冥界の剣

瞳御飯

第1話 プロローグ

静かな夜の校舎。その静寂を破るかのように、高校一年生・白浜要(しらはま かなめ)は足早に教室へ向かっていた。彼は今日の掃除当番だったが、わざと人気のない時間を選んで学校に残っていた。人と関わることを避けていた彼にとって、静かな時間は心地よかった。


「また遅くなっちまったな…」


要はひとりごちた。クラスメイトとの関わりを避け、家でも孤独を好む彼は、この時間帯に学校にいることが多かった。掃除を終え、忘れ物がないかを確認するために教室をもう一度見回す。特に重要な物はないことを確認し、校舎を後にしようとしたその時、ふと、校庭の奥に光る何かを見つけた。


「何だ…?」


好奇心に駆られ、要はその光を確かめるために校庭へと足を向けた。草むらをかき分けて進むと、目の前に現れたのは一本の大きな剣だった。剣は黒く、封印が施されているかのような不気味な文様が刻まれており、質感は鈍く光を吸い込むような深い黒色をしていた。身の丈ほどもある巨大な剣は地面に深々と突き刺さっており、その周囲に奇妙な輝きを放っていた。


「なんでこんなところに剣が…?」


要は剣に近づき、その異様な存在感に圧倒された。剣の柄にも古代文字のようなものが刻まれており、まるで何かを封じ込めているかのような雰囲気を醸し出していた。しかし、何よりも彼の目を引いたのは、剣が刺さっている場所だった。その剣は彼女の腹部を貫き、地面に彼女を縫い止める形で深く刺さっていた。


「嘘だろ…」


要は驚愕し、少女に駆け寄った。長い藍色の髪を携えた彼女の顔は、夜目にもわかるほど綺麗だった。その可憐さを一層引き立たせているのが、一切の血染めの無い純白のワンピースだ。彼女の顔は青白く、まるで生気を失っているかのようだった。近くで見ると、少女の瞼がかすかに動いた。


「生きてる…のか?警察に通報するべきか…」


一瞬、要の頭の中に警察への通報という選択肢が浮かんだ。しかし、目の前の異様な状況に気が動転していた彼は、まずは少女を助けるという行動に出た。


要は迷わず、剣を引き抜こうと決心した。しかし、剣は彼の手に重くのしかかり、容易には動かない。要は力を込め、何度も挑戦するが、剣はびくともしない。


「くそっ、どうして…」


その時、要の心に何かが閃いた。彼は物の一番大事な部分、壊してはいけない部分が本能的にわかるという、呪いのような特性を持っていた。この力のおかげで、多くの大切なものを壊してしまったが、今はその特性を利用する時だと直感した。要は深呼吸し、目を閉じて集中した。


「よし…!」


成功だ。剣の柄にある核が、要の頭に浮かび上がった。それは小さな光の粒のようで、剣の中心に鎮座していた。要はその核を見極め、その柄の一点に全力を注いで剣を引き抜いた。


「頼む、動いてくれっ…!」


瞬間、少女の体から抜けると同時に剣から放たれた光が少女を包み込み、その青白い顔に少しずつ血の気が戻るかと思われたが、不思議と肌は恐ろしいほど白いままだった。やはり死んでいたのだろうか…という不安が要を襲った。


「なんだよこれ…」


要は余計なことをしてしまったかもしれないという罪悪感と、眼前の奇妙な光景に一抹の恐怖を覚えながらも再び少女に目を向けた。彼女の瞼がゆっくりと開き、ぼんやりとした目で要を見つめた。


「…だ、だれ?」


少女の声はか細く、今にも消え入りそうだった。しかし、彼女の目には確かな生気が宿っていた。


「この学校の生徒だよ…というか、大丈夫か?その…刺さってたところ」


彼女は自分の腹をさすってみせた。驚くべきことに、今まで太い剣が刺さっていた場所に傷がない。要は一瞬戸惑いながらも、少女に手を差し伸べた。少女はその手を握り返し、かすかに微笑んだ。


「ありがとう…」


こうして、要と少女の奇妙な運命の出会いが幕を開けたのだった。

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