第2話 未定 編集中
キーンコーンカーンコーン
キーンコーンカーンコーン
少し日が傾き黄金色を含んだ強い日差しが照り付ける校舎と誰もいない校庭に
スピーカーから発せられた下校を知らせるチャイムと夏独特の様々な蝉の音が鳴り響く。
「じゃあ、気を付けて帰るように」
日差しが差し込むため蛍光灯を消し少し薄暗い教室にいる生徒たちは
長い黒髪の女性担当教師の言葉で
帰りの支度や、喋り声、笑い声で騒ぎ始めていた。
無月は担当教師が暇そうにしているタイミングを見計らいながら
隣で座っている燈火の肩を掴んだ。
「よし、行くぞ燈火!」
「えぇ...僕も行くの...?」
燈火は顔を少し顰めながら嫌そうに答えた。
「あったりまえだろ。お前もあんとき一緒にいたろ?」
説得するように訴えかけた。
「そうだけどさぁ...はぁ...分かったよ」
無月は嫌がる燈火の手首を掴みながら、一人教壇の上で黒板を消している担任教師のもとへ
小走りで駆け寄った。
「三柱先生!ちょっといいっすか?」
「あぁ?」
三柱先生は黒板消しで文字を消すのを止め、
振り向き少し嫌そうな顔をしながらそう言った。
「んな嫌な顔しないでくださいよォ〜センセー。ちょっとだけですから!ほんのちょっと!」
「はぁ...なんだ?」
三柱先生はため息をつきながら答える。
「咲倉さんの住所と電話番号を
教えてください!」
「...」
「...え?何で無言?」
「ストーカーか?」
「はぁ!?違いますよ!?全ッッ然違いますよ!!」
「じゃあ、なぜ咲倉の個人情報を知りたがる?」
怪訝な顔をしながら無月に問う。
無月は、めんどくさっと思いながら話を始めた。
「あの〜話すとちょっと長くなるんですけど。昨日の下校中に咲倉さんに自転車でぶつかられて、俺田んぼに落ちちゃったんですよ。
そんときに上着とか汚れちゃって。
そしたら「洗ってかえしまぁす!」って
咲倉さんが俺の上着もって帰っちゃったんですよ」
「はぁ...」
適当な相槌を返した。
「でも咲倉さんの電話番号とか俺知らないから連絡取れないんで、
先生に教えてもらおうと思ったんですよ。
ってことでオナシャス!」
無月はパンっと両手を合わせて言った。
「信用ならん」
三柱先生はそう言い切った。
「は!?えぇ!?なんでェ!?」
一拍置いて話し出す。
「お前、苗字は無月だよな?」
「...はい、そうですけど...」
要領を得なかったが、そう答えた。
「だからだ、無月ってのは信用ならん」
「は、はぁ!?意味わかんないっすよ!?なんですか!?今どき差別すっか!?」
「経験則だ」
食い気味に言い放ち、三柱先生は続ける。
「ッチ、あの野郎ォ...私をコケにしやがって...」
「え?なに急に、怖い怖い」
急に雰囲気が変わった三柱先生の言葉に驚く。
「あんだけ私のこと好きって、愛してるって言ってたのに...!最後は性格がキツイだぁ...?
舐めやがって...!」
この後も力のこもった独り言をブツブツと続けていた。
「...なんだよ、私怨かよ...」
独り言を続ける三柱先生にしびれを切らしたのか、燈火は発言し始めた。
「あの、先生...」
「あぁ?なんだ?」
独り言を止め燈火に答えたが、まだイライラしているようだった。
「無月の言ってることホントですよ...
僕もその時いましたし...」
「...そうか。燈火が言うなら信用できる。
分かった。二人とも職員室に来い」
三柱先生は言い終わると教室を出て職員室に向かっていった。
「俺と態度、全然ちげぇ...はぁ...」
無月はそう言い残し、二人は教室を後にした。
・・・
夕日が立ち込み、明るいオレンジ色に染まっている職員室。
換気のためか窓を開けているため、
外で部活をしている生徒の声と蝉の声が響いてくる。
部活に参加しているのか違う部屋で仕事をしているのか分からないが、職員室には数人の教師しかいなかった。
「これだ」
咲倉のフルネームや写真、住所などが書いてある学籍簿を手に持ちピラピラとはためかせながら三柱先生は言う。
「あざます!」
無月はお辞儀をしながら学籍簿を両手で受け取ろうとしたが、三柱先生は手を引いた。
「お前にじゃない。燈火にだ」
三柱先生は燈火に目を向けた。
「えぇ!?」
「僕、ですか?」
「そうだ。こいつは信用ならん」
「はぁ...先生。そのノリやめません?俺もそろそろキレそ」
「あぁぁん!?」
物凄い勢いで無月を睨みつけた。
少しひるんだ無月
「こ、こわ...生徒に向ける目じゃないって...」
「んだ?殺すぞ...」
「生徒に向ける言葉じゃないって...」
先生が振られた理由も分かるなぁ...
下を向き黙り込んでいた燈火が口を開く。
「あの...僕は受け取れないです...。
先生は無月のこと信用できないって
言いますけど、僕は信用できると思ってるので...」
「...」
「...」
「...はぁ。分かった分かった。
じゃぁ無月、一つ命令だ」
学生簿を手で無月に突き出しながら言った。
「約束とかじゃなくて命令なんですね...」
少し納得がいかなかったが学生簿を受け取った。
「咲倉に会って諸々受け取ったら、
私に連絡しろ」
「連絡っすか?」
無月は要領を得ず、聞き返す。
「あぁ。お前を信用してないってのもあるが私自身、咲倉のことは気がかりでな。
このクラスの担当になって2、3カ月経つが入学式以降、咲倉とは会ってない。
だから、どんな様子だったか私に伝えろ。ほら、これが電話番号だ」
三柱先生はポケットから取り出したスマホに、自身の電場番号を表示させ
無月に見せた。
三柱先生の番号をスマホに登録しながら答える。
「おぉ...なんか、教師っぽいっすね」
「...お前、舐めてるのか?」
「舐めてません!」
「舐めてるだろ」
「舐めてません!!」
「はぁ...まぁいい。早く連絡を取れ」
「イェッサー!ボス!」
先ほど取り出したスマホに、学生簿にある咲倉家の電話番号を入力し通話を開始した。
呼出音が何回か鳴った後
ガチャっという電話を取る音が聞こえる。
「はい咲倉です...」
という女性の声が聞こえた。
「あ、もしもし麻実高校の生徒の無月要と言います。優香さんは、いらっしゃいますか?」
「私が優香です...」
「あ、えっとー...あのー...昨日、
自転車に...ぶつかった者です...」
無月は少し気まずくなりながらも会話を続けようとした。
スピーカー越しにガシャン!バタン!!と聞こえ咲倉の声が聞こえなくなる。
「だ、大丈夫ですか!?」
「...」
優香からの返答がない。
「優香さん!?」
ガシャガシャと雑音のようなものが鳴った後
咲倉は再び電話に出た。
「だ、大丈夫です...!少し転んじゃっただけで...」
「あぁ...なるほど...?」
電話しながら転ぶってどういうこと?
「...あのー...昨日は申し訳ありませんでした!!」
「あーいや大丈夫っすよ。怪我とかもないんで。
それより俺の服ってそっちにありますよね?」
「服...」
少し小さな声で言った。
「そうです。今日そっちに取りに行こうと思うんですけど、いいですか?」
「...あぁーえっとぉ............大丈夫です...」
「わかりました。じゃあ...」
無月はここでスマホから口を離し、
三柱先生の方を向き顔を近づけながら小さな声で尋ねた。
「センセー、ここから咲倉んちまで、
どんくらいかかりますか?」
「徒歩30分」
「あざっす!」
三柱先生に小さくお辞儀をし、無月は再びスマホに口を戻した。
「あと30分後くらいに着きますんで」
「...わかりました...」
「じゃぁ、お願いします」
「...はい」
ここで無月は電話を切った。
「よしっアポ取ったし、行きやすか!」
「くれぐれも変なマネはするなよ」
「もー、んなことしませんよ!
ほいじゃ、行こうぜ燈火!」
無月は自分の荷物を持ち咲倉の家に行く準備を始めた。
「...」
燈火は準備もせずに下を向いたまま黙り込んでいた。
「...ん?どうした?行こうぜ?」
支度をしていた手を止めて燈火に言った。
「...僕は行かない」
下を向いているせいで無月からは表情がよく見えなかった。
「え?いや、センセーだって燈火いた方がいいっすよね?」
顔を三柱先生に向け質問した。
「まーな」
興味のなさそうな返答だった。
「センセーだってこう言ってるし。行こうぜ?」
「僕は...行かない」
下を向いたまま、そう言った。
「...」
「...」
「...マジ?」
「...うん」
「...はぁー、分かったよ。俺一人で行くよ。
センセーもいいっすか?」
「不本意だがな」
「不本意って...まいっか、じゃあ行ってきます!」
「ああ」
「...」
無月は多少の不満がありながらも自分の荷物を持ち、「失礼しました」と言いながら職員室の扉を閉め咲倉家に向かった。
「いいのか?」
三柱先生は燈火に尋ねる。
「...はい」
燈火は手を強く握り、俯いたままだった。
蝉とヒグラシの声が鳴り響いていた。
-場面転換-
夕日が遠くの空に浮かんでいる大きな入道雲と周囲の建物を焼き、濃いオレンジ色に染め上げている。
空を飛ぶ飛行機が焼かれた空を鈍い音を立てながら飛んで、一直線の雲が出来ていた。
ジメッとした湿度の高い空気のせいで汗が乾かない。
無月は濃いオレンジ色に染まった住宅街の道を火照った体で歩いていた。
蝉とヒグラシの混ざった声が鳴り響いている。
「ここかぁ...あっちぃ...」
スマホのマップが示していた目的地に辿り着く。輝く夕日を反射した汗が顔から垂れてきくる。
その汗を腕で拭う。
ごく一般的な住宅街、現代建築の家。
いたって普通と言える二階建ての家。
夕日に染まった家。
ここが咲倉優香の住む家だった。
容赦のない夏の暑さにやられ、すこし覚束ない足取りで玄関の扉を前まで歩き、立ち止まる。
ピーンポーン
インターホンを鳴らす。
その直後、ドタン!バタン!と咲倉の家から音が鳴った。
「大丈夫かよ...」
夕日に染まった家を見ながらそう言った。
チャイムを鳴らしてから1,2分後。
「...遅れてしまって、すいません...!」
少し髪の毛が乱れた咲倉が玄関の扉を開け出てきた。
猫のキャラクターが書かれたパジャマのようなものを着ていた。
「あぁ、気にしないで。それより俺の...」
「お、お茶出しますんで!お入りください!」
と無月の言葉を遮るように、咲倉は何故か必死そうに裏返った声で話した。
「おぉ...わかりました...」
無月は咲倉に気圧され、咲倉家の中に入っていった。
・・・
無月は咲倉にリビングに案内された。
まだ空が明るく、夕日が差し込んできているせいか照明がついていない薄暗い部屋。
自分の家じゃない独特な匂いを感じながら、
低めのテーブルの横に無月は正座していた。
優香は奥のキッチンでお茶を沸かしている。
お茶を沸かす音と、壁に掛けられた丸い時計、かすかに聞こえるヒグラシ以外の音がしない静かな部屋。
「...」
無月は静かな空間に少し気まずくなり周囲を見渡していると、リビングの扉からニャーと鳴き声を上げながら猫が入ってきた。
無月が猫を見ていると、そばにすり寄ってくる。
まともに猫に触れたことが無い無月は、恐る恐る体を撫でてみると、気持さそうにゴロゴロと鳴らした。
意外と嫌がらないだな猫って
頭を撫でてやろうと思い、体勢を変えようと体重をこめた手を地面につけた瞬間、
猫の尻尾を巻き込んでしまい、ニ”ャ”ー!と悲鳴を上げ逃げようとした。
「あっ、ちょっ」
逃げる猫を捕まえようと上半身を倒しながら手を伸ばしたが、玄関の方に逃げ去ってしまった。
「だ、大丈夫ですか...」
テーブルの反対には二人分のお茶を乗せたお盆を持っている咲倉がいた。
「いや、大丈夫。猫の尻尾踏んじゃって」
カッコ悪い体勢から正座に戻しながら無月が答えた。
「ご、ごめんなさいウチの子が」
「いや、俺が踏んだのが悪いんだし...」
いつも謝ってるな、この子。
咲倉がお盆からお茶を取り分け、無月と向かい合いような形でテーブルの横に正座で座った。
「き、昨日は本当に申し訳ありませんでした」
正座をしながら頭を下げ謝罪をする。
「いいよ、いいよ。電話でも話したけど
ケガとかは無いし」
そう言い、無月は出されたお茶を一口飲む。
咲倉は顔を下げたままだった。
「...」
「...」
謎の沈黙が続く
秒針のチクタクという音が響く
「...」
「...」
この状況に耐えられなかった無月が口を開く。
「あ、あのー今日はお日柄も良く...」
謎に緊張したせいか、少し裏返った声が出てしまった。
外を見ると空は曇り、雨が降り始めていた。
「そ、そうですね...」
そうですね。じゃねぇだろ!!
再び沈黙が続く。
「...」
「...」
無月の頬に汗が一筋流れる。
「...」
「...」
もう一度、無月から口を開く。
「あ、あのー俺の服ってどうなってますか...」
作り笑いをしながら指で頬を掻く。
「...」
咲倉は答えず、俯いたまま手を強く握った。
暗い部屋のせいで表情がよく見えない。
「...えっと...俺のふく」
「あ、あの!これです!!」
咲倉は無月の言葉を遮るように話し、両手をテーブルの上に置いた。
その手の中には両手サイズの白いシャツと下着があった。
「...へ?ナニコレ?人形の服...?」
意味が分からず返答する。
「えっと...!えっと...!私焦っちゃってぇ!洗濯の仕方とかよくわかんなくてぇ...!いろんな洗剤を入れたらこうなっちゃってぇ...!」
「...おぉ...」
無月は出された服だったと思われるものを手に取った。
完全に縮んでる...
どうやったらこうなるんだ...?
服を伸ばそうと力を入れても大きさは戻らない。
マジかぁ...
「本当に、本当にごめんなさい!!」
咲倉は正座をしたまま、勢いよく頭を下げて謝罪をした。
「あぁ...いいよ。大丈夫。けど、はぁ...親にはなんて言おう...」
縮んだ服を手で軽く伸ばし、顔をしかめながら親への言い訳を考え始めた。
咲倉は少し顔を上げ無月の姿を一目見ては顔を下げる。
服を見ながら考え込む無月。
二人は何も話さない。
夕日が差し込む薄暗い部屋に規則的な秒針の音が響く。
ボーン ボーン
時計から5時を知らせる低い鐘の音が鳴った。
咲倉は乾いた口を恐る恐る開く。
「あ...あの...」
「ん?なに?」
無月は小さく縮んだシャツを両手の指で摘まんで少し引き伸ばしていた
「お、怒ったりしないんですか...?」
太ももの上にある手を握った。布が擦れる音が漏れる。
シャツを引き延ばすのを止め咲倉の方を向く無月。
「まぁ俺のシャツと下着が縮んだだけだし、どーってことないよ」
「...ホントにホントですか...?」
「ホントにホントよ...もしかしてだけど...俺のこと怖いって思ってたりする...?」
咲倉は言葉を選ぶように一瞬、返答に静かな間が生まれた。
「...はい」
顔を俯かせ、前髪で目が隠れてしまう。
「なるほど...」
両手を軽く打ち合わせ、パンと薄暗く静かな空間に音を響かせながら謝罪をした。
「あのー...この前は、なんか酷いこと言っちゃってごめんね。普段はそんなこと言わないから...」
「そ、そういう意味じゃなくて...!」
「えっと...俺が怖くないってこと?」
「い、いやそうでもじゃなくて...」
両手を太ももの上に置き、手を絡ませながら言った。
「怖いんかぁ...」
下を向きながら瞳を右往左往させながら答える。
「ちが、いや、あの、えっと...!えっと...!み、みんなが怖いんです!」
「みんなが怖い...?」
「み、みんな私のこと見てるっていうか...監視してるっていうか...」
段々と夕日が落ち、窓から差し込む日差しが減っていく。
「...監視?」
「私、何も上手く出来なくて、みんなに迷惑かけるから...私のこと見てるんです...」
先程より明るさが減った薄暗い部屋で下を向きながら、太ももの上にある手をギュッと握りしめていた。
「えーっと...常に自分が誰かに見張られてる感じがするってこと?」
「そ、そうです...いつも私を見張ってるんです...同級生も先生も、お父さんもお母さんも、みんな私を見てるんです...」
咲倉は自分の手の一点を見つめながら小さな声でそう語る。
なんか、被害妄想みたいになってんじゃん...
大丈夫かよ...
まぁ引きこもりしてんだから、こんなもんか。
よし。なんかいい感じにカバーしとくか
無月は体勢を整え、ヨシ!と心の中で言いながら話し出した。
「俺も病んだ時とかは、よくない方に考えたりするけど...そういうのは大体、一時的な思い込みだから。あんま気にせんほうがいいよ」
「え?...えっと...思い込みじゃなくて...」
「気持ちは分かるぜ?でも現実的にそんなの
あり得ないって」
「でも本当に...」
「一旦思っちゃうと、どんどん深みに
はまっちゃうよな。わかるわかる。」
「あの...その...」
「でも大丈夫!自分がそう考えてるだげで実際は周りの人は、んなこと思ってないから」
「だから...」
「大体全部思い込み。もっと気軽にし」
「だ、だから!思い込みなんかじゃないんですって...!!」
顔を伏せながら強く叫んだ。
「え...?」
「みんな、私のこと嫌いなんです!!本当にダメで...頑張ってみんなと仲良くしようとしても上手くできなくて...クラスの空気悪くして...!だからイジメられて...!自分のせいで...!!」
「ちょ!ちょっとま」
「だから見てるんです!アイツはダメな奴だって!どうしようもない奴だって!!」
「わ、分かった!分かったからさ!一回落ち着こうぜ?」
無月は急に雰囲気が変わった咲倉に気圧されながら答えた。
「はぁ...はぁ...」
息を切らした咲倉は俯きながら黙り込む。
「...」
なんだ?
急にどうしたんだ?
なんか癇に障ったか...?
んなこと一言もいってないよな?
そんな思考を巡らせながら、ふと思い出す。
「「1年のときに酷いイジメにあっちゃって...それから学校に来てないんだよ...」」
あぁ...イジメか...
具体的に何があったかまでは知らないけど
今の咲倉を見ればある程度わかる。
俺の認識が甘かったのか。
正直、咲倉はもともと弱くて不登校になったものだと思っていたけど、そうじゃないのかも知れない。
イジメの加害者を責めるのではなく、被害者である自分自身を責める。
普通に考えたらおかしな考えを咲倉は持ってしまっている。
持ってしまうような経験をしたということだろう。
「まぁ...なんだ、俺が言いたかったのは、そんな自分を責めるなってこと。
多少なりとも、一年の時に何があったのかは知ってるし。
でも、普通に考えたらイジメなんてイジメた奴が悪いんだぜ?
受けた側が悪いなんて、んなことないでしょ」
「...でも、私が悪いんです」
太ももの上にあるズボンを強く握り絞めた手が震えていた。
部屋が暗く、下を向いているせいで前髪で塞がり、顔がよく見えない。
「...」
そんな状態の咲倉になんて声を掛けたらいいのか分からず。無月は黙り込んでしまった。
無言の時間が流れる。
静まり返った暗いリビングに雨音と
外で鳴くヒグラシの声が耳に入ってくる。
咲倉は意を決したように、けど小さな声で話し出す。
「...私が不登校になる前の日、いつも通り学校に登校したんです。
本当は行きたくなかったけど、行かないといけないと思って、行ったんです。
そしたら...私の机に黒いペンでいっぱい悪口が書いてあったんです...
一言一言違う人が書いたような文字だったんで
一人が書いたものじゃないと思います...
きっと...クラス全員が書いたんだと思います...」
「...はぁ?」
なんだそれ...イジメとかそういうレベルじゃないだろ...
犯罪とかそういう類だろ...
「そしたら怖くなっちゃって...誰も助けてくれないだなって思っちゃってぇ...」
ギュッと握って震えた手の甲にポツポツと涙を落としながら咲倉は続けた。
「だから...本当に嫌われてて...みんな私のこと嫌いでぇ...でもきっと嫌われるようなことしててぇ...だからぁ...私のせいでぇ...」
「い、いや、それは違うだろ!きっと主犯格の奴に書かされたんだよ!絶対そうだ!」
絶対なんて、その場にいなかった俺は言える立場じゃないけど
確実にあり得ないだろそんなこと...
「中学からの友達もぉ...私のこと無視しててぇ...頑張って話しかけたけどぉ...近づかないでって言われちゃってぇ...うぅ...きっと机にも悪口書いててぇ...!」
涙を堪えようと目を強く瞑っているが、それでも流れ落ちている。
「それは...」
きっと俺から言えることはないのだろう。
俺は当事者じゃないから。
「そこから人に見られるのがぁ...怖くなっちゃってぇ...でも、昨日はできる気がして頑張って外に出てみたけどぉ...やっぱりダメでぇ...!」
咲倉が自転車で俺にぶつかった時、あんなに慌てていたのはそういうことだったのか...
「本当にぃ...ごめんなさいぃ!」
手を膝の前の床に置き、まるで土下座をするかのように頭を下げた。
え!?ちょ、マジで!?
無月は慌てて立ち上がり、机の反対にいる咲倉の直ぐそばに近寄った。
「い、いや俺は大丈夫だから!本当に大丈夫!服のこともなんとも思ってないから!ほら、顔上げて!」
咲倉は鼻をすすりながら、涙で濡れた顔をゆっくりと上げた。
「今はさ、つらいことがあって混乱してるだけだって!
なんか、友達とかと楽しいことすれ」
無月は言葉を止める。
やっべ...今、友達とかそういうの言わんほうが...
「えっと...そうだ!明日遊びに行こうぜ!そしたら、少しぐらい気分よくなるはず!」
泣いたせいで出たしゃっくりをしながら咲倉は答える。
「...あそび?」
「そう!遊び!」
「...いいんですか...?」
「もちろんよ!絶対楽しくすっからさ!」
「でも...私と居たら楽しくないんじゃ...」
「んなわけあるかよ。俺は一緒に遊びたいと思える奴しか誘わないから!」
「...ホントのホントにいいんですか...?」
「ホントにホント!」
「...ありがとう...ございます...うぅぅ...!」
咲倉は泣きながらそう答えた。
-場面転換-
空は雲が覆い暗くなり、少し雨が降っていた。
空の端の方で太陽の濃いオレンジ色の残り火があるだけになっていた。
街灯がつき始める時間帯。
水たまりは焼けた太陽の光を反射し綺麗な橙色に光っていた。
そんな住宅街に挟まれた道を無月は歩いていた。
はぁ...どうしよ...あんなこと言ったは良いけど、何したらいいか、わからねぇ...
イジメを受けた人と、どう接すればいいかなんて分かるわけねーよ...
はぁ...どうしよ...マジで...
っていうか女子と遊びに行ったことすらないのに...
あー!もー!ウダウダ言ってても始まんねぇや!
よし!アイツんち行くか!
無月は水たまりができた道を走っていく。
暮れない夕暮れ(未定) 二ノ前 一 @thukizuki_hajime
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