第17話 IFでもなければ、サイドストーリーでもない

 全ての墓という墓は墓地区と称される区画に集められる。

 墓地というとおどろおどろしく感じるが、どちらかというと庭園や公園の機能を持っている為、霊園とも言えるだろう。

 葬儀屋を兼業している寺もあり、ただ墓参りするだけの所ではない。

 美しい季節ごとに様変わりする庭を見に来た者や、噴水と長椅子だけが置かれ、遊具が撤去された石畳の公園に休みに来た者もいる。

 静寂が支配し故人を重んじる事が出来る空間を、未来に置き去りにされ今を生きる者達は愛している。


 蛇頼もまた、その一人であった。


「店長。お寺の人からお饅頭貰えました。後、お茶。」

「ありがとうござ……竹?」

「竹で作った水筒です。山月区に居る竹細工のお爺ちゃんから貰ったものらしくって。あげるって。お礼ちゃんと言いましたよ。」

「……偉いですね。ありがとうございます。遠慮なく。」


 置き去りにされた時を思い馳せ、背後の噴水の音を聞きながら茫然としていた蛇頼は、手渡された饅頭とお茶を飲む。


「美味しいですね。」

「ですねー。」

「今は三月の下旬で、菫だとか、三月のお花を中心に花壇に植えているそうですよ。」

「へぇ……珍しい。年中咲く花じゃなくなったんですね。」

「何でも、腕のいい花屋さんが管理してくれるらしくって。神苑天稟の力で管理が容易なんだとか。変わっていく景色の方が良いだろうからと。」

「お墓の人たち、こっちに帰ってくる時絶対嬉しいでしょうね。」

「でも、お盆の時季ですよね。始めは珍しくとも、やがていつもの見慣れた景色になるのでは?」

「……確かに?でも時折長く留まったりだとか、するお方はしますから。」


 表向き全てのお墓が集結している此処は、二つのお盆がある。七月のお盆と八月のお盆だ。

 だが時折、七月と八月以外の時季にやってきてしまう人もいる。収穫祭ハロウィンとかならまだしも、そうでない時期にも来てしまうのだ。

 そうなると大変な事になってしまうが……。

 まぁ、それはさておき。

 

「お墓の人。」

「……はい?」

「店長がお参りしていた人。帰ってきますかね。」


 ふと思う。

 蛇頼は寂しそうにしていたが、ほんの僅かではあるし、夢幻の様だがお盆の時季や春彼岸や秋彼岸、あと収穫祭ハロウィンでその人と会う事が出来る筈だ。

 お盆とは、普通、その人の子孫達の下にご先祖様たるその人がやってくること。

 だが、この国においてお盆とは、亡き人がこの国に降り立つ事。

 この墓地区のお墓に眠る者達は、あの世とこの世の境界が極端に揺らぎ、薄まり、区別がつかなくなった時にお盆や彼岸と称される特異性を引き起こす。

 特異性【IF説ともサイドストーリーとも呼べぬ奇怪奇天烈奇妙な奇跡の日】。

 亡き人がこの世へと帰り、まるで誰もがそれが当たり前だと思い、生きる日。

 本来ならばあり得ない筈の奇跡が起こり、後悔すら消え、もしかしたらの日を過ごせる日。

 それは、ありえない選択の果てにある日。選べなかった先にある未来。

 極僅かな者だけが、それが可笑しいと気づき、しかし皆沈黙をする。

 そして、その日が過ぎれば、誰しもがそれが可笑しかったことと、ほんのわずかな奇跡であったと余韻に浸る甘美な奇跡。もしくは、後悔を蘇らせ、罪を突き付ける罰の日。

 

「いいえ。」


 はっきりと声を出す。


「帰ってきません。」


 それは確かな否定の言葉だった。


「あの人は、帰ってくることはありません。あれは疑似的なお墓に過ぎず、あの下にはあの人はいませんから。」

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