表出ろ、出てこい!!

椛猫ススキ

表出ろ、出てこい!

 私が十代後半の話である。

私は高卒でとある企業に就職した。

なので二十歳になる前にそこそこの金があった。

小金があるオタクが何をするか、そんなものは決まっている。

同人誌を作って、同人誌を買うだ!!

決まり切ってんだろ!!

 当時の原稿はアナログ一択だ。

私のやり方は原稿用紙に下書きを描く、それに新しい原稿用紙をテープで固定する、トレース台でペン入れする、ベタ塗り、トーンを貼ると言う工程を繰り返していた。

これのいいところは下書きを消しゴムでこすらないので原稿が毛羽立たないことだ。

もちろん、手には作業用に手袋をはめているので原稿には手の汗も油も浸みこまない。

今の若者は知らぬであろう古代の知恵である。

 その日も寝る限界まで原稿を描いていた。

私は睡眠不足がそのまま体調不良に直結するので、最低でも12時には布団に入らないと仕事に支障が出てしまう。

 私はなんとかペン入れを終わらせ、ベタ塗りまでやり切った。

ベタ塗りは乾かさないといけないので重ならないように1枚1枚部屋に敷き詰めて眠った。

 が、突然目が覚めた。

体は一切動かない。

金縛りだ。

どうしよう。

恐怖と焦り。

高鳴る心臓。

聞こえるのはがさ…がさ…という紙を踏む音。

なにかがいる。

目に見えぬ何かが歩いているのがわかった。

がさ…がさ…がさ…がさ…。

狭い私の部屋に私以外の誰かがいる。

だが眼は歩いているなにかを見つけられない。

 でも確実にいるのだ。

目に見えぬなにかが。

小さく聞こえる息づかい。

はあ…はあ…はあ…。

ゆっくり動くなにか。

ベッドの周りを歩く、なにか。

紙を踏む、なにか。

 ここで気がつく。

こいつ、なに踏んでる?と。

思い出していただこう。

私が眠る前にしていたことを。

ベタ塗りした原稿用紙を乾かす目的で部屋中に広げていたということを。

それからは怒りで動いていたと思う。

「てめえ、人様がパッションとリビドーで描き上げた原稿に何してやがる!!」

 若者は知らないだろうがキョンシーのように勢いよく飛び上がった。

恐怖より怒りが勝った瞬間である。

誰か知らんが最愛の〇〇の原稿踏みにじって無事でいられると思うなよ。

私は金縛りだったとかそんなこと忘れて叫び、暴れた。

一発殴らねば気が済まない。

「幽霊だからって許されると思うなよ!!」

 原稿を拾い集めながら叫ぶ。

「幽霊だから足がないから大丈夫とか思ってんのかくそが!!」

 なんかわからんが私はとりあえず暴れた。

本能とは恐ろしいものだ。

「なんだ、人様に迷惑かけて無事に家に帰れると思うなよ!!」

 足で原稿を除け、なにものかをつかもうと探し回る。

言ってることがめちゃくちゃである。

「表出ろ!!出てこい!!ぶん殴ってやるわ!!」

 その深夜の大暴れは祖母が起きてきて私を引っぱたくまで続いたのだった。

「夜中にうるさい!!寝ぼけてないで寝ろ!!!!」

「原稿踏んですいませんでしたって言うまで殴る!!」

「分けわからんこと言ってないで寝ろ!!!」

「いーや、許さないね、表出ろよ!!負けねえからなあ!!」

 べしんと思い切り頭を叩かれ一瞬フリーズする脳みそ。

「はよ、寝ろ!!!」

 首を掴まれ強制的にベッドに投げ飛ばされる。

そこからの記憶はない。


 翌日、1ヵ所にまとめられた原稿を見て夢ではないと確信するが寝ぼけていたのかもわからない。

ただ、踏まれたようなへこみがあったようにも見えた。

結局、見えていないからわからなかった。

しかし、気配は確実にあった。

あれが夢でもなんでも構わないが原稿を踏んだことは許さん。

だが、わかったこともある。

とりあえず、幽霊も怒りに任せれば殴れる。

次ぎ来たら今度こそ謝らせると意気込んでいたのだが。

原稿を踏むやつは二度と来なかった。




 


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表出ろ、出てこい!! 椛猫ススキ @susuki222

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