第25話 チェリヤ群島国

 この人、見たことある。

 ラナテルデスのどれかのイラストに大きく載ってた。っていうことは、きっとロコナさんみたいなキーキャラクターなんだ。さすがの見た目の良さ……

 ついまじまじと顔を見てしまったことに気づく。

「ごめんなさい」

 にこっと笑ってくれた。わあ、いい人っぽい。

「ライラン。アルディウス殿は、チェリヤの方だそうで。ぜひあちらの話を聞かせてもらいたいと、わたくしめが声をかけたのです」

「そうだったんだ。ありがとう、ケロタニアン」

 お礼を言うと、ケロタニアンはうれしそうにゲコッっと鳴いた。


「梯子の神樹?」

「そう。チェリヤ群島国には、雲より高い巨樹があるんだ。梯子の神樹と呼ばれている」

 晴天の空は澄み切った青色で、風に伸びる雲は初夏のかたち。ラナテルデスはリアルの季節とはリンクしていないけど、南方はあたたかい気候だからか、今の季節と似ていて気持ちが浮き立つ。

 甲板に据え付けられた椅子に座って、アルディウスさんはゆったりと長い脚を組んでいる。その優雅な様子は、その周りでちょこんと座ってる私とケロタニアンを従者みたいに見せていて、ちょっとおかしい。

「存じております! 海が慈しみ、月に守られた神々の巨樹。その幹は海と空をつなぎ、その葉は星の通り道。あまねく祝福は幾重に……」

「長い長い。それくらいでいいから」

 すちゃっと立ち上がり、朗々と語りだしたケロタニアンを、アルディウスさんはぱたぱたと手を振ってさえぎる。もっともっと長く続くのかな。ケロタニアンは時々、びっくりするほど長く歌い語る。

「よく覚えてるな、カエル殿。チェリヤには行ったことがないんだろう?」

「ええ、わたくし、歌好きでして。歌や詩はすばらしいものです。多少長い内容でも、覚えられてしまいます」

 確かにその通りだなあって、仕事歌や、試験のときに覚えた歌なんかを思い出してふんふんうなずく。

 アルディウスさんがケロタニアンを見て、笑った。この人って、人を少し見てから笑うのが癖なのかな。

「そういえば、カエル族は歌が好きなんだったな。遮って悪かった」

「いえいえ。それでは改めてもう一度」

「いや、それはいい」

 ケロッ? ってケロタニアンが驚いている。私もその、なんて言ったらいいのかな、ケロタニアンに。

「チェリヤはその神樹のお膝元ってわけだ。元は小さな村だったが、神樹に惹かれて集まった人々によって国となり、今では大陸中の人々が見に来るんだよ」

 そういえば、拡張パッケージのイラストに大きな木の絵を見たかもしれない。私は最近、最新までの詰め合わせを買って始めたので、以前までのイラストとかは詳しくないんだよね。

 にしても、天まで届く巨樹。

「神々しいんだろうな……早く見てみたいなあ」

「見るだけだったら、数日で船から見れるよ。遠目でもすぐわかる。もし近くまで行きたいってんなら、チェリヤ上陸後にさらに中心に行くといい。神樹はチェリヤの内海に立っているから、チェリヤから出ている船に乗って近づくんだ」

「海に立ってるんだ!」

 スギみたいなまっすぐな木を想像していたけど、そう聞いて一気にマングローブのイメージに切り替わる。

「近づくと、なにかあるんですかな?」

「神樹はチェリヤの信仰の対象でな。神樹の巫女達が毎日決まった時間に神樹に船で近づいて、船の上で舞を納めるんだ。チェリヤに来た観光客や、神樹を拝したい連中は、この舞を見たいってことが多い」

「ええ、すてき……私も見たい」

「歌か音楽はあるのですかな? わたくしめもぜひ拝したいものです」

「それなら、乗船券を買わないとな。定員があって人気があるから、数日待つことになる。早朝と夜に2回やってるが、俺のおすすめは夜。海に明かりを浮かべるんだが、それはそれは幻想的な光景だぞ」

「見たい!」

 すぐに帰る、なんて約束をすっかり忘れて、私は即答してしまったのでした。


 船でのシーンはこれで終わりだったらしく、ムービーがはさまれる。船から見た梯子の神樹、近づいてチェリヤの街並み。

 また切り替わって港のシーン。ロコナさんによると、迎えが来ているはずで、ケロタニアンがきょろきょろ探してくれているけど、なにせ人が多い。

「あっ、いた! ロコナさーん!」

 すらっとした長身に、薄い紫の髪をポニーテールにして、ところどころに編み込みと飾り珠。以前までは部分鎧を着込んでいたけど、今は色鮮やかな糸を織り込んだ涼しげな民族衣装を着ている。きっとチェリヤの服なんだ。

「よく来た、ライラン!」

「ロコナさん、お久しぶりです。衣装とってもすてき、お似合いです!」

「これか? はは、あたしとしては、鎧のほうが落ち着きはするんだけどな。ありがとう。ライランも着るか?」

「えっ? 私もいいんですか?」

「好きな色を言ってくれれば、あとで用意するよ。髪結いもある。依頼とは言え、せっかくチェリヤに来てくれたんだ。楽しんでくれ」

 わあ、わあ、うれしい! 髪結いってことは、チェリヤ独自の髪型にできるってことなんだろうな。さっきからNPCの女の子達が、編み込みの多い、織姫様みたいな髪型をしていて、かわいいなって思ってた。きっとあれだ……!

 髪型って、いろいろなの選べるんだけど、ライランらしい髪型がいいなって思うとなかなか難しくて。おろしてるのかわいいけど、オフ過ぎて冒険って感じがしないな、とか。ふわふわウェーブもかわいいけど、ちょっと大人っぽすぎるかな、っとか。でも、チェリヤの豪華な髪型は、チェリヤに来た気分を楽しむにはぴったりな気がする!

「目がきらっきらしてるな。チェリヤの王女が、若い娘を骨抜きにしてまわっているというのは本当のようですね」

「うん? おまえは誰だい?」

 アルディウスさんが胸に手を当てて、ロコナさんに一礼する。

「お目にかかれて光栄です、ロコナ王女殿下。俺はトウヤの村のアルディウス。粉屋の息子に生まれましたが、13年前に両親と死別してからは行商をして身を立てております」

「13年前……」

 ロコナさんは表情を少し曇らせ、アルディウスさんを見つめる。

「そうか……よくがんばってきてくれた。不足などはないと見受けるが、なにかあれば遠慮なく申し出てくれ」

「ありがとうございます。あのとき王家からの助けがなければ、生きてはいけませんでした。いつかお礼を申し上げたいと思っておりました」

 13年前、チェリヤでなにかあったんだ。知ってないかケロタニアンを見ると、いつも通りケロケロしていて、表情はよくわからない。ほかの人が話してるときって、ケロタニアンっていっつも空気みたいになっちゃう。

「お二方とは戻る船で知り合いまして。王女のご友人とは知りませんでしたが、幸運でした。ありがとうな、ライラン、カエル殿」

 ウィンクされてしまった。えっ、すごい。ウィンクってこんなに自然にかっこよくできるものなんだ。

「そうだったのか。そう、ライランはあたしの大事な友人でね。それじゃ悪いが借りていくよ。また会おう、アルディウス」

 ロコナさんに肩を組まれ、なっ、と笑顔。ふふ、ロコナさん、すてきなんだよね。


 チェリヤの伝統衣装を着て髪を結ってもらったあと、チェリヤを楽しく観光した。

 王都ほどは進んでいない文化、活気があって自治力の高い国民性。南の島だしのんきで平和な感じなのかと思っていたから意外だった。

「神樹は、生命のエネルギーを集め、自身を育てながら蓄える。それこそ神聖と呼ぶにふさわしい力なんだが……」

 ロコナさんがおそらく本題に入ったのは、日が暮れて、あたりが闇に包まれ始めた頃。

「やはり大きな力は、善きものだけじゃなく、悪しきものも呼ぶんだ。チェリヤには、時折、大きな禍が訪れる」

「……13年前も、ですか?」

 つい口をはさんでしまった。ロコナさんはまばたきをすると、苦笑する。

「ごめんなさい、気になっていて」

「そうだな。気にさせる会話をしたね」

 今は、ロコナさんが私達に用意してくれた宿にいる。木造りに茅の屋根、バルコニーがついていて、チェリヤの内海と神樹が良く見える景観のいい部屋だった。

「そう。時折といったが、13年ごとだ。あたし達は、夏天の禍と呼んでいる」

 夏天は、ラナテルデスの暦のひとつ。リアルの時期で言うとお盆くらいで、王都やその周辺だと「夏天の祭」っていう夏を楽しむお祭りが開かれているから、私にもなじみがある。

「チェリヤの人々がいなくなるんだ。少ない時は20人ほど、多い時は200人を超えたか」

「そんなに……その人達がどうなったかは?」

 わからない、と首を横に振られる。

 ロコナさんが言った「困りごと」。深刻な話に少し緊張する。さすがメイン、ケロタニアンの話だったらこうはならないもんね。

「流れは決まっている。13年ごとに、夏天の日が近づくと、ある日から島の誰かに印がつけられる。日を追うごとに印は増えていき、印をつけられたものは徐々に正気を失くしていく」

 あれ? またBGM消えてない?

「そして夏天の日になると、印をつけられた者達は歌を歌いながら、南に向かって歩き出す。印をつけられた人々が集まり、行進しながら海に消えていくんだ」

 ホラーだ、やっぱり、ホラーなんだ……負けちゃだめ、ケロタニアンを見て中和しよう。

「情けないことに、起こるとわかっているのに、あたしらはなにもできない。13年前もそうだった。あのアルディウスの両親も、連れていかれたんだろう」

 アルディウスさんって、何歳なのかな。二十代だろうと思うから、13年前ならまだ子供だよね。

「……チェリヤでは、特に神樹教の連中は……諦めている。夏天の禍は、止めることのできないもの。神樹を戴き、その恵みに与るあたし達が果たすべき務めなのだと。だからもうすでに、今年連れ去られたあとにどう支援をするかの計画を立てている」

 ロコナさんは、テーブルの上に両肘をつき、手を握って額につける。

「必要なことだとは思う。あたし達はこれまで、一度だって印つきを救えたことはないんだからな。でもあたしは、この禍を止めたいんだ」

 顔を上げ、私を向けられたまなざしは、これまで見せていた余裕のあるものではなく、真剣なもの。

「ライラン。印はこれまで、花冠を編む娘にはついたことがない。絶対って言葉は使うべきじゃないが、おそらくあんたに印がつくことはない」

 自分の手の甲に目をやる。種から1枚葉が出ただけの、小さなアザ。

「頼む。あんたはその優しさで人の心を溶かし、縁をつなぐ。そうして様々な人々を助けてきたことを、あたしは見てきた。どうかこの国を、夏天の禍から救って欲しい。いや、あたしがそれを為してみせるから、どうか力を貸して欲しいんだ」



***



「いや~、気持ちいいですなあ~」

 夜の海で、私とケロタニアンはぷかぷか浮いて遊んでいる。夜間水泳もできるんですよと宿のお姉さんに勧められてやってきたわけなんだけど、正直バカンスの合間にシリアスがあるものだから落差がすごい。

 空には三日月、海は明かりがたくさん浮かべられて、明るさはしっかりある。私達の他にも、ちょうどいい具合に遊んでいる人達がいて、すごく豪華なプライベートビーチって感じ。

 もちろん、ロコナさんの頼みにはうなずいた。すぐにでも禍について調べたいけど、キルケ君との約束もあるし、チェリヤで採れる素材があれば装備の強化ができるから、それもしたいし。

 というかだよ?

 つい夢中になっていたけど、今ってラナーだよね?

 気づけばあと20分で、今日の枠は終わり。

 アヒル型の浮き具に乗って、ぷかぷか波に揺られているケロタニアンを見る。気持ちよさそうに空を仰いで、目をつむって。時々喉袋がぷくっとして。

 ラナーストーリーは、「気になる彼と花冠を育てる、特別な物語です。」って説明がある。

 イアンのとき、手の甲のアザは、つぼみがついた。イアンを知ろうとしたり、元気づけたり、助けようとしたりしているうちに、気がついたら育っていた。そのくらいになったときから、イアンの態度が変わり始めた。人を突き放すけど、本当は誠実なイアン。最初はライランに付き合わされていた感じだったのが、次第に彼のほうから声をかけてくれるようになった。それから、実際の距離が近くなった。隣に並んだり、ライランが危険なときに抱きかかえるように守ってくれたり。好感度は見ようと思えばいつでも見れる。私はあまり見ないようにしていたけど、そのとき初めて見たら、70%まで上がっていた。

 そして私は、イアンを避けるようになってしまった。

 自分でも、なんでって思う。自分でそこまで進めたくせに。私が追いかけたから、イアンは私を見るようになったくれたのに。

 necolaちゃんは、「違和感あったんでしょ。そういうのは消えないよ」って言った。結局その通りだった。

 私も大きな浮き輪にはまっている(リアルも全然泳げない)。ぱしゃぱしゃ足を動かして、ケロタニアンの近くへ行く。

 ケロタニアンはアヒルの上に寝そべって、腕は頭のうしろに、脚は交差して組んでいる。かわいい。アルディウスさんがやったら優雅なんだろうな。

 水着になってわかったんだけど、ケロタニアンの身体って、わりとぷにぷに。

「おや、どうしました。ライラン」

「ケロタニアンのおなかって、ぷにぷにだなあと思って。さわってもいい?」

「……ええ、どうぞどうぞ。くすぐったりはしないでくださいよ、ひっくり返ったりしたら、わたくし溺れてしまいますゆえ」

 おなかに指をあてると、うにっとへこむ。

「どうしてカエル族なのに泳げないの?」

「うむむ、泳ぎ方も忘れてしまったらしく」

 ケロタニアンは、最初に海に来た時、がぼがぼ言いながら流されてしまった。すぐ表裏も天地も逆さになるのは、なるべくやめてほしい、笑っていいのか心配したらいいのかで困っちゃう。

 カエル族なのに泳げないなんておかしいよね。

 きっと、いろいろ聞いたら、ケロタニアンの話がちゃんと始まる。

 知りたい、けど、イアンと同じになってしまったら。

「ねえ、ケロタニアン」

「はい、ライラン」

「やっぱり、おじさんなの?」

「確かにキルケの言うことには説得力がありますからなあ。おそらくは」

 自分の手を見て言う。そうかなあ、固いとか乾燥してるとかいうけど、ぷにぷにだよ。まさか見た目にはわからないのかな。確かにシミはあるけど……ってこれ、柄じゃなくて?

「ラナさんのところへ行くの?」

「そうですな、元気づけて差し上げたいものです。ほかのオタマ達も成体になっている頃合いでしょうし、一緒に行けば輪唱もできましょう。楽しいですぞぉ」

 オタマ達との輪唱。確かに楽しい。

「どうしました、ライラン。戻りたいなら大陸に戻りましょう。大丈夫、夏天までまだ日はあります」

「あのね、ええと」

 ケロタニアンは、ぷかぷか浮きながら待っている。

「私も一緒に行きたくて」

「おお、そう言ってくださるかと思っておりました。ぜひライランもご一緒に。歌い方をお教えしましょう」

「うん。あとね」

 どうしたいのか、ずっと考えてた。ライランで恋をしたいのか、したくないのか。どうしてラナーを申し込むのか。その結論は全然、出ていない。

 ただ私、自分の気持ちをもっと話したかった。あの日、星空を見ながらケロタニアンに聞いてもらったとき、そう思った。

 イアンに対しても、ライランを演じようとしたりしないで、イアンにもっと話をしていたら、後悔は少なかったのかもしれない。

「どこかに、ひとりで行かないで欲しいの」

「ほう? わたくしめがですか?」

「うん。だめかな、勝手過ぎるかな」

「とんでもない。ライランの頼みとありましたら、喜んで」

 ずいぶん気恥ずかしいお願い。でもやっぱり、ケロタニアンはにこにこ聞いてくれる。

「あとね、たくさん話したいの。ケロタニアンと」

「もちろんです。わたくしもライランとおしゃべりするのは大好きですよ」

「あとね、ええと」

 こんなこと、いちいち言わなくても、ケロタニアンは受け入れてくれるってわかってる。でも確かめておきたくて、あれもこれも、思いつくまま、とりとめのないまま続ける。

 これ、小さい子がお父さんやお母さんにわがまま言う試し行動みたいな……自分で言うのもなんだけど。でも、私の時間だもの。好きに、勝手に、思うとおりに遊んでみたい。

 いい加減言葉が尽きたところで、ずっとうなずいていたケロタニアンはもう一度うなずき、小指をぴょこっと見せてきた。

「約束いたします。このケロタニアン、ライランの望まないことは決していたしませんよ」

 本当にわかってるの? なんて失礼なことを思いながら、笑って小指をからめた。

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彼がケロタニアンになった理由 黒作 @kurosuck

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