アイちゃんはいつもおなかをすかせています
柳明広
本文
(本作は童心社の「絵本テキスト大賞」に数年前応募した作品です)
アイちゃんはいつもおなかをすかせています。だからおともだちがおかしを食べていると、つい指をくわえて見てしまうのです。
お母さんはアイちゃんをしかります。
「みっともないからやめなさい。まいにちちゃんと食べてるのにいやしい」
アイちゃんはごはんをたくさん食べます。
でも、いつもおなかをすかせています。
夜はお母さんとお父さんの三人でごはんを食べます。
でも、おはなしはしません。お母さんもお父さんもおこっています。ふたりはいつもけんかばかりしています。
アイちゃんはごはんをたくさん食べます。
でも、いつもおなかをすかせています。
アイちゃんはいつもおなかをすかせています。泣きそうになるぐらい、おなかをすかせています。
幼稚園でおべんとうを食べても、おなかがすいています。
あまりに泣きそうな顔をしているので、幼稚園の女の先生がビスケットをくれたことがあります。それを食べると、おなかがいっぱいになりました。
アイちゃんは、いつも笑顔でやさしい先生が好きでした。
アイちゃんはいつもおなかをすかせています。
近くのおばあちゃんの家へ行ったら、おばあちゃんがおせんべいをくれました。
おせんべいはかたくてしょっぱいけど、おなかがいっぱいになるので好きでした。
アイちゃんはやさしいおばあちゃんが好きでした。
おばあちゃんはいつもアイちゃんをひざのうえにのせて、むかしばなしをしてくれます。
おばあちゃんが小さいころは、おうちがびんぼうで、あまりごはんを食べられなかったそうです。
「だからおばあちゃんは、からだが小さいの?」
そうきくと、そうだよ、とおばあちゃんはこたえました。
「だからアイちゃんは、いっぱい食べないとだめだよ。いっぱい食べて、大きくなるんだよ」
わかった、とアイちゃんはこたえました。
アイちゃんはごはんをたくさん食べます。
でも、いつもおなかをすかせています。
おうちにかえると、またお母さんとお父さんがけんかをしています。
アイちゃんはくまさんのぬいぐるみを持って、ろうかでじっとすわっています。けんかをしているのを見るのはいやでした。
お母さんとお父さんがけんかをした日、アイちゃんはいつもよりおなかがすいてしまいます。
アイちゃんはいつもおなかをすかせています。
あるとき、どうしてもがまんできなくて、大切にしていたくまさんのぬいぐるみを食べてしまいました。大きなくまさんだったけど、ぜんぜんおなかはいっぱいになりませんでした。
アイちゃんはいすを食べました。テーブルも、じゅうたんも、テレビも、せんたくきも、家にあるものぜんぶ食べてしまいました。
でも、おなかはいっぱいになりませんでした。
お母さんがとんできて、ひめいをあげました。お父さんもやってきて、なにがおこったんだとびっくりしています。
アイちゃんはいつもおなかをすかせています
アイちゃんはとうとう、お母さんとお父さんも食べてしまいました。
やっとおなかがいっぱいになったアイちゃん。
でも、おなかのなかからお母さんとお父さんの声がきこえてきます。
「ゆるして、アイちゃん」
「ここから出しておくれ」
アイちゃんはいつもおなかをすかせています。泣きそうになるぐらい、おなかをすかせています。
でも今は、おなかがいっぱいなのに、泣きそうでした。
お母さんとお父さんの声がきこえるのに、頭をなでてもくれなければ、おばあちゃんみたいにおひざにものせてくれません。
ふたりともアイちゃんのおなかのなかにいるからです。
とうとう、アイちゃんは泣きだしてしまいました。
あまりに大きな声で泣くので、そのいきおいでお母さんとお父さんがアイちゃんの口からとびだしてきました。
「ごめんなさい、ごめんなさいね」
「さびしかったんだね」
「もうけんかしないから」
「なかよくするから」
お母さんとお父さんは、アイちゃんを力いっぱいだきしめてくれました。
その日のごはんは、アイちゃんの好きなカレーでした。
アイちゃんはたくさんたくさん、食べました。
もう、おなかはすきませんでした。
アイちゃんはいつもおなかをすかせています 柳明広 @Yanagi_Akihiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます