猫と俳句

おりふた

読み切り

 私の名は猫だ。人間の子供が私を見て「猫」と何度も叫んでいたから私の名は猫なのだろう。


「――野良猫か」

しゃがれた人間の男の声がした。振り向くと縁側に座っている。

「何だ。人間の老いぼれ」

沈黙が流れた。

「驚いた。君は喋るのか」

「あぁ喋るよ。私は猫だからな」

「猫は喋らないよ」

また沈黙が流れた。

「君のその尻尾。どうやら君は猫又だね」

「私の名は猫だ」

「ははは、名前じゃなくて種族の事だよ。ほら人だったり猫だったりと同じさ」

「私は猫ではないのか」

「猫ではあるんだけどね。ややこしいから猫ではないという事にしておくれ」

「あぁ分かった」


(先程から何をやっているのだろうか)

「気になるかい?」

「よく分かったな」

「なに、老いぼれの勘だよ。今は俳句を作っていたんだ」

「俳句…聞いた事がないな」

「面白いよ。見てみるかい?」

「あぁ」

私は塀から飛び降りた。


おもは ともうすれる 春霞はるがすみ


「読めるのか。賢いな」

「小学校に潜り込んでいたからな」

「ははは、悪ガキだったか」


――げほっ

老人は辛そうに咳き込む。

「どうした老いぼれ」

「いやなに、昔のバチが当たっただけの事よ」

「お前も悪ガキだったか」

一匹の猫と一人の老人は笑いあった。


日が暮れた。

「今日はありがとう。君に出会えて良かった」

「何を最期みたいな事を言っている。また明日会おうではないか」

「そうだね」


夜が明けた。

「来てやったぞ老いぼれ」

(返事がない)

「おーい」

家の中から物音がする。

(入るか)

私は昨日の様に塀から飛び降りる。

家の中に入ると葬式が行われていた。遺影には老人の笑顔があった。

一匹の猫が言った。

「――私も俳句を作るか」

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猫と俳句 おりふた @ori-huta

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