3-19 貴様らの方から会いに来てくれるとはな



「な……!?」

「……誰だ、貴様?」


 その手にはミーミルの泉の欠片が握られていた。いつの間に回収しやがったのか。トライセンを倒して気を抜いていたというのは確かにある。しかし、だ。


(まったく気づかなかっただと……)


 ずっと隠れていたのか、それとも後から入ってきたのか。どちらにせよ、今ここに至るまでまったく存在に気づかなかった。それだけならまだ良い。問題は、だ。


「曹長、動くなよ……」

「承知しております……申し訳ありませんが、お力にはなれそうにありません」

「銃を構えられただけでも十分だ」


 冷静なアレクセイの声が震えていた。ああ、分かるぞ、アレクセイ。貴様は正しい。目の前にいるそいつは――ヤバい。

 コイツの姿はいつぞやも見た。アスペルマイヤーが吐き出したミーミルの泉を回収した女だ。あの時は一瞬だったために分からなかったが、こうして対峙するとよく理解できる。

 ただの人間とも、ミスティックとも違う。人間の皮を被った明らかに別格の存在だ。そして私はコイツが誰なのか、直感した。

 近くにいるだけで反吐が出そうな腐臭を感じる。自らが絶対的正義だと信じて疑わない、私が何をおいても許容できないおぞましい連中。すなわち――「神の使徒」だ。


「ああ――貴様らの方から会いに来てくれるとはな」


 隠しきれない圧倒的存在感に気圧される部分はある。だがそれ以上に私の中で湧き上がってくるのは、歓喜と怒りだ。勝手に私をこんな地獄へと突き落としてくれやがった傲慢なる神々クソッタレども。奴らが作り出した存在が私の目の前にノコノコと現れてくれやがった。本人じゃないのが残念だが――代わりにその横っ面をぶん殴らせてもらおうじゃあないか。

 大量の魂に同時アクセスを開始。おびただしい量の魔素が全身を駆け巡り、体中の魔法陣がかつて無いほどに輝きを放つ。瞳が猛烈な熱を持って世界が金色に彩られる。

 一瞬で身体強化と認識強化を重ねがけし、全力で床を蹴る。瞬時に最高速に達し、全力で女の頬めがけて拳を振り抜いた。


「……」


 だが無言のまま私の拳を女は受け止めた。勢いに押されて後ろに滑っていったものの、フードの下の表情にも変化はない。さすがは神の作り出した物だな。一筋縄にはいかんか。


「どうした? 久しぶりの邂逅に驚いて声も出ないのか?」

「その口ぶり……」女の口から低い男の声が響いた。「そうか、貴様は『選別者』か」

「神そのものから回答頂けるとは光栄すぎて反吐が出る。そうだ。貴様らが一方的に選び、一方的に突き落としたゴミ溜めから這い上がってきてやったよ。私のことを忘れたか?」

「忘れた。有象無象をいちいち覚えておく意味はないのでな」

「だろうな」


 嫌味でも何でもなく、本心を口にしてるだけだろうからまたムカつく話だ。だがそれはそれで好都合。興味がなければ我々の計画を邪魔することもないだろうしな。

 それはともかくとして、だ。


「手の中の物を置いてけ。貴重な証拠を持っていかれるわけにはいかんのでな」


 神本人のケツに直接中指おっ立てるのが最終目標だが、せっかくの機会だ。ここで神の代理人を殴り飛ばして、恨みを多少なりとも晴らしてしまいたい気持ちはあるだ。が、それに固執してこの宝石を持っていかれるわけにもいかん。あの腐った連中の事だ。最初からトライセンに作らせてから奪い取るつもりだったんだろう。目的は知らんが、ろくな事に使われるはずがない。宝石を持つ女の右手に手を伸ばした。


「……」


 だがやはり渡すつもりはないらしい。神はすでにお帰りあそばされたようだが、クソの意向に従って女は無言のまま半身をひねって避けると、そのまま裏拳を叩き込んできた。

 私としても食らってやるわけにはいかない。即座に腕でブロックするがズン、とした衝撃と骨が砕けた激痛が走り、あっさりと私の体が吹き飛ばされていく。は普通の人間と変わらないくらいなのに、異形化したトライセンの一撃よりよっぽど強い。

 空中で姿勢を整え、壁に着地。砕けた骨の痛みと修復時に走るむず痒さを無視して壁を蹴る。飛行魔導でさらに加速しながら、私は周囲に大量の魔法陣を発生させた。


「うおおおぉぉぉぉぉっっっ!!」


 急旋回して射線を開け、魔導を一斉射する。一発一発にも大量の魔素を注ぎ込んで放つが、使徒の女もまた私と同じように無数の魔法陣から魔導を放っていく。

 魔導と魔導がぶつかり合う。衝撃と炸裂音が鳴り響き、煙が立ち込めた。ちっ、あれだけ魔素をつぎ込んだというのに威力は互角か。腐っても神の使いなだけはある。

 なら、なおさらその面をぶん殴るまで。再び加速して白煙の中に突っ込んでいくと、私を迎え撃つ奴の姿が見えた。


「ふっ!」


 振り抜いた拳がまた受け流される。奴の蹴りが飛んできて、私もそれを宙返りの要領でかわし、そのまま踵をドたま目掛けて振り下ろす。受け止めた奴の体が沈み、だがダメージには至らない。

 攻防が激しく入れ替わる。私の拳が奴をかすめ、奴の攻撃も私をかすめる。だがお互い致命打には程遠い。同じ様な状況が永遠に続きそうな感覚に陥る。だが、魔素を一際注いで強化した私渾身の一撃を防御した際に、奴の腕から宝石がこぼれ落ちた。

奴が再び手を伸ばす。だが、私の方が一瞬早い。

 攻撃のために待機させていた魔法陣を反射的に解放。足元を爆発させ、その爆風で宙に舞った宝石をさらに弾き飛ばした。大きく弧を描いて飛んでいったそれは、一回、二回と小さく弾んでニーナの目の前に転がった。


「拾え、ニーナッ!!」

「は、はいっ!!」


 私の声に反応したニーナが宝石に飛びつく。使徒が奪い返そうとニーナに向かうが――


「貴様の相手は私だろうがッ!」


 一瞬無防備になったその顔面に私のつま先がめり込み、瓦礫の山へと突っ込んでいった。うむ、我ながら今のは良い手応えがあった。


「ど、ど、ど、どうすればいいんですかっ!?」

「まずは隙を見て上に逃げろ! コイツをぶっ殺したら私も――」


 とりあえずの指示をニーナに出して一瞬逸れた視線を使徒へと戻す。だが、そこに奴の姿は無かった。いったい何処に――と息を飲んだ瞬間には、私の体に衝撃が走っていた。


「アーシェさんっ!?」


 顔面が床に叩きつけられる。内臓が悲鳴を上げ、込み上がってきた赤い物を撒き散らしながら転がっていって、やがて目の前が瓦礫で覆われて止まった。クソッタレ、油断した。

 全身バラバラになったみたいな痛みを脳が発してくるが、それを無視。なんとか起き上がると奴の腕がニーナに向かって伸びていた。


「させんっ!」


 その腕をアレクセイの精密射撃が弾き飛ばす。ダメージはないらしいが邪魔に思ったのか、奴はアレクセイに向けて貫通魔導を発射した。


「しゃがめ、旦那ァッ!」


 アレクセイの前にカミルが立ち塞がり、防御魔導で魔導を逸らす。だがその一発でカミルも敵のヤバさを感じ取ったらしい。口元に無理やり笑みを作っちゃいるが、その顔は青ざめていた。

 すぐにもう一度魔法陣が浮かび上がり、身構えたカミルの眼の前で爆発が連続した。一発目はなんとか耐えきったものの、続けざまに二発目が爆発した瞬間に防御魔導が砕け、カミルとアレクセイ二人とも吹き飛ばされていった。


「曹長ッ! 伍長!」


 呼びかけるが二人からの返事はない。クソ、クソ、クソが。だが止めを刺すつもりはないようで、再び奴はニーナへと向き直るとゆっくりと近づいていく。


「貴様の相手は私だろうがァッ!」


 瓦礫から飛び出し背を向けたままの奴へと私は拳を振り抜き――しかし感触は無かった。


「くっ……!」


 代わりに私の背筋に戦慄が走った。直感に従ってしゃがみ込むと、頭上を奴の蹴りが通り抜けていった。危なかった。こういう時はホントこのちっさい体に感謝だ。

 心の中で神(クソ)に中指を立てて感謝しながら、奴の脚を払いにいく。が、奴も読んでいたようで跳躍してかわして魔導を放ってくる。それをステップで避け、ニーナたちから距離を取るように動いていくと奴も追いかけてくる。どうやらミーミルの泉を取り返すよりまずは私を排除すべきと判断してくれたらしい。


「さあここから仕切り直し……!?」


 床を踏みしめ攻勢に転じる。はずだった。だが目の前にいたはずの女が何処にもいない。


「後ろっ……!?」


 気配を感じて背後に魔導をぶっ放す。振り向いた瞬間には確かに奴がいた。だが後ろにいたはずの奴の姿は、貫通魔導が貫いた瞬間にかき消えた。






■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□


お読み頂きありがとうございます<(_ _)>


もしお気に召されましたら、ぜひぜひフォローや☆評価など頂けますとありがたいです<(_ _)><(_ _)>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る