最終話 魂は……腐ってるものに限る



「――つまるところ、銀行強盗もアスペルマイヤーの事件も、そして今回の事件も、すべてヴェラット・トライセンが糸を引いてた。そういうことでいいのか?」


 私が上げた報告書を読みながら、マティアスが顔を上げてそう尋ねた。

 王子様の方をチラと見ながら高い酒――もちろんマティアスの物だ――を棚から取り出し、魔導で作り出した氷を二つのグラスに放り込んでいく。


「ああ。強盗に資金提供してたのもトライセンだし、アスペルマイヤーが技術情報を渡していたのもトライセンだ。もっとも、本当の黒幕は天におわすクソどもだろうがな」


 アスペルマイヤーの事件で残っていた唯一の謎。あの豚が技術情報を流出させた相手もトライセンだった。もっとも、同じ軍所属なので流出と表現していいかは分からんが。

コテージを捜索すると、持ち出された図面やら何やらが大量に見つかった。たぶん、ミーミルの泉を作るあの装置とかの製作に活用してたんだろう。奴から他の国に情報が流れたかは分からんが、可能性としては低そうだ。そう言ってやると、マティアスが安心したようにため息をついた。


「奴の資金については何か分かったか?」

「自分の金を持ち出すこともあったみたいだが、だいたいはあの使徒を介しての資金提供だったみたいだな。あの女がどうやって金を集めてたかは私にも分からん」


 なにせトライセンの記憶はズタズタで、あの女はそもそも記憶が空っぽだったからな。

 ドボドボとグラスにウイスキーを注ぎ、ふかふかのソファに尻からダイブした。さすがは私の年収くらいしそうな高級ソファだ。衝撃を吸収しながらも弾力は失わない見事な座り心地。なあマティアス、そろそろソファを買い替えたりしないか?


「生憎だが、そいつは新調したばかりなんだ」


 残念だ。まあ、いい。どうせ高級な物なんぞ、私には似合わない。同じく高級そうなテーブルに軍靴を履いた脚を投げ出してウイスキーを傾ける。と、マティアスからため息と一緒にぼやきが聞こえてきた。


「トライセン主任は優秀だと聞いていたし、期待していたんだが……マンシュタイン主席も含め、優秀な人材を一気に失うのは非常に残念だ。大きな損失だよ」

「……そうだな」


 香り漂うグラスを傾け、喉を流れる冷たい熱を飲み干す。

 確かにトライセンは優秀だった。魂を喰らった今はどれだけ奴の頭脳が優れ、知識豊富だったかよく分かるし、努力も惜しまない性格だったところは好感が持てる。

 だが――それを台無しにしたのが行き過ぎた野心、羞恥心、そして自尊心だ。

 王国一の研究者として名を馳せたいという野心。だが壁にぶち当たっても若かりし自分に固執し、周囲に頼ることを良しとしない羞恥心。それを隠すために周りの連中を見下す自尊心。そんな事をしても問題は解決しないというのにな。はて、臆病な自尊心と尊大な羞恥心と言ったのは誰だっただろうか。

 そんな奴の傍にやってきたのが不幸にもマンシュタイン殿だった。見下していた彼にあっさり課題を解決されてプライドを傷つけられ、本格的な転落が始まっていった。ここらへんは相当に鮮烈だったんだろう。損傷だらけの魂でもハッキリと見ることができた。

 似た状況にはマンシュタイン殿も陥っていた。しかし御大は誰かに頼ることを知り、そしてトライセンは禁忌に手を染めた。


「誰かの手を借りるのは決して悪いことではないんだが……」

「しょせん人間。できることなんて限られてるのにな。ま、もう後の祭りだがな」


 マンシュタイン殿とトライセン。二人の歩んできた道は似ていた。が、マンシュタイン殿にはマリエンヌ殿がいて、トライセンには誰もいなかった。トライセンの場合は作ろうともしなかった、というのが正しいだろうが……これも運命の綾、という奴だろうか。


「もっとも、ここまで道を踏み外したのは奴自身のせいばかりでもないだろうがな」

「どういうことだ?」

「ミスティックのことも報告書に書いてただろう?」


 奴は魔導を用いてミスティックを使役していた。自分自身しか頼れない状況で、自分の手足となって思いどおりに動いてくれる存在はさぞ便利だっただろう。

 そして、それが奴の最後の倫理観をぶち壊した。


「……そうか! 堕ちたミスティックは自然と人間の精神に影響を与える。魔導で行動を縛っていたとはいえ……」

「そうだ。研究所にいる時以外は常にミスティックをそばに置いていた。当然奴の精神、魂は腐り落ちていく。そこにくわえてミーミルの泉だ」


 ミーミルの泉の初期試作品は、魔素を上手く固定化できないと奴は言っていた。なら動物実験とはいえ肉体と魂から抽出し、濃縮した高濃度の魔素が流れ出せばどうなるか。

 魔素はミスティックにとって上等な餌だ。そして度が過ぎればミスティックの魂も腐らせていく。そんなものを垂れ流していれば、当然鼻の良い連中があちこちから押し寄せてくる。ったく、道理でサイクロプスなんていたはずだ。最近妙にミスティックが多かったのも、あのコテージから漏れ出した魔素に引き寄せられてやって来てたからに違いない。


「寄って来たミスティックは片っ端から捕まえて使役してたんだろう。だからこそあそこまでの外道に堕ちきったのさ」


 最初は動物実験だけだったのに、それで上手くいかないと分かるとあっさり人間を、そしてマンシュタイン殿たちを材料にした。良心の呵責も、一切のためらいもなく。王立研究所内では人の良さそうな顔をしてたが、とっくの昔に魂は腐り落ちてたってわけだ。じゃなきゃ、自分の肉体にミスティックを取り込むなんてド阿呆な真似をできるはずがない。

 誰よりも優れた研究者になることが目的だったはずなのに、最後にはその目的さえ捨ててしまった。マンシュタイン殿を手にかけてしまった時点で一生彼を超えられなくなるし、ミスティックの魂を取り込めばもう元に戻れないこと程度、冷静に考えれば分かるはずなんだがな。ま、自業自得だ。アスペルマイヤーとは違った意味で同情する気さえ起きん。


「そこは私も同感だよ。それで、ミーミルの泉はどうなったんだ?」

「これか?」


 ポケットから緑色のかけらを取り出す。天井の照明にかざしてみるが、部分的に黒ずんでいて、もう最初の輝きはなくなっていた。


「戦闘中に光った後はこの状態だ。残ってる魔素も少ないし、せっかくの代物だがミーミルの泉としてはもう使い物にはならないだろうな」


 ニーナが攻撃されそうになったあの時、いったい何が起きたのかは分からん。が、何らかの魔導が発動したのは間違いない。あの使徒の攻撃を妨害するほどのものだ。相当な魔素が消費されたはずで、証拠にその後はこうしてただの宝石に成り果ててしまった。あれだけ奴が一生懸命作ったというのにな。一応他の小さい欠片もできるだけ回収したが、到底我々が望む場所――知識と知恵の根源にはたどり着けないだろうさ。

 だが収穫もあった。


「マティアス。ニーナについては、今後もお前も気にかけておいてくれ」

「そりゃお前の部下だから大事には扱うが……何かあったのか?」


 断言はできん。だが、アイツは二度不思議な力を発動させた。アスペルマイヤーと戯れたバー、それと今回。どちらもアイツがミーミルの泉を持っている時に発動した。本人に自覚は無いが神どもに復讐する上で、なんとなくアイツがキーになる気がする。


「分かった。私だって有能な部下を手放したくないしな。引き続きお前の隊に居続けられるよう尽力する。ところで……マンシュタイン主席のご息女はどうなった?」

「まだ意識が戻らん。衰弱が激しいし、魂も弱っているからな。回復までには当分時間がかかるだろうよ」


 もっとも、目覚めたところで待っているのは、大好きなパパもママもいない孤独な世界だ。いずれエリーは絶望し、それを乗り越えて生きるのか、はたまた絶望に飲まれたままでいるか。だがどちらにせよ、エリーが選んだ未来だ。神(クソ)どもに押し付けられた運命じゃなくて、自分が選んだ未来であるなら、結末がどうであれまだそこにはきっと意味がある。私はそう信じている。

 空になったグラスをコトリ、と置いて立ち上がる。ポケットにミーミルの泉を突っ込んで、代わりに取り出したメモをテーブルに落とした。


「マティアス。ツテがあったらその酒を仕入れてくれないか? 二本あれば十分だ」

「ふむ……これか。中々希少な酒だがたぶん大丈夫だ。馴染みの業者に頼めば仕入れてくれるだろう。別に買うのは構わないが、ちゃんと代金は払えよ?」

「分かってるさ。言われなくったってそこまで面の皮は厚くない」

「どうだか。しかしなんでまたこの酒を?」

「……なに、たまにはちょっと良い酒を飲んでみたくなっただけさ」


 ククッと喉を鳴らして、制帽を被り直すと部屋を出る。軍本部の無骨な作りの廊下にある大きな窓から、茜に染まった曇り空が目に入り、それがいつか見た空と重なって見えた。

 ポケットからまたミーミルの泉を取り出して掲げ、つぶやく。


「遥か遠き場所への近道は無し……地道に悪人を喰らって、魂を溜めていくしかないか」


 善人の魂で作った物で復讐など、笑い話もいいところだからな。何より、そんなものを使って復讐を果たしたところで、望んだ場所に胸を張って帰れる自信がない。


(ひとまずは……使徒の横っ面をぶん殴れただけで良しとするかな)


 神本人の首を喰いちぎってやりたかったところだが、それはまだまだ先の話だ。これまでどおりミスティックや悪人を喰らって、力を蓄えていくとしよう。

けれどしばらくは復讐のことは忘れて過ごそう。それから、マティアスが手に入れた酒を手にマンシュタイン殿たちの墓に行く。美味い酒をご馳走してもらったからな。今度は私がお返しする番だ。ついでに、隊員たちの八五式魔導銃も墓に供えよう。それで……彼らとはそれっきりだ。じゃなきゃ、余計に辛くなる。


「魂は……腐ってるものに限る。不味い魂は、もうゴメンだ」


 制帽の鍔を深く下げて目元を隠す。そして私は暗くなってきた廊下を歩いていった。





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お読み頂き、また拙作に最後までお付き合い頂きありがとうございます<(_ _)>


また別の作品でもお会いできることを楽しみにしております。

他作品にもどうぞお遊びに来てください!

それでは(・ω・)ノシ

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魂喰いのアーシェ Re-Build ‐教会に目をつけられてる魂喰いですが、軍に所属して王都の安全を守ってます‐ 新藤悟 @aveshin

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