3.涼陽という男について

「すまない、あと少しだけ頑張れ。もう少し先へ行ったら休めるから」


俺に肩を貸し、すまないと頑張れを繰り返す彼が哀れで仕方なかった。

もうすでに視界は白んでいて、もうきっと、俺は助からない。


奥村涼陽。きっと俺は、彼にれていた。

自分なんかとは全く違う人種である彼は、兄の復讐をするのだと息巻いていて、そのくせ人を撃てない甘ちゃんで。

軍の規律にしっかり染まってるくせに俺を叱ろうとはしなくて。


彼は弱いし、えりいとだけど馬鹿だ。


「兵站の確保ができてないこともちゃんと知ってたくせに、人の一世一代の告白断りやがって……」

「ん、どうした、苦しいか?」


気遣わしげにこちらを見つめる彼に、何でもないよ、とだけ返す。


ここまで馬鹿だとは思わなかったと失望して、もう彼とは付き合っていけないと思ったはずだった。もう知らない、好きにやってくれ、と。


けれど現に、俺はこうしてここにいる。

食糧も兵器もほとんどが尽きて、傷はないのに倒れる者たちが出てきた日の朝の奇襲。


恐怖からなのか、焦りからなのかはわからないが、かたまってしまった彼。見捨てた方が自分の生存率ははるかに高いのに、勝手に助けようと体が動いた。

俺はそのまま2人をしとめ、おそらく木陰に隠れているであろう3人目を探そうとして。


ああ、もう足が動かなくなってしまった。

全身の感覚が鈍くて、血の熱さだけが感じられる。


「ねえりょーよーさん、もういいよ。さっさと……1人で逃げろ」

「そんなことができるか。ほら、あと少しだから……」


急に体の力が抜けるのを感じた。どさりと音がして、自分が倒れたことを知る。


「雪哉!」

「さっさと行きなよ」


白飛びした視界では、最後に彼の顔を見ることが叶わなかったのが残念だった。

早々に痛みや苦しさというものが消え去ったのはよかったな、と思う。俺は静かに、ひとりで死を迎える覚悟を決めた。


ふいに、体がふわりと浮くのを感じた。


「……え?」

「すまない、あと少しだけ行けば大丈夫だから頑張ってくれ」

「嘘だろ」


俺は彼におぶわれていた。


「りょーよーさんだって足に怪我してるし、無茶だよ」

「こんなものかすり傷だ。ほら、本当にあと少しだぞ」


誰ひとり切り捨てられない、馬鹿な人。


おそらく小さな洞窟のようなところについたのだろう。俺はゆっくりと地面に横たえられた。


「ありがとう、りょーよーさん。ここなら穏やかに死ねそうだ」

「そんな不吉なことを言うな。お前はまだまだ生きるんだ」

「無理だって。俺は何人も敵を葬ってきたし、味方を送ってきた。どれぐらいの傷で死ぬかは正確に判断できる」

「でも、それでは……私がお前を殺したようなものだ。本当に……すまない」


喉の奥から絞り出すような声だった。なんでそうなるんだ、と笑い飛ばす。

けれど、少し充足感を覚えた。


俺は奥村涼陽に殺される、唯一の人だ。


「ねえ、りょーよーさん」

「なんだ?」

「最近開発されたっていう、空を飛ぶ鉄の塊って知ってる?」

「あぁ、ひかうき…とかいうやつか?」

飛行機ヒコーキだよ、りょーよーさん。湯崎の船にひとつあったって噂でね。それであなたを連れ出すつもりだった」

「操縦、できるのか?」

「俺にできないことなんてないよ」


「ね、りょーよー、さん」

「ん、どうした?」

「俺が死んだら、投降して。お兄さんの仇をとるんだっていうのは分かるけど、やっぱりあなたは……殺す人じゃなくて、生かす人だ。こんな、血まみれの場所にいるべ、き人じゃ、ない」


それに、と続ける。


「あなたに殺されるのは、俺が最初で最後がいい。俺へのとむらい、に、それぐら、いの特別、くれよ」


彼が静かに、「分かった」というのを聞いた。

あとは暗い暗い闇の中に沈んでいって、多分もうあと数秒で意識が消えて、もうあと数分で俺の命は尽きるのだと分かった。

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ひかうき みうら @01_MIURA

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