庇い恋
渡貫とゐち
脆い鉄壁
「……なーんで、こんなことになったんだろうなあ……」
「
「そうなんだけどさ……。いや、でもお前もあのタイミングでふつー頷くか? 完ッ全に想定外だ……――こんなつもりじゃなかったっ」
「人に告白しておいて『そんなつもりじゃなかった』……? え、ふざけてるんですか?」
「……ふざけてない。真剣だった。……真剣に告白をすることで俺は親友を助けたかっただけなんだよ……。告白自体は……うん、悪いけどまったく本気じゃなかった。だって断られる前提だったからなあ……なのに、お前はさ――」
教室から逃げるように屋上までやってきた俺たちは、たったひとつだけあるベンチに並んで座り、昼食を食べている。
現在、俺の『彼女』……ということになっているのか……?
一口が小さいのでなかなか進まず、もどかしいなあと思いながら見ていると、
「司馬くんも食べますか?」
彼女はタコさんウィンナーを箸でつまんで俺に向けてくる。
「はい、あーん」
「こっちの弁当に置いてくれ。ちゃんと食べるから……。あーんはしない。それをしたら本当に『彼氏彼女』の関係になるじゃないか」
「いいじゃないですか。だってそういう関係ですし」
「俺はそのことについて『いい』って言ってないぞ」
「あなたから告白しておいて……」
「だからそれは――」
向こうがその気になるのも仕方ない。
俺はだって、彼女の心を弄んだことになるのだ。
絶対にフラれるという、実は根拠なんてまったくなかった結果を信じて突撃した結果、跳ね返されるつもりが鉄壁と言われていた壁をまさかまさかで、壊してしまったのだ……。こんなの想定外としか言いようがない。
誰が予想できる? クラスでそこそこイケメンの親友を持つ、なにかに秀でたわけでもなく不良でもオタクでもなければスポーツもしていない、勉学だって平々凡々のなにもない俺が、クラスどころか学年一の美女に、なぜ告白が受け入れられるのか……。
「地球がひっくり返ったみたいだ……」
「球体がひっくり返っても丸いままですね」
うるさい。
――ひとまず、問題が起きた十分前を振り返ろう。
俺の親友がクラスメイト全員がいる中で、決死の公開告白をしたところからだ。
〇
「――桶本さんっ、オレと付き合ってください!!」
接点がまったくないわけではなく、親友の
毎日の挨拶、用件を用意しては彼女に話しかけ、関係を徐々に進めていた。今回の告白は、まあ、あいつがパニックになってついつい言ってしまっただけだと思うが、後に引けないと察してそのまま突っ切ったのだろう。
中途半端に言いかけるよりは全部、全力で言ってしまった方がいい……。
昼休みの教室にはクラスメイトと、他クラスの生徒もいるのだが、あいつは周りが見えていないようだった。ふたりの世界、に、入ってしまっているのはあいつだけだろうけど……。桶本もバカにすることはなく、一世一代の告白を、ちゃんと聞いてくれている。
彼女もそりゃびっくりしただろう。因幡はスマホゲームの画面を見せるつもりで声をかけにいったのだ。特典が欲しいからこのゲームに招待したいんだけど……と口実を作って話しかけにいって、出てきたのが愛の告白だった……びっくりもするはずだ。
悪意があって虚を突いたわけではない、と彼女も分かっているようだから……嫌がらせと思われていないのは幸いだった。
しん――――と。
教室に間が生まれた。全員が注目している中で、彼女の返答は――……、
「ごめんなさい。気になる人がいるので……」
「そ、そそ、そうか……うん、分かった、ごめん、急に……」
「うん。あ、そのゲームがどうかしたの?」
「いや、ううん、大丈夫――オレ、ちょっと外に出てくるわ……ごめんなっ。桶本さんのせいじゃなくて……いや、フラれたから、なんだけど……その――――
しばらくはひとりがいいからごめんな!!」
と、早口で捲し立てた親友が勢いよく教室を出ていった。
今だけは、廊下を走るなと注意をしてくれないでくれるとありがたいな、先生……。
本気の告白を見てしまったクラスメイトたちが、ざわざわと話し始め、中にはやはり因幡のことを嘲る話題が少なくなかった。
直近の話題であればみなの意識がそこにいき、隣の子と感想を言い合うのは仕方ないことだが……、バカにするのは違うだろ。
あいつは、予定通りではないけど、本気だった。
真剣に告白をして、桶本はその本気に答えてフッたのだ。それを……。
称賛しろとは言わない。応援しろとも言わないが、バカにすることだけは、俺が許さない。
だから――――、
直近の衝撃的な出来事をさらに衝撃的な出来事で上書きしてしまえばいい。
恥をかき、みんなの話題になって嘲笑される都合の良い『的』はひとりでいいはずだ……。
あいつである必要性はない。
だったら俺が――。
……サンドバッグにされることは慣れている。
俺が、いくらでも叩かれてやる。
「桶本」
「今度は司馬くん? やっぱり因幡くんのこと? ……ごめんね、因幡くんのこと、好きじゃないですから……好きじゃないのに付き合うのは違うかなって思ってて――」
「俺と付き合ってくれ」
「はい、喜んで」
………………え。
〇
「あまりにもナチュラル過ぎて、周りの誰も驚いていなかったし、注目もしてなかったよな……? あれ? 俺が告白したってこと、みんな知らなかったりする……?」
逃げて屋上まできたけど、もしかして必要がなかった?
「知らない、と思いますよ。今もグループメッセの方だと因幡くんの告白でいっぱいだし」
「違う! 俺が告白してフラれたことをバカにして欲しかったのにッッ。あいつの話題がいつまでも最前列にあるのは望んだ展開じゃないんだよッッ!!」
「じゃあ……、わたしたち付き合いました、って報告しますか? 因幡くんの話題なんてあっという間に消えて、わたしたちの関係性がピックアップされると思いますよ?」
「因幡が可哀そ過ぎるだろ!!」
フラれた直後に告白した親友に好きな子を取られるって、最悪だろ!!
というか因幡に会うのがすごい気まずい……。誤解されないように一から十まで説明したら『おふざけで人の心を弄ぶな』って殴られそうだし……いや、殴られるべきか。
俺は、酷いことをしているのだから。
「…………気が重い」
「司馬くんはわたしのこと嫌いですか?」
「嫌いじゃない。好きでもないけど」
「そっか。嫌いじゃないなら、良かったです……。――そろそろ時間だし、教室に戻りましょうか。さっきの司馬くんの告白はちょうど聞かれていなかったみたいだし、なかったことにすればいいんじゃないかな? だからわたしたちの関係性はこれまで通りってことで――。仲良く友達やってたのに、これをきっかけにきまずくなるのは嫌ですもん」
小さな弁当箱を巾着にしまった桶本が、ベンチから立ち上がった。
「ほら、戻りましょう」
「……悪いな。ところで、桶本はいい案とかないか? このままだと因幡がみんなのいいおもちゃにされそうなんだよ…………はぁ。大事件でも起こらないかな……」
「じゃあ任せてください! わたしがみんなの印象を上書きする新しい情報を公開するから!」
……任せてと言われたので素直に任せてみれば、まさかあんな手に出るとは……、予想できなかったわけではない。少し考えれば推測できたことなのに……、俺はまったく気づけなかった。
〇
教室に戻れば、午後の授業の準備をしているクラスメイトばかりで……因幡についてのひそひそ話はまだ尾を引いている。
当人の因幡は小さくなって席に座っていて……、俺より先に教室に入った桶本が、まず因幡の元へ向かっていった。
「因幡くん」
「……おう、桶本さん。なにか用?」
冷静さを装っているが、顔を引きつらせている。
話題が鎮火しそうなところに新しい薪をくべているだけの気もするが……。
それにしても……桶本が提案する、因幡を守るための新しい情報って、なんだ……?
「さっき、因幡くんが勇気を出して気持ちを伝えてくれたから、わたしも教えておこうと思って。ほら、さっき気になる人がいるって言ったでしょ……それね、司馬くんのことなの」
は?
……まさか、まさかまさかあいつッッ。
「司馬、の、ことが……?」
「うん。だからごめんね、因幡くん」
因幡を守るための新しい情報ってこれのことか!? だけど、因幡への嘲笑は逸れることがないんじゃないか………? ――いや、逸らすことはできているのか。
教室で公開告白をして盛大にフラれた男ではなく、親友に好きな子を取られた男として嘲笑の種類が変わっているのは事実。
恥ずかしい、イタイ奴ではなく、司馬に負けた奴として評価が――上がっているのか下がっているのか分からないが、さっきよりかはいくらかマシになっているだろう。
学年一の美人が好意を寄せている司馬とは何者だ!? と、大勢が気づかない魅力が実は俺にあり、美人が認めた俺に負けた因幡は、『まあ仕方ないよね』と言われるほどには嘲笑度は薄まっている……ように思える。
桶本渚が発信したことで、因幡はきちんと守られていたのだから……これはこれで、ちゃんと結果オーライと言えるか……?
「この短時間であいつ……、すげえな」
ただ、これは俺への仕返しなのだろうと思う。
こんな話をされた後で、桶本と時間をずらしたがゆえにまだ廊下に立ったままの俺が教室に入れば、渦中の人として注目の的だ。
さらにここで桶本が告白でもしてくれば、一気に話題沸騰だ。
……で、俺はどう答えるべきだ?
頷く気はないけど……この場では嘘でもいいから頷くか? どちらにせよ俺への矛先はあり、気まずい空気も作られる……。
桶本をフることが因幡にとって正解であるとも限らないし……あぁ……えぐいなあ……。
人の心を弄んだ結果がこれだ。
桶本渚は、実は策士で、計算高い強かな女だったのか……っ。
「あっ、司馬くん。立ってないで教室に入りなよ。次の授業が始まっちゃいますよ?」
桶本が、わざわざ廊下に出てきて俺を手招いた。
話題が落ちつくまでは最悪、保健室に隠れていようかと迷った矢先に、だった。逃がすまいと俺を教室へと誘う……。
『早くおいでよ、存分に仕返しして困らせてあげるから』とでも言わんばかりの桶本渚は、これまでの天然ゆるふわペット系+陽キャとはかけ離れたキャラに見える……。
少なくとも俺の目には、プライドを傷つけてきた相手には容赦なくネチネチと仕返しをし続ける悪女に見えて――――……こうなってくると話が変わってくる。
前提が崩れてくる。
……今の桶本渚は――――俺の好みの女の子なのだ。
「ほらほら司馬くん…………サボりは許しませんからね?」
「あ、はい……」
彼女の手と俺の首が鎖で繋がったように。
彼女の声に引かれるように、俺の足は自然と前へ進むのだった。
…了
庇い恋 渡貫とゐち @josho
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