第24話 なにはともあれ出発だ

 ケロタニアンは、ちょっとうっかり。

「ライラン! きれいなどんぐりが落ちておりましたぞ! 見事な細工がしてあるのです。ほら、こんなにたくさん」

 これはラナーの最初の頃。そう言って両手に抱えるほど拾ってきたどんぐりは、リス族の森の豊穣を祈る儀式だった。祈りをこめて加工したどんぐりを、森の要所要所に祭る。ケロタニアンは気づかず、これを全部拾ってきてしまったのだ。

 もちろんリス族は大激怒。誠心誠意謝って、いくつかの要求に応えることで許してもらった。どんぐりの細工の作り直しを手伝うこと、森に増えた魔物を倒すこと、都会の最新スイーツを差し入れすること、だったかな。どれもすごく楽しかった。

 あとからやり直した儀式を見せてもらったんだけど、木の根元に色のついた石を丸く並べて、まんなかにどんぐりで作った飾りを置く。明らかに『落ちてない』様子で、これを拾って来ちゃったの、ケロタニアン……? ってつい顔を見ちゃったけど、いつも通りにこにこケロケロ笑ってた。


 ケロタニアンは、ちょっとドジ。

 カラス族の里にお邪魔したときも、ひと騒ぎあった。リス族に差し入れした錦玉羹。ゼリーにアジサイを閉じ込めたようなお菓子だったんだけど、これに小さな金の粒が入っていて、たまたま見かけたらしいカラス族の人が気に入ったんだよね。うちにも買ってきてって言われて、お使いに行った。

 里では歓迎してくれて、夕食をご馳走すると言ってくれた。待つ間、カラスの子どもたちとかくれんぼをして遊んだ。夕暮れどきにカラス族の鳴き声がして、それが帰る合図だったらしく、子ども達が「かえろー」って帰りはじめたのには笑っちゃった。

 でも、一緒に遊んでいたはずのケロタニアンがいなくて。どこにいるのかみんなで探したら、里長の屋敷の奥にあった大きなツボにはまって出れなくなっていた。

 このツボ、カラス族の大事なもので。カラス族の大人達がまたまた大激怒。なんでこんなところに入りこんでいるんだってことに加え、ケロタニアンってば、出られないからってじたばた暴れて、ツボを壊してしまったのだ。中に入っていたたくさんの金銀細工や宝石が流れ出た様子は、なかなか壮観だった。

 こってり絞られ、さらにケロタニアンは、カラス族に借金を負うことになった。中身の財宝は無事でも、そもそもツボ本体も、細工の美しいカラス族の宝物だったから。


 ケロタニアンには、借金がある。

 借金を背負ったケロタニアンは、今度は、謎の匂い袋を大量にもらってきた。話を聞くと「商売をやめて実家に戻る商人と仲良くなりまして、自分はもう売ることができないからともらいました。これを売り切れば、カラス族への返済にあてることができます!」だって。

 早速売りに行こうとするケロタニアンを止めて、悪いとは思ったけど、袋は全部取り上げて。匂い袋について調べてみた。鼻を近づけてみたけど、特になにかいい匂いがするわけでもなく。変だなあと思って、イヌ族の里に行って、なんの匂いかわからないか調べてもらった。

 そうしたら、匂い袋にはまたたびの匂いが仕込まれていた。ネコ族なら喜んで買うと思いますよ、って。

 それじゃあって早速ネコ族に売りに行こうとするケロタニアンをまたしても止めた。だって、絶対絶対怪しいよね? もっと詳しく調べたら、この匂い袋の匂いを嗅いだネコ族は、すぐに酔っぱらって眠りこんじゃうってことがわかった。そんなの一気に渡したら、ネコ族のみんなが眠っちゃう。なんだかこわくなって、匂い袋は、人の街で全部燃やしちゃった。

 あとでわかったことだけど、ネコ族にいじめられたネズミ族の復讐計画だったみたい。


 ケロタニアンは、あんまり、強くない。

 まじめにゲームに取り組むようになって、わかってしまった。ケロタニアンは、使える特技が少ない。だからって、すごく体力があるとか、なにかほかに長所があるわけでもない。

 ケロタニアンには、体力が2割以下になったメンバーをかばう特技があるんだけど、そのかわりケロタニアンは他の行動ができなくなっちゃう。これも私、わかってしまった。1回分の行動を犠牲にして瀕死の味方をかばっても、そもそもそのメンバーに攻撃が行かなかったら全部が無駄になっちゃう。しかも、しかもだよ。ほかのキャラには、もっと強い「かばう(上級)」って特技があって、これが攻撃もできるし、必要があればかばうこともできるし、さらにかばった際に受けるダメージも半分っていう……! ケロタニアン、これ覚えられないのかな!?

 ケロタニアン本人は、ぜんっぜん気にしてないんだよね。「もうひとり、ライランをお守りする盾役がいてくださったほうがよいですのう」ってさらっと言うの。


 ケロタニアンは、とってもかわいい。

 なんにでも考えなしに突っ込んでいって、「ケローー!」とか叫びながら痛い目に遭ったりしても、全然落ち込まないし、なんだったら多分、反省もしていない。自分が原因だろうが、気にせずけろっと笑って「ありがとう、ライラン!」って御礼を言ってくれる。

 私はケロタニアンが起こしたトラブルを助けるのが、大好き……なんだけど。


 そのケロタニアンが、実はおじさんだったとか。

 私は今、すごく動揺している。



***



「ライラン、船が来ましたよ!」

 さっきから汽笛の音が鳴っていたのに、気づかなかったらしい。

 楽しげなケロタニアンの声に顔を上げると、いつのまにか間近に現れていた船の姿に圧倒された。

「本当だ、すごい……! こんなに大きな船、初めて見た!」

 普段、見上げないほどの視界の高さが新鮮。一瞬もろもろを忘れて感動する。中世仕様の木製の船は、ファンタジーらしい装飾もたくさん施されていてとても綺麗。今から、これに乗るんだ。

 天気は快晴、潮風は強めだけど心地いい。潮の匂いも久しぶり。そっか、こんなに吹かれても、べたべたにならないんだ……楽さにちょっとだけ罪悪感。古いって、またnecolaちゃんに呆れられちゃうな。

 私達は今、獣人都市フィフスビーツから南西にある港町シンクッドに来ている。目的地は、ここから船に乗って行ける群島国チェリヤ。

 少しずつメインストーリーを進めて、やっと私はこのチェリヤ国へ行けるようになった。メインストーリーのタイトルを見て、人気エリアの雪世界ゼメスタンにようやく行けるかと思っていたのに、ゼメスタンはちらっと見ただけで追い返されてしまって。どうやらもうしばらくお預けのよう。

 ラナテルデスのメインストーリーって、各国の内情や、いろんな種族の思惑が絡んだりして、複雑だったり残酷だったりする。とっても面白いんだけど、私だとどうしても進めるのがゆっくりになってしまう。悲しいシーンはつらくなっちゃうし、人を倒す戦闘は苦手だし。たとえ最後にハッピーエンドが待っているって思っても、ノーサンクスの臨場感には全然敵わない。

「ロコナ殿は、あちらの港に迎えをよこしてくれるそうですな。お会いするのが楽しみです」

 ロコナさんは、メインストーリーに出てきたかっこいいお姉さん。無頼な感じで、腕っぷしもしっかり強くて、時々私達を助けてくれたりしていた。流れの傭兵さんとかかなと思っていたら、実はチェリヤ国のお姫様だったってことが、前回のお話の最後でわかった。

 チェリヤ国は今、困った問題を抱えているらしくて、それでロコナさんは解決のヒントを探して王都キングシュルツに来ていたんだそう。

 私の活躍を見て(正直、そんな実感はないけど)、力を貸して欲しいと、チェリヤ国へ招待してくれた。

「ねえ、ライランさん、ケロおじさん! 僕も連れていってってばあ!」

「キルケ君、ごめんね。今回はすぐ戻ってくるから」

「本当ですか!? すぐって何日ですか! 僕、すぐ大きくなって、次は必ずついていきますからね!」

 キルケ君が抱きついてぴょんぴょんしながら、別れを惜しんでくれる。

 新しいエリアに行ったら、しばらくそこを拠点に活動するものらしいけど、私はまだまだいつものエリアでやり残したことがあって。だから今回は、ロコナさんにご挨拶して、少しあちらの国を見たら戻ってくる予定。チェリヤ国で採れるっていう装備の素材も採れたらいいな。

「さ、乗りこみますよ。忘れ物はないですかな」

 ケロタニアンは聞いてくれるけど、ゲームのシステム上、忘れ物なんてありえない。でも、本当にこんな旅をするとしたら、どんな荷造りをすべきなんだろう。戦ったりもするし、余計なものは持てないよね。たくさんの不便を我慢するんだろうな。お風呂とかトイレとか、深く考えたらこわいのに、ちょっとロマンを感じたりもする。


 ラナテルデスでの1日は、本来は現実の1時間。でもラナーストーリーでは、必要に応じて時間がカットされる。

 長い汽笛が鳴って、視界が暗くなったと思ったら、またすぐゆっくりと明るくなった。船は海を走り、波の音が絶え間なく繰り返される。私とケロタニアンは、明るい甲板にいた。

「いやあ、気持ちよいですなあ!」

 ご機嫌な声に、私も同意。素材が欲しいなんてとっさの思いつきだったけど、来てよかった。

「わたくしめは、荷物を船室に運んで参ります。また上がって参りますので、ライランはどうぞご自由に」

「え、私も一緒に行くよ!」

「荷物はこれだけですし、ほら、みな楽しそうでございますよ」

 ケロタニアンが指さす先では、確かに数人が舳先のほうへ集まって、海に向かって声を上げている。なにかいるのかな? イルカとか?

 気をとられる。振り返ったときには、もうケロタニアンは階段を下りていた。

 ……そういうところ。そういうところもね。今は、つい。


 ライランは、ケロタニアンが大好き。

 友達として。仲間として。

 でも私は、ケロタニアンがその場にしゃがむと、どきっとしてしまう。

 ケロタニアンのしゃがみ方が、すごく好き。別に最初からそんなことを思っていたわけじゃなくて、ただケロタニアンが立ったりしゃがんだりするたび、なぜかじっと見ていた。そんな特徴のある動きをしているわけじゃないのに。

 そして、ふと気づいた。この人、着物を着慣れている人なんじゃないかな?


 振り返りもせず、急ぎもせず、階段を下りていくケロタニアンの後ろ姿を見つめる。

 あのときから、私は、ケロタニアンらしくなさを集めてしまう。

 今もそう。かわいいケロタニアンなら、こんなとき、ライランと一緒に見に行くんじゃないかな。そんなふうにあっさり、遊び場に私を置いていかないんじゃないかな。そんな、まるで大人みたいに。

――いいか、裏は読むな。ライランはそんなことしないだろ!

 頭の中で、necolaちゃんの怒る声がする。


「ほら、ハネイルカだよ! かわいいねえ」

 本当に、イルカの群れだった。背びれが天使の羽根みたいに2つあるイルカ達が、軽やかに海面をはねている。

「宙返りした!」

「え、見てなかった!」

 子ども達が手を振ると、まるで応えるようにハネイルカ達は宙返りをしてくれた。もしかして、私が手を振ってもやってくれる?

 どきどきしながら、すみのほうで手を振ってみると、白に近い水色のイルカがくるりと宙返りをしてくれた。うええん。ゲームの中だってわかってるのに、愛しすぎる。ラナテルデスって、動物達もすごくかわいい。ペットの要素もあるんだよね、やっぱりいつかは欲しいな……でも本当にどれもかわいくて、一度選んだらもう絶対変えられないから(何度も変えられるし、別にいなくなったりしないんだけど、心情的に)、決められないままずーっと来ている。

 イルカ達を眺めながら、また、頭がケロタニアンのことになる。おじさん。本当におじさんなの? カエルの未亡人さんの話にまんざらじゃない態度とか、どういうことなの。私はどう受け取ったらいいの。さっきからこの繰り返し。

 でもnecolaちゃんに相談したら、またばかにされて、怒られちゃうんだろうな……

「あれ? もうこんな時間か?」

「どうしたの?」

 イルカ達が進路を変えて離れていくのを見送っていると、うしろのほうから会話が聞こえてきた。

 見ると、男の人が時計を見て首をひねっている。

「もう昼か? さっき出たばかりだよなあ?」

 奥さんなのか、隣の女の人はきょろきょろと周りを見回して、船にとりつけられていた時計を見つけた。

「まだ出航から1時間も経ってないわよ。あなたの時計、壊れてるんじゃないの」

「おかしいなあ……出かけるときに、張り切って巻いたのに」

 あ。これはもしかして、イベントかな?

 それじゃあ、とほかにも情報を拾えないか船の中を歩いてみることにしたんだけど。

(す、すてき過ぎる……)

 気づいたら時間も忘れて夢中になっていた。だってこの船、中世イギリス風の、鈍い鬱金色を主体に機械的な部品がたくさんついたような、夢とロマンがつまったデザインで、そんなの私、大好き過ぎて。

 階段も、客室の扉も素敵。船室はどれだけ狭いのかと思ったら、現実無視の広さ。船らしい丸い窓もちょこんとついて、今日はここに泊まれるなんて……ってうっとりしたところで、ケロタニアンのことを思い出した。いけない、何分経った?

 急いで戻ろうと廊下に出ると、目の前に小さなネコ族の女の子がいた。

「あっ、ごめんね」

 気づかなくて、危うくぶつかりそうになる。

「あれ、びしょびしょだね? どうしたの、お水遊びしたの?」

 5歳くらい? かわいらしい子だけど、灰色の髪からなにから、びしょぬれだ。まわりに誰もいないようだけど、迷子かな。

 女の子が、私になにかを差し出してきた。

「え?」

 小さな青い懐中時計だった。私の手のひらより、一回りか二回り小さい。

「くれるの?」

 そう聞いたのに、顔を上げると、誰もいなくて。

「………」

 血の気が引く。あれ? ホラー? ホラーは私、だめだよ? なんでBGM小さくなってるの!

 いや、落ち着いて。ライランは怖がりじゃないんだから。そう、まずともかくここを離れましょう。ケロタニアンのところへいきましょう。猛ダッシュ。


 甲板に出ると、ケロタニアンはすぐに見つかった。緑の肌のカエル族は、小柄でもやっぱり目立つ。

 誰かと話してる?

 珍しい。ケロタニアンは、背の高い男の人と話し込んでいた。今回のお話に出てくる人なのかな。

「おや、ライラン! 船のお散歩はいかがでしたかな」

 気づいて振り返り、笑ってくれる。怖かったです、じゃなくて。急いで深呼吸。

「あのね、今、女の子にこれをもらって」

「ほほう? 見せて頂いても?」

 渡そうとしたとき、手がもたついて、落としてしまった。

「おっと」

 ケロタニアンが拾ってくれ、懐中時計を見る。

「これはずいぶんと古いもののようですな。動いていませんが……」

「巻くにはぜんまいが必要のようだな」

 そう続けたのは、ケロタニアンと話していた男の人。頭に二色の布を巻いて、服は布を重ねたような、民族調。南方に戻る人なのかな。日除けができて風通しがいいんだと思う。

 目が合うと、にこっと笑顔。少しきつめの顔立ち、笑うと人懐っこい。

「ライランだな。俺はアルディウス」

 そういえば、イケメンさんに会うのって久しぶりかも。

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