017 日常への侵食<中>

本日既にもう一話投稿されています。

ーーーーーーーーーー


「ねぇ。」


時計を見れば授業の終わり際、電子黒板に板書を終えるのを待っていると、通路を挟んで反対側から隠すような囁くような声をかけられる。

桃色のセーターから伸びた指先に挟まれた四角く折り畳んだ紙をくうで掴んで、机の陰で開けば。




キーンコーンとチャイムが鳴ると授業は終わって、号令が終わるのと同時にクラスメイトに囲まれる前に教室をいの一番に去っていく姿を見送る。

追いかけようと立ち上がると、そのまま扉に手をかけて炎天下の外へと出て後ろ姿を探していると教室から出てきた生徒と目が合った。



「あ、いた矢加茂君。」

「え?」


いつも隣にいるどこかの茶髪の伊達男と仲の良いクラスメイトはおらず、一人でいる彼女は呼吸も暑そうにふんわりとカールした髪を風に揺らして何かを手にこちらに近づいてくる。



「ちょっと今いい?」

「あー、後でじゃ駄目かな。」


目でアッシュレッドの髪が見えないかと探しながら苦笑いを浮かべて返すと、伊藤さんは何かと勘違いしたのか気まずそうに謝った。


「ごめん、急いでた?」

「そういう訳じゃないんだけど。」


どちらつかずの回答に困ったのか「…そう?」と、なんとも言えない相槌のような何かを口ごもったかったと思えば、同じ様に宙に浮いた会話に不安になったのか先に口を開いて理由を話し出した。



「その、五線譜さんと仲いいのって、聞きたかっただけだから。」

「え、あぁ。いや、顔見知りってだけだよ。」


大雑把に一週間前に会ってからまだ数度しか話していない事を思い返しながら話せば、聞きたいことが聞けた筈なのに何故か訝しげに表情を渋める。



「…それで、手紙渡す仲なんだ。」

「見てたんだ。」


「目の前で、渡してたから。」


いい加減どこかへとすでに行ってしまっただろうと諦めて、目の前を見据えれば教室の方を見ていた。



「どうかした?」

「ううん、別に。」


なんでもないと、慌てたように笑う彼女を見て。この際にと思いついたままに聞いてみる。



「そういえば五線譜、さん。クラスに馴染めるか心配らしいんだよね。」

「…有名人がきたって感じの反応してるもんね、みんな。面白がって他校舎から先輩まで来てたみたいだし。そう思っちゃうよね、それは。」


あー、と苦い表情を浮かべる彼女ならと、もう一歩踏み込んで話す。



「でさ、伊藤さんとかはどう?多分普通の友達ができれば居やすくなると思うんだけど。」


「私?」と一拍遅れて困ったように笑う彼女の感触はどう見ても悪い。


「そんな、私なんかじゃ気後れしちゃうよ。」

「そう、かな。」


「そうだよー」と話す姿に今のところはどうやら脈なしかと頭をかく。

そんな様子に見かねて、なのか。「でも、」と続ける。



「他の子にはそれとなく一応言ってみるね。五線譜さんのこと、普通に仲良くしてほしいみたいって。」

「本当?できればそうしてくれると助かるよ。」


それならばどうにかなりそうかと考えていると、正面で思わずといった具合に笑う彼女を見る。


「なんか、変なこと言った、今?」

「ううん、そうじゃないけど。」


そんな否定の言葉を言う割にまた小さく笑う彼女は続ける。


「自分のことみたいに嬉しそうだったから。…いいなーって。」


末尾の声を小さく、尻すぼみに下げていくと。普通に話していた筈なのに途端に落ち着かなさげにして、口を開く。


「その、これ。」


ずっと握りしめていた、さっき授業中に隣の赤い誰かから貰ったみたいに綺麗に折り畳まれた紙を差し出されて受け取る。



「それ、私の個人ID。何か進展あったら教えるから登録しておいてくれると嬉しいんだけど。」

「OK、後で登録しておくよ。また良かったら映画の話もしたいし。」


うん、と頷くと視線をまた教室に向けて、こちらを見た。


「じゃあ、後でメッセージ送ってね。待ってるから。」



そんな言葉と共に、教室に戻っていく彼女を見送って、飲み物でもついでに買いに行くかと歩きながら教室の中を覗けば。


自分の席の隣側には数人の人だかりができていて、すでに帰ってきていた彼女は少ない時間の中話しかけられて、澄ました顔で答えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【配信】その日僕は勇者になった【なぜ?】 @spa3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ