最終話 例えば裏がなかったとして


 あの事件からしばらくの時間が経った。

 僕らにとって一大事だったはずのあの一件だが、その後の生活はそれほど変わらなかった。拍子抜けするほどに。


「まんまとひっかかりましたよね、先輩」


 恋歌は僕の隣でそんなふうに言って笑った。ある朝の通学中のことである。


「親戚に引き取られるからって遠くに行くとは限らないじゃないですか。それなのにあんな感極まって告白なんかして」

「ひっかかったわけじゃない。選んだだけだ」

「……。な、なんかいいですね。その表現」


 恋歌の口元が照れたように緩んだ。

 そう。恋歌は今も僕と同じ高校に通っているのだ。

 

「この際、最後までちゃんと一緒に高校通って、一緒に卒業しましょうね」

「いやそれだと僕は留年だろ」

「留年すればいいじゃないですか!」

「よくないが!?」


 大袈裟にリアクションする僕の手に、恋歌の手が触れた。


「……先輩がいなくなっちゃうのは嫌です。寂しいです」

「……いなくなったりしないさ。ずっと一緒だ」


 指と指と絡めて手を繋ぐ。


「先輩、大胆になりましたよね」

「お互い様だ」

「……ふふ、そうですね」


 隣で笑う恋歌を見て、僕は考える。


 もしも恋歌が遠くに行かないとわかっていたら、僕は自分の気持ちを伝えられただろうか。誰よりも近くで支えたいと思えただろうか。


 正直、あまり自信はない。


 僕という人間はそういうやつなのだ。自分の心を守ることに躍起になって、好意すらも疑い、素直に受け止められない。


 だからきっと、騙されるくらいがちょうどいいのだ。


 裏があったっていい。


 恋歌が笑ってくれるなら、企みも疑いも秘密も答えも、すべては僕らが愛し合っている証拠なのだから。

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僕に告白する女の子なんて裏があるに違いない 伝々録々 @denden66

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