第27話 けんしん

 城内謁見の間、マクシミリアンたちはそこでゲルタを発見する。

 謁見の間は主である公爵が来訪者を見下ろせるように、公爵の座る椅子が一段高いところにあった。そこにゲルタはたったひとりで座っていた。

 ドローテはゲルタを見上げて、睨みつけた。


「姉貴、親父を襲わせたのは何故だ?」

「人と亜人が争って千年。その間お互いに多くの血を流してきた。天まで届くほど積みあがった恨みがあるというのに、今更和平交渉がなんになるというのか」


 ゲルタは父親を殺したことを否定しなかった。そして、襲撃事件がつまらないこと、俗事であるように、ドローテを小ばかにしたような薄ら笑いを浮かべた。


「死なすことは無かっただろうに、姉貴!」


 ドローテの怒りが爆発し、その声が謁見の間に響き渡る。

 ゲルタはドローテの強い口調にも動じることはなかった。ゆっくりと首を横に振る。


「これはどちらかが滅びるまで終わらない戦いだ。和平交渉など獣人に殺された母上への冒涜だ。父上はそれをわかっていなかった。いや、昔はわかっていたのだろうが、歳を取ってカタリナの理想主義に毒されたのだろうな」

「だから、親父を殺し、カタリナを軟禁して、私まで殺そうとしたのか」

「獣人に襲われて、女としての機能を失ったお前が、カタリナの理想主義に共鳴するとは思わなかったよ」

「理想主義に共鳴したからというだけで殺すのか!戦場にクレフを送り込んだりして!」

「いや。それなら先にカタリナを殺しているよ」


 クレフを使った暗殺を計画したことは否定しないゲルタ。ドローテはあっさり認められるとは思っていなかったので、すこし拍子抜けした。

 が、だからといって怒りが収まるわけではなかった。やはり強い口調で会話を続ける。


「じゃあ、何故!」

「父上の死の真実に近づいたからだな。私は亜人どもを根絶やしにするまで、この権力を手離すわけにはゆかぬゆえ」


 どこまでもドローテを小ばかにしたような態度に、ドローテは会話をすることを止めることにした。


「父殺しの罪はたとえ公爵であっても免れることは出来ない。あの世で親父に詫びるんだな!アンシュッツ、この罪人を――――」


 撃てと言おうとしたところで、ドローテの言葉が止まる。

 側面の柱の陰から飛び出してきた人物によって、しゃべることを遮られたのだ。


「っっっ!!!」


 ドローテはその人物の繰り出す拳を怪我している腕で受け止めたが、激痛に顔がゆがむ。アンシュッツ子爵にやられた傷のせいで体が思うように動かず、相手の攻撃に反応はしたものの、正面から攻撃を受け止めるのが精いっぱいだったため、腕にもろにダメージを受けたのだ。

 腕の骨が折れたのだった。


「暗殺者!生きていたのか」


 マクシミリアンたちの目に映ったのは、ドローテを暗殺しようとしたクレフだった。死亡を確認した相手が、再びこうして目の前に登場したことに一同は驚く。


「クレフの双子の弟、クリフだ。拳神のギフトを持っているぞ」


 ゲルタは冷酷な笑みを浮かべる。それは、自身の勝利と妹たちの死を確信した笑みであった。


「ドローテ、いくら剣神といえども、剣を握れなければただの人だな。母上の元に送ってやる」


 ドローテはゲルタを睨みつけたかったが、そんな余裕はなかった。クリフから少しでも視線を外せば、彼の拳が確実に自分の急所を捉えることがわかっているのだ。

 ドローテとクリフがにらみ合い、お互いに隙を伺う中、アッシュが動いた。


「当たれえええええ!!!!」


 そう言って自動小銃の引き金を引く。発射音と床に落ちる薬きょうの音が室内に響く。しかし、クリフを傷つけることは出来なかった。撃ち込まれた弾丸を全て回避したのだ。


「全部躱された」


 アッシュが悔しそうに言いながら、弾倉を交換する。


「筒の方向を見ていれば、飛来する軌道が予測できるからな。拳神ともなれば、可能であろう」


 ドローテが説明してくれた。彼女は説明しながらもクリフと距離をとる。腕の骨が折れて剣を握れない彼女は、クリフと戦ってもダメージを与えることが出来ないため、なんとか距離をとる隙を伺っていたのだ。


「ならば、こいつでどうじゃ」


 ジルはそういうと導火線に火のついた鉄パイプ爆弾を、クリフ目掛けて投げつけた。

 やまなりに飛んでくる鉄パイプ爆弾を見たクリフは、爆弾を知らないためそれを大したことない攻撃だと馬鹿にした。


「こんなもの当たらないし、当たったところでどうということは――――」


 ドンっという低い音がした。

 問題ないと言おうとしたところで、クリフの顔の前で鉄パイプ爆弾が爆発したのだ。

 常人であればその爆発をまともにくらうところであるが、拳神のギフトを持つクリフは咄嗟に顔の前を両腕で覆い、爆風と爆弾が飛ばした破片を防ぐ。

 ただし、無傷というわけにはいかなかった。


「貴様から殺してやる」


 血まみれの腕で構えをとり、ジルを睨みつけるクリフ。

 クリフがジルを攻撃しようとしたとき、ドローテが指示を出す。


「姉貴を狙え!」


 その指示でマクシミリアンとアッシュ、ジルは自動小銃の狙いをゲルタに向けた。

 クリフは急遽射線を遮るように、三人とゲルタの間に割って入る。


「うぉおおおぉ!!!」


 アッシュが叫びながら引き金を引く。フルオートで発射される弾丸。

 しかし、そのすべてをクリフが手で掴まえた。スキルを発動したのである。


「スキル『見極め』。相手の攻撃を見極めることが出来る俺なら、お前らの飛び道具も目で捉えて、手で掴まえることが出来る」


 クリフが得意げに言った。


「かまうな、撃ち続けろ。スキルには魔力を使う。魔力が切れればスキルは使えなくなる」


 ドローテはそう指示を出す。

 マクシミリアン、ジル、アッシュと順番で切らさないように撃ち続ける。一人が弾切れになったら、他の者が攻撃することによって、弾倉交換の時間を稼いだ。

 だが、ずっと撃ち続けられる銃などない。熱が銃身に負担をかけるからだ。このままでは銃身が曲がるか割れるかしてしまう。

 マクシミリアンは膠着状態で相手の魔力がいつ切れるかわからないため、他の方法を模索した。そして、妖精を呼び出す。


「フッ化水素を調達してほしい」

「また、随分と非人道的な」


 フッ化水素は特定化学物質であり、その致死量は体重あたり20mg/kgである。体内に浸透すると血液中のカルシウムイオンが急速に消費され、血中カルシウム濃度が低下し死亡する。なお、死亡しないまでも触れた個所の皮膚が壊死することもある。


「人道的な戦争も武器もないよ。殺し合いなのにこれは人道的、これは非人道的なんて区分をつけることが間違っている。あ、急いでいるからその話はまたあとで。あいつの頭上に届けて」

「はいよ」


 すぐにフッ化水素がクリフの頭上に届けられ、クリフはそれを全身に浴びる。


「何だこれは?」


 最初は水がかかっただけだと思っていたクリフは、すぐに全身に激痛が走り苦しみだす。


「ぎゃああああ」


 叫びながらのたうち回るが、しばらくして動かなくなった。

 それを見ていたマクシミリアン以外の者は何が起こったのか理解できなかった。


「何を?」


 ドローテはマクシミリアンに説明を求めた。


「毒です」

「毒か。お前はつくづく恐ろしいな。拳神を殺せるような者がこの世にどれだけいると思っている?」

「え、沢山いるんじゃないですか」


 マクシミリアンの返答にドローテは呆れた。


「ギフトで拳神や剣神というのは非常にレアだ。そして、一人で戦場の戦局を変えてしまうような力を持っている。銃や爆弾で傷をつけるというのでさえ凄いことなのだが、さらに毒液だぞ。これを知ったら国王も黙ってはおらぬだろうな」

「殺されますかね?」

「逆に取り込もうとするだろうな。殺そうとして失敗すれば、その後のことは容易に想像がつく。まあ、その話はあとでしようか」


 そう言うと、ドローテはゲルタを再び睨んだ。

 睨まれたゲルタは、先ほどまでの余裕の笑みが消えていた。


「賢神のギフトを持ち、優秀な頭脳を持っている姉貴が、どうしてこんなミスをしたのか。あの世で考えてもらおうか」

「計算違いはその男だ。私の治世で亜人を亡ぼす予定だったのだがな。悲劇はここで終わりにしたかったのだが、残念だ――――」


 ゲルタの額を弾丸が撃ち抜いて、彼女はそれ以上言葉を発せずに、床に倒れた。


「ふざけるな!」


 アッシュが叫んだ。引き金を引いたのはアッシュであった。ゲルタの話す内容が許せず、怒りに任せて撃ったのだった。


「悲劇を無くすために俺たちを皆殺しにするだと!人間のせいで親がいなくなって、俺たちがどれだけつらい目にあったと思っているんだ!そんな身勝手な解決方法なんてあるものか!!」


 その後も何度も引き金を引く。一段高い場所に倒れているゲルタには当たらず、その体の上を弾丸が通過して、後ろの椅子に当たって、それを壊していく。


「もう死んどるよ」


 怒りがおさまらずにゲルタに言葉をぶつけるアッシュの肩に、ジルが手を置いた。

 アッシュはようやく自分が言葉をぶつけていた相手が死んでいることに気が付いた。

 マクシミリアンもアッシュに言葉をかける。


「アッシュ、僕たちもここで悲劇を終わらせたい。でも、それは彼女と違うやり方でね。怒りに任せて銃を撃つのは今ので終わりにしようか」

「わかった」


 アッシュは泣きながら頷いた。

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