはカタリナの横に並び、同じ方向を向く。


「そうだ。お前の望む世界が、もうすでにここでは達成されている。アンシュッツ子爵など、獣人の集落で一緒に暮らしておったのだぞ」

「まあ。でも、どうして子爵が?」


 そう言われてマクシミリアンはばつが悪そうにこたえる。


「実はギフトのせいで実家を追い出されまして。一応代官として赴任したのが、その集落を含む一帯だったのです。僕は子爵といっても、父と兄たちが死んだので、正式に継いだわけではないんですよ」

「何を言っておるか。それならば、寄り親の権限で、シュタイアー公爵家として正式に子爵であると認めさせようか。なあ、カタリナ」


 話を振られたカタリナは戸惑う。


「子爵となるのが嫌ではないのですか?どうもそのように見えますが」

「今の生活が気に入ってますからね」


 カタリナとマクシミリアンの会話を聞いて、アッシュは不安になった。


「マー、貴族になったら出ていくの?」

「出ていくことになるかなあ。あそこから領地全体を統治するのは難しいから」

「嫌だよ!」


 アッシュはマクシミリアンが出て行かないように、貴族にならないでと懇願した。マクシミリアンは困った表情で、言いだしっぺであるドローテを見た。

 ドローテはクスクスと笑う。


「何も貴君ひとりで出て行かなくてもよいではないか。元々辺境に追いやられてあそこで暮らしていたのであろう。争いが無くなるのであれば、獣人だろうがドワーフだろうが町で暮らせばよいではないか」

「ドローテ姉様、それは素晴らしいですわ」


 カタリナはドローテの手を取って喜んだ。マクシミリアンに人と亜人の融和した領地をつくるという宿題を与えたのである。

 一方、マクシミリアンの方は困惑した。


「長きにわたり争ってきたのに、僕が領主になったから今日から仲良くねっていうわけにはいかないでしょう。何世代も経て、身内が相手に殺されたという恨みを持った人がいなくなるまでは、適度な距離を保っていた方が良いと思います。武器を置いて、距離を置いて、お互いを少しずつ理解するところから始めていかないと」

「じゃあ、一緒には暮らせないの?」


 アッシュは泣きそうな表情でマクシミリアンを見た。マクシミリアンは首を横に振る。


「町の一区画を亜人の居住区にするから、みんなでそこに引っ越せばいい。最初は偏見もあるかもしれないけど、何事も始めなければ進まない。アッシュの世代からは、武器を持っていがみ合うのは無くしていこう。最初は表面上だけの融和でもいい。それを何百年と続ければ、いつかは本当の融和に変わる。嘘だって千年言い続ければ本当になるんだからね。っていうことでどうかな、ケン」


 ケンは首肯する。


「武器を持って戦うよりよっぽど難しそうだが、やってみる価値はあるな」


 こうして、ワーフォックスの集落から移住することとなった。


「では決まりだな。アンシュッツ子爵、見事人と亜人の融和を成し遂げてみよ」

「ご下命、謹んで賜ります」

「そういうわけだ、カタリナ。私も子爵とともに融和を進めるぞ。後見だしな」

「あら、ドローテ姉様それはどうしてでございますか?」

「言ったではないか。後見として一緒にだな」


 そういうドローテを見て、カタリナはクスクスと笑う。


「軍一筋のドローテ姉様が惚れたようで。子爵はいったいどのような魔法を使ったのでしょうか?」


 その質問にはジルが答えた。


「公都に向かう道中、マクシミリアンの調達した食い物と酒で、胃袋をがっちり握られたようじゃの。まあ、他の兵士もあれを味わってしまったら、子爵軍に編入されたいと思うじゃろうな。かくいうわしも、マクシミリアンと離れてしまい、毎日の食事がつまらなくなるのは耐え難い」

「こら!ドワーフ!」


 事実を暴露され、ドローテは顔を真っ赤にした。照れ隠しでジルに強い言葉をぶつけるが、そこに怒りの感情は入っていなかった。

 その場にいた皆が、一斉に笑いだして、謁見の間は笑いに包まれた。

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