第2話 不死身の少女

要は冥を連れて学校を出た。腹部が縦にぱっくりと裂けた服をそのままにはしておけなかったからだ。夜道を歩きながら、要は冥に色々と尋ねるが、彼女は自分の名前も、どうしてここにいたのかも覚えていなかった。ただ、誰かに刺されたことだけはうっすらと記憶に残っているという。


「君、名前は?」


要の問いに、少女は首を横に振った。


「わからない…ただ、誰かに刺されたことだけは覚えてる。でも、どうしてこんなところにいたのかは…」


その言葉に、要は胸が締め付けられるような思いがした。彼女の状況は、自分の呪いによって孤立している自分と重なる部分があった。何かしてあ花たいと思うのに、そう時間はかからなかった。


「それじゃあ、名前を考えないと。君と俺が出会ったのは5月だから…『冥(めい)』なんてどう?5月の”May”って意味も込めて。」


「冥…?」


要は彼女の白く儚げで、どこか死人のようにも見える肌を見つめながら、冥王星の「冥」とのダブルミーニングなんだ、という言葉を、苦笑いと共に静かに飲み込んだ。


「き、気に入らなかった?もっと別のを考えようか…?」


要にとって初めての経験であったため、勝手がわからなかった。ほとんどの人間にとって、剣に刺さっていた少女の名付け親になるなんて一生訪れないだろう。


「ううん、別に。冥でいいわ。」


少女はそっけなく言い放った。その態度に、要は少しだけ戸惑ったが、彼女の名前を決めたことで少しだけ絆が生まれたように感じた。


---


要の家に着くと、冥を自分の部屋に連れて行き、何か着るものを探すことにした。要はクローゼットを開け、古いTシャツとジャージを取り出した。


「これ、着てみて。少し大きいかもしれないけど…」


冥は黙ってTシャツとジャージを受け取り「向こう向いてて」とだけ言うと、すぐに着替え始めた。その間、要は冥のことを考えながら部屋を見回していた。


「ずっとここにおいておくわけにもいかないし、どうしようかな…。やっぱ警察?かなぁ。なぁ、冥...はどうしたい?」


要がそんなことを考えて振り向くと、予想以上に自分の近くで着替えていた冥をよろけさせてしまった。あわてて右腕を差し出し冥の腕を掴んでから、要はひどく後悔をすることになる。無意識に自分の忌まわしい力を発動させてしまったのだ。


メキメキッ...バキッ!!


気づいた時には、もう、遅かった。右腕が曲がってはいけない方向に曲がり、腕が捻り切れてしまったのだ。


しかしその刹那、現実では考えられない現象が起こる。冥から出た血飛沫は、まるで逆再生動画のように接合部に戻り、皮膚も何もなかったかのように戻ってしまった。絶望していた要は、その光景への理解がいまだに追いつかない様子だったが、あることを思い出した。


「剣を抜いた時と一緒だ…!」


冥を助けるため、大きな剣を引き抜いた時も刺さっていた場所の怪我が消えていた。今度も同じように血の一滴も残さずに再生している。


「なにこれ…!?あなたがやったの?」


冥も自分の体に起こった変化を知らなかったようで、しばしの間戸惑っていた。しかし、着替え中の女子をガン見している男子高校生の存在に気づき、その頬を平手でピシャリと打った。要はおよそ少女とは思えない程の力で壁に叩きつけられてしまった。


要は壁に叩きつけられたまま、呆然とする。冥の力強さに驚きつつ、彼女の体に何が起こっているのかを解明する必要性を感じた。


「ごめん、これは俺の小さい頃からの悪い手癖みたいなものなんだ。腕のことはすまない。でも本当に何が起こっているのか、どうやって止めるのか、俺もわからないんだ…」


要は痛みをこらえながら、冥に謝罪する。

冥は少し冷たい視線を要に向けたが、その後、ため息をついた。


「わかったわ。あなたのせいじゃないのね。不思議なことに、全く痛みを感じなかったから大丈夫よ。あなたのことはともかく…この体…普通じゃないわね」


「そうだな…」


要はこの時点で、この件は一介の高校生である自分の手に余ると感じ始めていた。然るべき場所に相談した方がいいのではないだろうか。


「なあ、警察に相談してみないか?俺たちだけじゃ、これ以上どうにもならないだろ」


「警察に行ったら、私のことをどう説明するの?」


冥は鋭い口調で答えた。


「剣が刺さってた不死身の少女なんて、誰も信じないわ。それに、私のことが公になったら、どんな研究対象にされるかわからない。」


「...まあ確かに、一理ある...か」


「でも、この体のことを知るために、剣が刺さっていた場所に戻ってみたいの。何か手がかりがあるかもしれないし。当然、付き合うわよね?」


「腕の件もある。こうなったら君が記憶を取り戻すまで付き合うよ。」


要は頷き、明日の朝一緒に行くことを約束した。

---


こうして、要と冥の奇妙な協力関係が結ばれた。彼らはまだ何も知らないが、この出会いが彼らの運命を大きく変えることになるのだった。




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冥界の剣 瞳御飯 @loveplus_devil

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