第30話 猫耳はかわいい


 マディとのやり取りのお陰か残りの距離で俺達に声を掛ける輩もなくすんなり進み、ギルドの受付カウンター前に無事到着した。


「すまない、宿を紹介してほしい」


 受付カウンターには初めて見る女性がいた。一目でそう思ったのは、彼女の頭上にひょこりと猫耳らしきものがあったからだ。どうやら猫族の獣人らしい。


 先ほどのやり取りが見えていたのだろう、何となく固い辺りの雰囲気を払うように少し吊り上がり気味の黒い瞳をにっと笑みの形にして、


「ようこそ冒険者ギルド・ゴアメス支部へ。 ええと、ギルド証の提示をお願いします」


 笑顔ではあるのだが受け答えの雰囲気が固いことから察すると新人だろうか。前に俺が来た時には猫族の受付嬢はいなかったと思う。

 彼女の促しに従って腰バックから金属製のギルド証を取り出して手渡す。


「拝見しますね。えっと、レオン=ハウゼンさんですね」

 と、名前を言った後に彼女の動きが一瞬止まる。

 彼女がギルド証のどこを見ているのかは視線からわかるので、つっこみはしない。


「証明、するか?」


「――あっ、はい、スミマセン、お願いします」

 こちらから声を掛けると慌てて頷き、ギルド証から目を離して俺を見てくる。


「ん」


 彼女の促しに従ってギルド証の端を持って軽く魔力を流すと、ギルド証が一瞬だが薄い金色になる。ギルド証に仕込まれている認識魔法が魔力を流すことで反応して、登録時の魔力の質と差異がないか確認、差異が無ければ所持者本人と判断して光るのだ。ちなみに当然だが他人が行うと発光しない。


 ときおりギルド証を盗んで成りすまして悪事を働こうとする馬鹿がいるので、そういったことを防止する目的も兼ねて認識魔法が使われているのだ。


 彼女はその発光をまじまじと見つめてから、再度俺の顔をまじまじと見つめてつぶやく。


「ほ、ほんとにいるんですね、S級って……」


 その瞳には驚きとか憧れとか色気とか、まぁ色々と混ざっているのは雰囲気で分かったが受け流した。そういったことに巻き込まれたくない。


「まぁね。で、宿を紹介してもらえるか?」


 俺の再度の問いかけに、はっとしたように猫耳をぴぴぴっと振るって深呼吸して。


「あ、本人証明とれました。ありがとうございます」

 ギルド証をこちらに丁寧に返却して、脇の棚から宿リストらしき冊子を取り出す。


「ええと、宿の紹介でしたね。ご希望は?」


「仕事で一般女性と犬を連れている。一緒に泊まれる安全な宿を紹介してくれ」


「んんー。わんちゃんも同室ご希望ってことでしょうか?」


 ちょっと砕けた口調になって、カウンター越しに視線を向けて俺の背後にいるフードを被ったフィルと足元の大人しくお座りしているバロンを見てふむぅっと腕組する。


 色々と脳内で思案しているのだろう、猫耳がひょこひょこと動いていて視線を奪われる。


 隣に立つフードの奥から小さな声で「うひゃぁ…かわいい…」というつぶやきが聞こえた。動物好きなフィルのこと、彼女の良く動く猫耳に視線を捉われてフードの奥でほっこりしているのだろう。


「んんー、そうですね、わんちゃんは外で水浴びしてからの入室が条件になりますが、問題ありませんか?」


「ああ、大丈夫だ。俺が洗うよ」


「わかりました。あとは、中心部がいいですか?それとも外壁に近い所でも?」


「安全面からいえば中心部だな」


「わかりました。それですと……」


 宿リストを何度かめくって見当をつけたらしい。下の棚から街の地図を取り出して迷いなく中心部に近い一カ所に赤ペンで丸を付ける。


「こちらにある“カナリアの宿り木亭”はいかがでしょう。中央通りから西に1本裏で、このわんちゃんサイズなら部屋への受け入れも可能です」


 ふむふむ。

 カウンターに置かれた地図を覗き込んで彼女が書いた赤丸の場所を確認しながら聞いていると、ふわりとした緩い動きで彼女の顔が俺の顔の傍にそっと近づいて。


「――ただ、お値段が少々高めですが」


 多分、フィルに聞こえないように配慮して小声でそっと告げてくれたんだろう。

 その気配りにふっと笑みが浮かぶ。そのまま視線を上げて彼女の少し吊り上がり気味の黒い目を見つめ


「まぁ、その辺りは気にしない。ありがとう、行ってみるよ」


「どういたしまして。またお困りのことがあればいつでもどうぞ」


 赤丸を付けた地図をにっこりとした笑顔で手渡してくれる。

 既に位置は覚えたが、彼女の親切に礼をいいながら地図を受け取ると、そのまま彼女の手が伸びてきて俺の手に軽く触れる。


「――?」


「いつもこの辺りを拠点にしているんですか?」


「いや、違うかな」


「そうなんですか、残念です」

 なんだかきらきらとした眼差しと笑顔でこちらを見て、俺の手を握ってくる。


「依頼人を待たせているんでな」

 出来るだけ振り払うような動きにはならないようにしつつ彼女の手を外そうとすると、握手するように握り直して


「あ、私、受付のナターシャですっ。今後ともよろしくお願いしますっ」


 ……何をお願いしたいんだ。というか、今まで何度も見た覚えのある女性の顔つきと対応に少々げんなりしてしまう。

 そうしている隙にも握手と称して手を握ってうっとり見つめるのは止めて欲しい。


「よければおいしいお店を紹介しますけれど、この後どうですか?」


「いや、結構だ」

 逆手で彼女の手首を軽く押さえて握られていた手をするりと抜く。


「えええー、残念。じゃ、また会った時にはぜひ……」


「それもないな、諦めてくれ」


 肩をすくめてから地図を懐にしまい、フィルとバロンに視線を向ける。

 と、先ほどまで俺のコートをぎゅーっと握っていたフィルの手が離れている。


「ん、どうした?大丈夫か?」


 少し心配になって顔を覗くようにしながら声を掛けると、慌てたように顔を見せないよう背けたが、こくこくと頷く。


 まぁ、これ以上ナターシャに捕まりたくないのでさっさと離れるべきだろう。

 すぐさま踵を返してギルドの出入り口に向かう。

 入った時にマディといくばくか言葉を交わしたおかげか、俺とフィルが外に出ようとするのに声を掛ける奴はいなかった。

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もしも竜に出会えたならば 香月 美里 @Misato25

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