3-20 いつかまた
「幻影魔導ッ……!」
しくじった。そう自覚する。しかし遅かった。横から鋭く蹴りが飛んできて、それが私の側頭部を激しく揺らした。
脳が揺れる。視界が揺れる。世界が揺れる。転がりながらもすぐに起き上がって地面を蹴り、敵へと向かう。だが神の使いだけあって奴は強い。悔しいが真正面からぶつかったところで劣勢になるのがオチだ。ならばここは生き汚く足掻かせてもらうぞ。
大量に魔導を展開する。奴もまた同様に魔法陣を展開する。さっきみたいに撃ち落とすつもりらしいが、つきあってやる義理はない。私は奴目掛け――ずにその足元に斉射した。
奴の足元が崩れ、同時に爆煙で視界が塞がれる。だが構うものか。視覚が役に立たなくたっても私には分かるんだよ。
「貴様の匂いがなッ!」
敵の背後に回り込み、拳を突き出す。それを感じ取った使徒が凄まじい反応を見せるが、あくまでそれはフェイク。拳を途中で止め、奴の蹴りを半身になって避けるとそのまま奴の腹めがけて蹴り上げた。
敵が瓦礫に突っ込んだところで間髪入れず一気に魔導を同時展開し、ぶち込んでやる。辺りがまた煙に覆われ、私は再びその中へと飛び込んだ。
これで、決める。感じる奴の腐臭と存在感を頼りに、私は心臓目掛け腕を突き出した。
だが――私の腕が貫いたのは、単なる瓦礫の山だった。確かに直前まで奴はそこにいたはずで、なのに私の指先が奴の肉体に触れようとした瞬間にその姿が消えた。まさか、あの女の幻影魔導は匂いや存在感までも再現できるのか……!
そこに思い至ったと同時に――私の胸から腕が生えた。
「ぐ……あ……!」
「あ、あ、あ……アーシェさぁんっ!!」
腕が引き抜かれ、ベシャベシャと大量の何かがあふれ出す。それが自分の血だと気づいた時には、私はその血溜まりの中へと倒れていた。
(く、そが……)
体の自由が効かない。それでもなんとか首だけをひねると、奴はまたゆっくりニーナのところへ向かっていた。
使徒の女を見上げるニーナの顔が恐怖に歪んでいくのが分かった。それでもミーミルの泉は渡すまいと思っているのか、眠るエリーを膝に乗せたまま自身の背中に宝石を隠した。バカタレが。そんなもの今はどうだっていいから、貴様は早く逃げろ。そう叫ぼうとするが、口からは血液が出てくるばかりだった。
もうちょっと待ってろ。今すぐに行くからな。腕を使ってニーナの方へ這っていく。だがそれより先に使徒の手がニーナの頭にかざされた。止めろ。止めろ止めろ止めろ。そいつは見逃してやってくれ。戦う力なんて無い、単なる間抜けなんだから。
だが私の願いなど、クソッタレが聞き届けてくれるはずもない。使徒の手が光り、魔法陣がきらめいた。目を閉じたニーナが歯を食いしばって、強くミーミルの泉を握りしめた。
その時だ。
「――っ……!?」
突然光があふれた。それは使徒の魔法陣からじゃなく、ニーナを中心にした光だった。
黄金色に輝くそれがどんどん強くなる。そして――使徒が展開した魔法陣が、消えた。
「……?」
私から見てもそれは不思議な光景だった。通常は展開に失敗すると魔法陣は光の粒子となって散り散りになっていく。だが今は、まるで時計を逆回しにしたように魔法陣が小さくなって消えていった。
今度は使徒の女がニーナの持つミーミルの泉に手を伸ばす。けれど届かない。いや、動かない。腕を前に伸ばした姿勢で女がまったく動かなくなった。まるでピタリと時間が止まったように。それを見たニーナはエリーを抱えて慌てて走り出して、それと同時に、役目を終えたと言わんばかりにアイツを中心にした光も幻覚だったかのように消え失せた。
自由になった女がニーナを追いかけ、アイツの肩に手を掛ける。そして今度こそ義手に握られた宝石を奪おうとした。
だが――それより早く私の腕が奴の首をつかんだ。
「――貴様の、負けだ」
胸に開いた孔が塞がる音を聞きながら、奴の首の肉を喰いちぎる。ついでに中指をおっ立ててやる。残念ながら私は生き汚い魂喰い。心臓が一度潰れたくらいじゃ死
私を引き剥がそうと女が私の肩をつかんだ。だがその腕の肉も噛みちぎってやると、だらりと力を失った。そしてそれ以上あがくことなく両膝をつき、地面に倒れ込む。その肉体に私はまたがり覆いかぶさった。
女は神の人形らしく、あふれる血は驚くほど少ない。それでも顔を真赤に汚しながら私は恨みを込めて引き裂いた肉を咀嚼し、骨を噛み砕き、丹念に歯で磨り潰す。ひたすら奴の肉体を貪り、やがて上半身を喰らいつくしたところで立ち上がり、真っ赤な唾をペッと吐き出した。
使徒の肉も骨も、不味くはないが美味くもなかった。毒にも薬にもならん味というのはああいうのを言うんだろうな。おまけにコイツの中にあったのは空っぽの魂だった。喰ったところで何の情報も得られん上に、私の中に魂がストックされるわけでもない。労多くして実り少なし。とんだくたびれもうけだ。ま、代理人とはいえ神に一泡吹かせられたはずなので多少はスッキリしたが。
「だ、大丈夫……なんですか?」
「心配するな、この程度問題ない」
一回死んだけどな、とはニーナが心配するからとても言えないな。気分はこのままどっかりと腰を下ろしてしまいたいが、体を張ってくれた部下たちも労ってやらねば。
「曹長、伍長、生きてるか?」
「……なんとか、生きてるみたいだぜ。たぶん、胸に孔開けてる隊長よかマシだ」
見た感じ二人とも多少の怪我はあるが、問題は無さそうである。カミルの言うとおり見た目だけなら私が一番重傷だ。
しかしまあ……とんでもない一日だよ。ぼやきながらアレクセイたちを引き起こし、ニーナたちと一緒に地上へと送り出す。そして私は今なお淡く輝くカプセルたちを見上げた。
あれだけの戦闘にもかかわらず装置は未だ稼働していて、行く先のなくなった魂をまだ少しずつ吸い上げ続けている。マンシュタイン殿と思われる、到底生きているとは言えないボロボロの肉体に近づくと、残った眼球と目が合った。そんな気がした。
「……分かってますよ。だから、そんな目で見ないでください」
意識なんてものはもう残ってないだろうからこれは私の思い込みだと思う。だが、こうするのがきっと正しい。いや、正しいとかじゃなくて私がそうしてやりたいだけ、か。
つまらん感傷だ。まったく……人間など、距離を詰めるとろくなことがない。そんなこと分かっている。だというのに、私は彼が浮かんでいるカプセルめがけて拳を叩きつけた。
分厚いガラスが呆気なく砕け散り、中から滝のように臭い液体が、そして原型を留めていない体が流れ出す。それを私は壊れ物のように抱きとめた。
「……ではいつかまた」
自分の奥底にある私自身の魂が軋む音が聞こえる。けれどそれに蓋をして、抱きしめたその体に私はかじりついた。並んで立っていたもう一つのカプセルを見上げながら。
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