五百年
田辺すみ
地界より
また春がくる。
花霞の陽気が何日か続いて、うとうととしかけた耳に小さく鳥が羽ばたく音が聞こえた。半身を拘束している大岩の上に、白い翼が翻る。
岩から生まれて花果山の猿たちに王と
それからまた何年かが過ぎ、ある日一羽の蝶がふらふらと手元に飛んできた。こんな岩山の奥だから、突風に吹かれでもしたのだろう、翅は色褪せていた。おれはせいぜい胸元を持ち上げて覆ってやり、雨風を避けられるようにしてやった。蝶はゆらゆらと翅を動かしながら暫くそこにいて、やがて倒れて動かなくなった。一体おれは、神仏よりも強くなった気でいたが、こんな小さなものまで守れないではないか。酷い罰だと思った。おれは何も分かっていなかった。
何かしら生命は、閉じ込められたおれの近くにもずっといたのだ。群れからはぐれた蟻や、気まぐれな
「綺麗だな、銀の朝焼けみたいだ」
おれは傍らに降り立った一羽の白鷺に話しかけた。鳥は低く鳴いておれの
そうして再び春がくる。おれは耳を疑った−人の足音が岩山を登ってくる。日の光を受けて眩しそうな瞳がおれを捉える。
「五百年だ、迎えにきた」
やっと名乗れるな、私は玄奘。共に救われた身だ、共に行こう。
五百年 田辺すみ @stanabe
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