白く輝く純粋を

snowdrop

Exodus

 雨が降りそうな、平日の昼間のことである。

 祖父の代より受け継いできた土地で、国会議員の三期目を目指す立候補者が駅前で演説をしていると、どこからか声が聞こえてきた。



 我が国の政治家よ

 あなた方は税金をむしり取り

 いい加減な政策をくり返す

 その結果、若者たちは絶望し

 海外へと逃げ出す道を探している


 ああ、我が国の政治家よ

 あなた方は国民の血税を吸い

 自らの権力と財を肥え太らす

 その結果、国民は困窮し

 若者たちは未来を失っている


 わたしたちは漁夫のように、小さな船で海を渡り

 遠く異国へと逃げ出す夢を見ている

 それでも、わたしたちはこの国を愛している

 だからこそ、あなた方に訴える


 我が国の政治家よ

 あなた方の政策が国民を苦しめている事実を

 どうか、理解してください

 真心を込めて国民のためにだけ働き

 わたしたちがこの国で生きていく希望を取り戻させてください


 

 さわがしい街を彷徨いながら、学校で授業を受けているはずの十代の子たちが、口々に歌っている。その顔はやつれ果て、やせ細っていた。

 立候補している政治家は、十代の子たちに声をかけた。


「あなたたちは、この国の未来であり、宝ではありませんか。なぜそんなに落ち込んでいるのですか」


 十代の子たちの一人が、素直に答えた。


「世の中の大人が、あざむいているからです。だれもが嘘つきで、いい加減で、わたしたちだけが真実を見ている。大人は大酒に酔ったみたいにだらしないが、わたしたちは覚めている。だから絶望しているのです」


 政治家は、それは違うと首を振った。


「賢き者とは、世の中を杓子定規や固定観念で見たりしません。時代の流れとともに、自らも変わっていくのです。世の中の大人があざむいているように見えるのは、移りゆく世の流れに合わせようとしているからです」


 続けて、十代の子たちへ問いかける。


「どうしてあなたたちも、時代の流れに合わせようとしないのですか。あなたたちは、SNSや友人たちとリアルで対面するとき、性格を演出し、虚像を楽しんでいないのですか。なぜひどく思いつめて、自分たちだけが真実であると思い、世に絶望して落ち込んでしまったのですか」


 すると、十代の子たちの一人が口を開ける。


「わたしたちは、こんな話を知っています。髪や体を洗ったあとは、帽子のホコリを払い、よごれのない服を着ると。どうして、けがれのない心を、わざわざ不潔極まりないもので汚さなくてはいけないのですか。そんなことをするならいっそ、身投げして、魚の餌になったほうがましです。どうして白く輝く純潔を、世俗の塵埃で汚すのですか」


 十代の子たちの言葉を聞いた政治家は、一瞬、深く考え込んだ。その後、ニッコリと笑顔を作った。


「あなたたちの言葉は、大人が忘れがちな真実を思い出させてくれます。しかし、政治家が直面する困難も理解してほしい。国民全体の利益を代表する立場にありながら、すべての人々を満足させることは困難です。また、政府の予算は限られており、どのように配分するかは重要な決定なのです」


 いい終えて、十代の子たちから離れはじめる。


「国が治まっているときは利口に立ち回り、乱れているときこそ愚直であるべき」


 立候補している政治家の足取りは軽やかとなり、目の前を歩いている選挙権のある有権者へ、手を振りながら向かっていった。

 そんな後ろ姿をみつめる十代の子たちは、重たく息を吐いた。


 その後、若者たちは海外へと旅立った。自殺者数は増え、出生率も減っていく。

 地元有権者に対する責任を忘れた政治家たちは、再選を最優先に考える。彼らの頭の中にあるのは、国民のための政治より、次の選挙で勝つことばかりだった。

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白く輝く純粋を snowdrop @kasumin

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