第2話


”天翔ける黄金”のハクトベルトが使用する武器は”鞭”である。名前は”風蛇”。狼の体に口が下顎から胴体にむけて裂けているモンスター”バンバビグル・オー”に向かって走りながら鞭を大きくしならせる。その度にビュンビュンと鋭い音を立てて風を切る。


眼前のモンスターは口から数本の触手が飛び出した。一つずつに意思があるかのようにそれぞれ違う軌道をしながらハクトベルトに襲い掛かってくる。


「ソニックウェーブ!」


鞭をしならせ空気を弾き、風の斬撃を生み出した。その無色の斬撃はモンスターから伸びる触手を切り裂いた。


切り裂かれた触手はすぐに生え伸び枝分かれして増える。ハクトベルトは鞭で空気を弾き斬撃を生み出していきその数を増やし続けた。そして目の前に迫る触手に向かって飛ばした。


それを繰り返しながら徐々に距離を縮め、ようやくとハクトベルトが持つ武器の射程距離にまで”バンバビグル・オー”に近づいた。その時、ここまでの間に何度も何度も鞭を振り回しその鞭に溜め込んだ風が一気に姿を現した。その風はハクトベルトの武器を中心にして回転し回数が上がる度に風のその勢いは増していく。


何度目かの触手の再生によってモンスターの口より伸びた先の分かれた無数の触手が今では数えることは容易ではないほどだった。それが勢いよく蠢き、ハクトベルトの目の前にまで迫っていた。


烈風を帯びた鞭が触手をピンポイントに叩く。複数の弾く音と共に叩かれた先から”バンバビグル・オー”の体に風が纏わりついた。


「鎌鼬!!」


ハクトベルトの叫び声とともに風は一気に鋭さも持ち、増し全長5メートル強のモンスターの体を切り刻んだ。


ハクトベルト自慢の技。それが決まった以上かのモンスターに生き残る可能性は万が一にもない。


そう確信してハクトベルトは後ろを振り向き、後から追いかけてきた形となった仮冒険者たちに向かってボウ・アンド・スクレープ。右足を下げ、右手を体に添えて左手は水平にする貴族式のお辞儀をした。


(決まった!)


彼には背中を向けているモンスターが自身の自慢の技「鎌鼬」によってズタズタに体を引き裂き力なく倒れる姿を想像していた。


だが、モンスターが横転し地面に倒れる音が一向に聞こえてこないことに違和感を覚える。


「バァァァァァアアアア!!」


「鎌鼬」によって斬られたはずの”バンバビグル・オー”は受けた傷を急速に塞ぎその傷は一瞬のうちに消えた。


だが恨みは消えることなく眼前にいる背中を向けている男目掛けて右前足を振りかぶり勢いよく振り下ろした。


「なんとぉぉぉお!!」


避けるのも、なにかを為すすべる時間も無く、塵がごとく宙を舞う。


ハクトベルトは強烈な一撃を受けたが、咄嗟に体に少し残った風を使って衝撃を和らげていた。


そのおかげで意識は飛ばずに済んだものの、自分の華々しい冒険者人生の幕駆けに相応しい格好にならないかったことを悔やみつつ後方へと吹き飛ばされた。


ハクトベルトと入れ替わるように赤髮の少女が前に出る。彼女は肩に自身と同じほどの長さの金棒を担ぎながらも息も切らさず走り切ってきていた。


眼前にいるモンスターに恐怖することも緊張することなくその大きな瞳で正面からその姿を捕らえていた。


彼女はすぐに決着を着けるつもりだった。だから全力の一撃を叩きこむ為最初から全開で挑む。


「一撃でなにもかも粉砕してやる!!」


その言葉を体現するがごとく金棒を握るその手に力を込めた。


「邪罵羅ぁ!」


彼女の操るは闘気。剣と魔法の世界で武器を手にする者達が使う魔法に対抗する術。

流派は数多くあれど金棒を使用する者はほとんどいない。


技というには大雑把であるが気性の荒さを生かしたまるで大気を揺るがす雷が如くモンスターの横っ腹を殴打したその一撃はとても重い。


”バンバビグル・オー”の大きな体にそのダメージは体中を駆け抜けた。普通の生物であれば骨が粉砕されるはずのその一撃。


「ギャアアアアアア!」


大きな声で叫び、よろめきながらもそんな様子の無いモンスターに違和感を覚えた彼女は第六感とも呼ぶべきものによって後退り距離を空ける。


態勢を整えた”バンバビグル・オー”は無数の赤い目を少女に向けた。


胴体まで裂けていた口が閉じ先がとがり顔の形態が変化していく。その尖った先端から少女に向けて緑色の液体が勢いよく噴射される。


その速度に反応が少し遅れはしたものの紙一重に体を逸らす。が肩を掠めてしまい少女の着ていた白衣が一線僅かに裂ける。


地面に着弾した液体は、煙を上げて土を溶かした。その様子を傍目で確認した時、少女は鼻を突くような臭いを感じた。彼女は急いで掠めてできた傷に手を触れて唱える。


神惠カミエ


薄い傷は見る間に消える。


「酸性の毒かよ!気持ちの悪いモノをオレに掛けやがって!」


乱暴に言葉を吐くと金棒を構えてまた唱える。


「頑鋼」


金棒は彼女の闘気を帯びていく。先ほどの雷のような荒々しい物でなく金棒全体を包み込む。


その姿を見ていた”バンバビグル・オー”は容赦なく酸を高速で噴射していく。だがそのすべてを金棒によって弾いていく。その際に金棒には傷跡一つ付かなかった。


無数の酸性毒の弾を振り落としながらも彼女の鋭い視線は、眼前のモンスターの隙を伺っていた。


(この酸性毒の攻撃がずっと続くわけがねぇ・・・必ずどこかでインターバルがあるはずだ!その隙に脳天にキツイ一撃を叩きこんでやる!)


ここで、赤髪の少女に追いついた仮冒険者たちが次々と攻撃を始めた。少女は絶好のチャンス到来に反撃の準備を始める。


だがここで予想外の出来事が起きた。


”バンバビグル・オー”は先の尖った顔を少女に向けていた。仮冒険者たちはその死角を突くように攻撃を開始した。


(無数の目を持つモンスターがそれを見逃すわけがない・・・)


赤い髪の少女は思っていた、だからこそ隙が生まれると思っていた。


だが実際には隙どころか窮地に立たされることになった。


”バンバビグル・オー”は首の付け根から新しい首を生やしたのだ。そして一回り小さな顔が生まれると一気呵成に攻め込んだ仮冒険者の一人に向かって酸性毒の束を発射し容易く貫いて見せた。


幸いにも肩だったため致命傷を避けられたがそのまま次々と後に続いた仮冒険者たちに向けて軌道を動かしその線上にいる者達を襲う。


その間も赤い髪の少女への攻撃は止まない。彼女の額から一筋の冷汗が垂れる。


「ちくしょう!こうなるなら鎧を付けてくるんだった!」


その叫びと表情は、攻撃を跳ね返すだけで精いっぱいである事を表していた。


”バンバビグル・オー”の攻勢は止まらない。


もう一つ先の尖った顔が横から生えて容赦なく少女に酸性毒の弾を発射した。


彼女の一人ではどうにもならないような状況に、ただ叫ぶしかなかった。


「クソがぁ!」


そのとき加勢が入る。大きな盾を持った少年が酸性毒の雨と少女の間に割って入り攻撃を防いだ。


命の危機を救った少年に向けて少女は怒りの表情を浮かばせる。


「手助けなんて頼んじゃいねぇ!」

「必要だったと思うけど?ねぇお嬢?」


そう少年はニヒルに笑い怒声を流し少女の後ろに目線を向ける。そこには銀髪の少女エスメがいた。


「ええそうですね。それに助けられたときは感謝を伝えるべきですよ?」

「はぁ?誰がそうなことするかよ!」

「すべきです」

「うっ!」


エスメの柔らかな雰囲気を持つ銀髪の少女から、想定外の鋭い視線に赤い髪の少女はたじろいだ。そして──


「・・・助かった」

「わたしでは無く”ランド”に向けて言ってください」

「・・・・・・さっきは悪かった」

「それから?」

「・・・助かった」

「よろしい」


一連のやり取りに現在進行形で”バンバビグル・オー”の酸性毒の攻撃を防いでいた少年”ランド”は二人にあきれた表情を向けつつ話しに入る。


「あのーお二人さん・・・今絶賛化け物と戦っている最中だってこと忘れてないか?」


ランドの言葉にエスメが答える。


「忘れておりませんよ。それにあなたならこの程度の攻撃防ぎ続けられますよね?」

「信頼してしてもらってるのはありがたいんですがね・・・」

「もちろん信頼しておりますよ。・・・ではとりあえず移動しましょう」


エスメはランドに微笑み掛けたあとすぐに真顔に戻してこの場から一度退避することを二人に伝えると”バンバビグル・オー”の足元に目線を向けて合図を送った。


そこには巻き髪の少女ともう一人、狐目の黄色の髪をした少年がいた。狐目の少年はエスメの合図に気付き片手をヒラヒラと振り返してきた。巻き髪の少女は、両腕の伸ばし奔流する水を維持し酸性毒の雨を防いでいるようだった。


エスメは先ほどケガを負った仮冒険者たちを非難させるように二人に指示を送っており無事完了したようだったので片腕を伸ばして魔法を唱える。


眩光弾フラッシュ


形のない小さな光が放たれ”バンバビグル・オー”の目前で大きく光りを拡げる。


「ビャァァァァァアア!」


強烈な輝きを浴びて一時的に視覚能力を奪われたモンスターは叫び声をあげる。その隙に一斉に5人動き出し大きく後退した。


────────────────────


「あの怪物の正体は植物だと思います」

「植物?」


”バンバビグル・オー”からは離れた距離で戦える者たちを集め作戦会議を始めた。開口一番エスメが口を開き、皆の視線の先にいる大きな体をしたモンスターの正体について自説を唱えた。


それに対して詳細を聞くべく赤い髪の少女が問いかけた。エスメは返答を始めた。


「一番の証拠は今こちらに近付いてこない事ですよ、Ms.イバラ」


エスメは赤い髪をした白衣に緋色の袴を着た少女をそう呼んだ。


「オレは女だ!・・・たくっ、話を戻すが確かにこっちに襲いに来ないな」

「ええ、おそらくあの足に見えるのが根だと思います」

「だがボクは蹴られたぞ?」


ハクトベルトの着ている洋装には少し傷が付いている者の本人は至って元気な様子で会議に参加していた。


「ありゃ傑作だった、ハハ」


イバラは話に割って入りハクトベルトを揶揄う様に破顔した。その様子を特に気にした様子もなくハクトベルトは返答する。


「ああ彼がいなければもっとひどいケガをしていただろうな!」


とウエストコートを着た青年を指さす。その青年はケガをして横になる仮冒険者の看病していた。


「アイツが?」

「ああ魔法を使って受け止めてくれた!」

「魔法使いか?」

「嫌、錬金術師らしい」

「錬金術師がなんで冒険者になりたいんだよ?」

「それは彼に直接聞いてくれたまえ」

「んっ!」


二人の会話を咳払いでエスメが止める。


「話を本題に戻しましょう。あのモンスターを倒すには恐らく私たちが協力しなければ倒せないと思われます。ですので皆さんには協力をお願いしたい、なので個人で倒したい者がいればこの場で仰っていただきたいですがいますか?」


エスメの確認に誰も手を挙げることはなくそれを同意と取ったエスメは、少し離れた場所で一連の会話を聞いていた大きな体の男ゴグマに話を振る。


「今回はここにいる皆で討伐をすることに決めました。最後にここにいる誰がとどめを刺そうとも皆を合格にしてもらえますか?」


エスメは凛とした表情でゴグマを見つめ了承を得るため交渉を始めた。


「ああそれでいいぞ!」


ゴグマをあっさりと承諾し白い歯を見せて笑った。


「・・・ありがとうございます」


エスメはもう少しやり取りがあるかと思っていたため少し不意を突かれたような感情を受けたが顔には表さず仮冒険者一同に向けて話をつづけた。


「それではあのモンスターを植物だと仮定したうえで作戦を伝えます」


エスメは今までの戦いから得た情報を元に立てた作戦をしゃべりだした。


それを看病をつづける錬金術師クロムウェルは密かに聞き耳をたてていた。

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錬金術師の青年は冒険者ギルドの総本山で成り上がる 新山田 @newyamada

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